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連載

第22回 石丸次郎「隣国とつながる」

北朝鮮の隣人たちは今

石丸次郎(ジャーナリスト/アジアプレス)

「北朝鮮に行ったことがありますか? 北朝鮮を見たことがありますか? 北朝鮮の人と話したことがありますか?」

 講演などに招かれて北朝鮮の話をする時、まず、聴衆にこう尋ねることにしている。観光ツアーや交流行事で訪朝した経験がある人はごくごく稀だ。韓国側の板門店や統一展望台から軍事境界線を挟んで遠望したり、中国から国境の川越しに眺めたりしたことがある人はちらほら。北朝鮮の人と会って話したことのある人に至っては、訪朝経験者以外にはほぼ皆無だ。

 一方で北朝鮮への関心は高い。テレビは朝から晩まで頻繁に北朝鮮モノを放送しているし、大きな書店に行けば北朝鮮本コーナーがある。質はともかく、北朝鮮情報は私たちの周りに溢れている。大部分の日本人にとって、行ったことも見たこともなく、人と会って話したこともない、でもどうなっているのか知りたい、文字通り「近くて遠い国」、それが北朝鮮だ。

北朝鮮の地図

北朝鮮の人々はロボットではない

 2017年にメディアを通じて私たちの前に現れた北朝鮮と、北朝鮮の人たちのことを振り返ってみよう。

 2月、マレーシアで金正男(キム・ジョンナム)氏が殺害される。金正恩(キム・ジョンウン)政権によるVXガスによる暗殺が濃厚だ。彼の息子の21歳(当時)の金ハンソル氏はネットを通じてメッセージを発した。

 7~9月、立て続けの弾道ミサイル発射と核実験、そして国連安全保障理事会の経済制裁の強化が重なる。先の総選挙で安倍晋三首相は北朝鮮の脅威を前面に掲げた。

 11~12月、日本海沿岸に木造船と漁民、そして遺体が続々漂着。漂流漁民による窃盗。「怖い」と語る現地の住民たち。

 11月13日には、南北朝鮮の軍事境界線の共同警備区域(JSA)から兵士が南側に逃げようとして銃撃された。手術すると体内からは未消化のトウモロコシと寄生虫が現れた。

 私たちの前に現れる北朝鮮の人たちの姿は悲しく哀れなものばかりだ。それらは金正恩一人独裁体制の強権と社会矛盾によって生み出されたと考えるべきである。ペラペラの粗末な木造船に揺られて700キロも離れた日本の沿岸に流れ着いた漁民たちは、他にまともな現金収入が得られる仕事がないから無理をしたのであり、板門店の共同警備区域からエリート兵士が南側に駆け抜けようとしたのは、個人的なトラブルの可能性はあるものの、銃撃されるのを覚悟してでもあの国から逃れたかったからに間違いない。

 一方で北朝鮮の国営メディアには正反対の姿ばかりが登場する。「金正恩元帥のもとで一致団結している幸せな人民」しか存在しないというプロパガンダが目的だからだ。弾道ミサイル実験成功を祝って踊る平壌市民などが典型だが、平壌を訪れる日本のテレビ局も平壌市民の声として、指導者賛美のインタビューをしばしば流す。そんなシーンばかりを見せられると、世界中の人々が「北朝鮮の人々は洗脳されている」「まるでロボットだ」と思いはしないか? 心配になる。

 私が北朝鮮取材を本格的に始めたのは1993年夏に朝中国境を訪れたのが最初だ。以来、合法・非合法に中国に出国してきた北朝鮮の人たち1000人近くと会ってきた。北朝鮮国内には友人もいるし、取材を共にしてくれるパートナーたちが10人余りいる。これまでの付き合いを通じて知った北朝鮮の人々の暮らし、思いについて記そうと思う。できるだけ具体的なイメージを抱いていただけるよう、彼・彼女たちがどうやって生計を立てているかを紹介したい。

自前の商売で稼いで生きる

 北部の咸鏡北道(ハムギョンブクド)の都市部に住む取材協力者のヒャンミさん(仮名)は小学生の子どもの母親だ。勤めには出ず普段は様々な商売をしている。例えば港町の清津(チョンジン)に行ってスルメなど魚介類を仕入れて貿易会社に売る。経済特区の羅先(ラソン)で中国から輸入された衣類や雑貨を買い付けて地元の市場の商人に卸す、といった具合だ。

 最近は携帯電話を使って情報収集して、より有利な仕入れ先と卸す相手を決める。以前は背嚢を背負って本人が直接、列車やバスに乗って商品を運んだが、数年前から各地を行き来するトラックや列車で荷物運びをしてくれる専門業者が登場し任せることが増えた。

 やり取りするのは中国人民元が基本だ。商売で家を離れるときはヒャンミさんの母親が子どもを見ている。商売の収入は月平均すると500元(約8500円)くらい。北朝鮮では中の上ぐらいの収入だろう。4人家族が飢えることなく暮らせる金額だ。

路上に並んで食品を売る女性たち。2013年9月に平安南道にて撮影「ミンドゥルレ」(アジアプレス)

破綻した無償教育制度

 彼女がしばしば不満を口にするのは子どもが通う学校のことだ。ヒャンミさんはこう言う。
「やれ暖房用の薪代だ、校舎の補修だ、軍隊支援だ、無償のはずの教科書を買えと、学校からお金を頻繁に要求されます。教師や役人らが給料では食べていけないので生徒の親にたかるのです」

 中学校の教員の月給は国定で2000ウォン程度だ。これは実勢レートで40円に満たない。教員への食糧配給はこの20年ほとんど出ていない(2017年度は若干出た都市があった)。17年末時点の市場の白米の価格は1キロが4500ウォン程度なので、給料では500グラムも買えない。そこで生徒の親から様々な名目で徴収するのだ。

「学校で要求されるのは中国の人民元で1カ月に50~100元(約850~1700円)にもなります。払うことができないと学級でいじめられるので、子どもを学校に行かせない貧しい家がたくさんあります。親は子どもにいい点を付けてほしいし、勉強も教えてほしいので、別途に先生の誕生日や正月に付け届けもします」

 また、教員の多くは、富裕層の生徒を対象に家庭教師や塾のようなものをやって稼いでいるという。ちなみに学校外での勉強のことをヒャンミさんは「課外(クワウェ)」と呼んだ。韓国と同じだ。北朝鮮に流入した「韓国語」なのではないかと推測している。付言すると、十数年前から北部全域では実質的な基軸通貨は中国の人民元になっており、人々は物の価値を測る時に人民元で考え、計算するようになった。

市場で売られる教科書。無償配布される教科書は今やごく一部。生徒たちは市場や教師から買わなくてはならない。2005年6月清津市にて撮影リ・ジュン(アジアプレス)

一家の大黒柱は「主婦」

 ヒャンミさんは「主婦」である。身分登録は「扶養」と分類されている。北朝鮮では成人すると原則的にすべての人が何らかの職場に配置される(進学と軍入隊を除く)。そこで組織の統制を受け、政治学習や奉仕労働や反省会などに動員される。これを「組織生活」という。北朝鮮における人民統制の基本システムである。

 職場配置が免除され、市場で商売を許されるのは家庭の「主婦」と退職した老人たち、つまり「扶養」の人たちだ。そのため多くの女性が、待遇の悪い公的な職場を辞めて身分を「主婦」にする。未婚女性も賄賂を使って「主婦」となる人が多い。

 男はというと、配給も給料もろくに出ないのに当局が配置した職場に出勤することを強要されている。職場に縛り付けて「組織生活」で統制するためだ。無断で職場を離脱したり、商行為をしたりすると処罰の対象になる。悪質だとみなされると1年未満の短期強制労働施設の「労働鍛錬隊」に送られる。こんな理由で、多くの家庭で生計を立てているのは「主婦」なのである。

 両江道(リャンガンド)に住む取材協力者のオクさん(仮名)は夫が地方の行政職の幹部をしていて、公定の給料は安いが賄賂収入がある。オクさん本人は中国から輸入された衣類や雑貨を、地方からやってくる卸売商にあっせんする仕事をして 1カ月に1000元(約1万7000円)程度を稼いでいる。彼女も身分は「扶養」だ。中国国境に近い地域の住人にはこうした商機が多く、北朝鮮の中では恵まれている方だ。

 三度の食事について訊くと「朝は白米を炊き、昼はトウモロコシそば、晩は朝炊いたご飯の残り。おかずはキムチとジャガイモが多く、豚肉を月に数回食べます」とのことだ。今の北朝鮮ではかなり生活水準が高い方だといえる。

軍隊に行くと栄養失調になる

 15年春、オクさんの息子が軍隊に入った。そのため、数カ月に一度、現金や食べ物を差し入れるために息子の部隊がある南部の黄海道(ファンヘド)に通うようになり、私たちとの取材の仕事も滞りがちになった。足繁く息子のもとに通う母の姿を想像すると微笑ましくもあるのだが、オクさんは毎日息子のことが心配でならない。軍隊で事故に遭ったり、栄養失調になってしまうかもしれないからだ。

「親たちは、子どもが配置された部隊近くの住人や将校にお金を渡して、息子・娘が部隊から外出した折に立ち寄って豆腐の一丁でも食べられるよう手配するのです」
 オクさんは差し入れの仕組みをこう説明する。

 北朝鮮では、満17歳で高等中学校を卒業すると、進学しない限り、男子は11年間軍に服務しなければならない。女子は選抜制で7年だ(2017年から男子12年、女子7年の義務制になったという情報もある)。国連人口基金によれば北朝鮮男性の平均寿命は68歳なので、人生の6分の1近く、しかも青春の大切な時期を兵営で過ごさなければならないことになる。

 朝鮮人民軍の兵員数は100万超とされる。人口比でざっと5%、日本でいえば625万人相当だ。兵士たちは民衆の息子・娘たちだ。身内や知人、近所の人の中に軍隊に行っている子どもを持つ人が必ずいるため、誰もが兵士の待遇の劣悪さを知っている。

著者情報

ジャーナリスト/アジアプレス

石丸次郎

いしまる じろう

1962年生まれ。韓国の延世大学などに語学留学。93年より始めた北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境に約100回、1000人近い北朝鮮の人々に会う。2008年4月、北朝鮮在住者自らが取材した内容を中心にした雑誌「北朝鮮内部からの通信 リムジンガン」を創刊。著書に『北朝鮮難民』(講談社現代新書、2002年)『北のサラムたち』(インフォバーン、2002年)など。アジアプレス大阪事務所代表。

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