第22回 石丸次郎「隣国とつながる」
石丸次郎(ジャーナリスト/アジアプレス)
大兵力を養う財政のない政府は、特殊部隊や空軍など優遇される部隊を除いて、兵士を食べさせる食糧をまったく確保できていない。その上、支給された食糧を軍幹部たちが現金欲しさに市場に横流ししてしまうため、末端の兵士にまで食べ物が行き渡らない。軍隊に行くと栄養失調になるというのは北朝鮮では常識になっている。

部隊で栄養失調になり病院に護送される途中の若い兵士たち。2011年6月平安南道にて撮影ク・グァンホ(アジアプレス)
「今年(17年)は栄養失調になって部隊から実家に戻されたり、脱営して逃げて来る兵士が多いですね。近所にも何人かいて『死ぬなら親と一緒に死ぬ。もう部隊には帰らない』という子がいました。皆、仕送りする余裕がない庶民の子どもたちです」(咸鏡北道の取材協力者)
幹部や金持ちは賄賂やコネを使って待遇が良く勤務が楽な部隊に子どもたちを送ろうとする。また、医師に賄賂を渡して重病だというニセの診断書を作成してもらい兵役を逃れようとするケースも少なくないという。
北朝鮮では不正な入隊忌避は犯罪だ。また軍隊に行かないと出世の条件である労働党への入党が困難になるが、「党員になんてならなくても商売をしっかりやって金を稼げればいいと考える人が増えています」とオクさんは言う。
取材協力者たちに将校の待遇について調べてもらったが、家庭を持つ40歳の少佐クラスで月給は公定の8500ウォン(約112円)程度で、食糧配給は本人分だけ。やはり妻が市場で商売をして稼がなければやっていけない。
「将校たちは皆しんどそうですね。昔は将校というと、国から家ももらえ、配給の白米はもちろん副食も優先配給されて、若い女性たちの嫁ぎ先人気ナンバーワンだったのに、今では敬遠されています」(ヒャンミさん)
収入の乏しい将校たちは、部隊の備品や食糧を横流しするようになる。士気も規律も下がるしかない。17年に軍事境界線を越えて直接韓国に亡命した兵士は4人に上った。背景には、このような軍隊の待遇悪化と規律の乱れがあると思われる。
政府は商売の邪魔をするな
北朝鮮の食糧配給制は「食わせてやるから言うことを聞け」というシステムであった。それが崩れて20年以上が経ち、庶民のほとんどは国に依存しない経済活動によって現金を得て、市場で食べ物を買って暮らすようになった。そのためだろう、自立して生きてきたという自負を口にする人が増えた。
「政府がくれるものがありますか? 何かしてくれたことがありますか? 20年前から私たちは、自分たちの足で、頭で働いて稼いで食べてきたんです。もし配給を出すと言われても、貧弱な配給のために今さら職場に勤めようという人はいませんよ」(両江道の30代の女性)
「今の朝鮮は、農民たちこそ厳しい暮らしで飢える人もいますが、都市の人間は配給がない中でも商売をやって、なんとか自力で食べられるようになったんです。政府には、頼むから商売の邪魔をするな、統制するなと言いたいです」(咸鏡北道の男性、党員)
金正恩政権が核・ミサイル実験を繰り返していることについて、北朝鮮の住民にしばしば感想や意見を訊くのだが、答えはいたって冷淡、無関心だ。
「今や核大国になったと政府は誇らしげに宣伝しているけれど、核爆弾で暮らしが良くなるわけでもなく勝手にすればいいという感じ。核兵器やミサイルが周りで話題になることもない」(両江道の40代の女性)
多くがこんな調子である。
経済の仕組みが変わると、人の意識はこうも変わるものか。取材者である私こそが、北朝鮮の社会と意識の変化についていけていないな、と感じることが多い。北朝鮮の人々が覚醒の最中にあると感動を覚えることある。もどかしいのは、そんな北朝鮮の人々が、世界の人々にとって依然として不可視な存在であることだ。せめて、隣国の民が「洗脳された」「ロボット」ではないことくらいは伝えたいと思っている。