第16回 山口恵以子さん(作家)
「食堂のおばちゃんが松本清張賞を受賞した!」と話題になった作家の山口恵以子さんに会いに行きました。丸の内新聞事業協同組合の社員食堂で働きながら小説を書き、55歳のときに『月下上海』で受賞。以後、テレビのコメンテーターや雑誌の人生相談などでも大忙しになり、現在は執筆のみを生業としています。猫好きとしてより酒豪としてのほうが有名な人です。猫好きの酒好き……、親近感、満載です。
白と黒、凶暴な2匹に振り回されて
加藤 こんにちは。わぁ、いすとかソファとかバリバリやられてますね。
山口 家じゅうすごいんで気にしないでください。よろしかったら後ほど、2階の廊下の壁にあるうちの猫たちの芸術作品を見てやってくださいませ。ナスカの地上絵みたいな引っかき傷がありますから。
加藤 アハハハハハ。ぜひ見せてください。
山口 うちの猫たち、2匹とも凶暴なんですよ。こっちの白猫がボニーちゃん。4歳のオスで、よく咬みます。と言っても兄の手だけ集中して狙われるんですが。もう1匹、黒猫のエラちゃんは咬まないけれど行動が乱暴。私がキッチンに立っているのもおかまいなしに、階段から冷蔵庫に勢いよく飛び移るから、エラが私の顔面に直撃して、鼻の骨が折れそうになったり、脳しんとう起こしそうになったり、まあひどいもんです。
加藤 真っ白と真っ黒、いいですね。エラちゃんもオスですか?
山口 エラはメス。年齢はボニーと同じ4歳です。
加藤 ボニーちゃんの目の色、淡いきれいなブルーですね。2匹とも同じくらいの時期に来たんですか?
山口 まずボニーが来て、半年後にエラが来ました。うちにはずっと猫がいたんですが、前の猫が亡くなってからは、2年くらい1匹もいない時期がありました。そしたら、近所の猫ボランティアの人に「子猫、どうですか?」って声をかけられたんです。当時、私は食堂の仕事をしながら執筆活動もしていて毎日忙しかったので、今は猫がいなくてもいいかなと思っていたんですが、真っ白で目がブルーって聞いた母が「絶対にほしい」と言うもんで引き取りました。で、ボニーが生後6カ月のとき、去勢手術のために動物病院へ行ったら、里親募集中の黒猫がいたんです。家に帰って母に話したら、「白と黒がいたら素敵。ぜひ連れていらっしゃい」と。家に来たのはボニーのほうが早いけど、年齢は1カ月くらいしか変わりません。ボニーが凶暴なのでおとなしい猫だとかわいそうだと思ったけど、エラも気が強いおてんばだったので、まあまあうまくいってます。バトルもしょっちゅうありますが、お互い嫌いではないようなので。
加藤 猫同士は一緒に寝ているんですか?
山口 ええ、私のベッドで。エラが私の頭のほう、ボニーが足元で寝ていますね。
加藤 寝ているときに飼い主の顔の近くに来るのと顔から離れるのは、猫同士の力関係があるんだと私は思うんです。先に来たボニーちゃんのほうが足元なんですね。
山口 ボニーは甘ったれのくせして抱かれるのが嫌いなツンデレなんです。母がいすで居眠りをしているとお腹の上に乗るくせに、乗せると逃げちゃう。
加藤 自分からいくのはいいけれど、されるのは嫌なんですね。
山口 そうです。抱かれる猫から抱く猫へ、みたいな(笑)。
加藤 なんか意味深でいいですね(笑)。あら見て、ボニーちゃんのあのポーズ! こんなポーズをする猫、初めて見ました。
山口 お得意の色男ポーズです。人間だと足を組んでいる感じですかね。ボニーはシャッターチャンスがわかってて、自分が格好良く見えるポーズを知ってるんですよ。
加藤 ユニークだなあ。ボニーちゃん、足が長いですね。あっ、しっぽの先が曲がっているんですね。
山口 いつも言ってるんです。お前は性格が曲がってるからしっぽも曲がってるんだよって(笑)。
家全体がキャットタワー
加藤 猫はずっと飼っていたんですね。
山口 ええ。母は昔から飼っていたみたいだし、私が子どもの頃から常に猫がいました。でも、以前は自由に外へ出していたので、みんな、ウイルス感染症にかかって死んでしまいました。だから、もう外に出すのはやめて、ボニーとエラは完全室内飼育です。
加藤 完全室内飼育にしてどうですか?
山口 そりゃあもう元気ですよ。この家は地下1階地上2階の3階建てで、階段が二つあるから家全体がキャットタワーと化していてやりたい放題。上を下への大騒ぎで、2匹で家じゅう走り回っています。
加藤 あっ、エラちゃん、今、自分で扉を開けて出て行きましたよ!
山口 エラはお客さんが苦手なんです。すごく器用で、お客さんが来ると自分でドアを開けて地下に逃げちゃう。うちの猫たち、引き出しを開けるのも上手なんです。朝起きたら、リビングもキッチンもありとあらゆる引き出しが開けられてて、中にしまっておいた「だしの素」が全部ばらまかれてたこともありました。
加藤 ふたりで共謀してやったのかもしれませんね。
山口 だから、引き出しに調味料を一切入れられないんです。でも、猫って頭がいいなと思うのは、私の着物には絶対に爪を立てないんです。私はテレビに出演するときは着物を着ることが多いので、部屋にかけておくことがあるのですが、それには手を出さない。
加藤 値段が高いってわかってるってこと?
山口 いえいえ、高いってわけじゃないんですが、これに手を出したら三味線屋に売られるぞっていうのがわかるんだと思います。
加藤 アハハハハハ。そう言い聞かせてるんですか?
山口 言わなくても雰囲気でわかるんでしょうね。私が一生懸命着物を着て、必死に出かけて行くのを見ているので、これに手を出したら本当にやばいだろうって(笑)。
猫たちの“やらかしちゃった”事件簿
加藤 猫たちのおもしろエピソード、いろいろありそうですね。
山口 ありますよ~。ボニーがやらかした大事件は、日本橋西川で作った2万6500円もする私のオーダー枕に、半年間に2回もおしっこをしやがったことですよ。
加藤 枕の中身は何だったんですか?
山口 いろいろな素材から選べるんですが、私のはそば殻がメインです。
加藤 羽毛だったらなんとなく理由がわかる気がするんですが、そば殻か~。
山口 気に入らないことがあって自分に注意を向けさせるためにやったんだと思うんです。
加藤 その枕、どうしたんですか? 捨てちゃったんですか?
山口 捨てるわけないじゃないですか! 2万6500円ですよ!! 西川で除菌と消臭をしてもらいました。2回目も恥をしのんでまた持って行って、今も使っています。エラ絡みの大事件は、私が原稿を書いているときに、パソコンの上を走り回ってロックをかけてしまったことですね。自力ではどうしてもロックが解除できなくて、長編小説の原稿がだめになるんじゃないかと本当に焦りました。結局メーカーの相談室に電話して、あれこれ教えてもらってやっと解除できたんですが、膝の上に乗りたいならすぐに来ればいいのに、わざわざキーボードの上を歩いてから来るんですよ。
加藤 うちも猫がパソコンに乗って、見慣れないウインドウが出てきたことが何度もありました。で、猫に聞いてましたよ、「ねえ、これ、どうやったら出た?」って(笑)。
猫の存在は「心のお守り」
山口 もちろん、かわいいところもありますよ。ボニーもエラも私が外出から帰ってくると玄関まで迎えに来てくれるんです。私にだけ。耳をそばだてて、私が帰ってくるのがわかるらしいんです。
加藤 一緒に暮らしているのは山口さんとお母様とお兄様の3人ですよね。猫たちは皆さんのことをどんなふうに思ってるんですかね。
山口 私は完全にばぁやですね。母と兄は、なんとなくいる人、ですかね。遊んでくれるけど世話してもらえないのはわかってるから、猫たちは私にはあれこれ要求するけど、母や兄には何も言いません。母は寝ている時間が長くて、ときどき猫が上に乗って寝ているから肉布団とでも思ってるんじゃないでしょうかね。兄は咬みつくのに適した手を持っている人(笑)。ボニーは喜んで撫でられているのに、突然咬むんですよね。
加藤 それはたぶん愛咬(あいこう)ですね。だんだん気持ちよくなって咬んじゃうんです。お兄さんは撫で方が上手なのかもしれません。
山口 うちの猫たちは凶暴でDV(ドメスティック・バイオレンス)も激しいんですが、たまにこうやって猫絡みの取材を持ってきてくれたりするわけです。それに、ボニーが来た直後に、勤めていた食堂の悩みの種が解消されたし、エラが来て1カ月もしないうちに『月下上海』が松本清張賞の最終候補になったという連絡が来たから、どちらも幸運を呼んでくれた猫。「人間万事塞翁が馬」ならぬ「人間万事塞翁がDV猫」なんです。
加藤 DV猫ですか(笑)。
山口 DV猫なんですが、私にとって猫は「心のお守り」みたいなところもあります。生活の潤滑油とも言えますが、うちみたいに母90歳、兄69歳、私58歳の平均年齢70歳を超えた高齢者家族だと積極的な会話も笑いも少ない。でも猫がいると、「変な格好して寝てたのよ」「このコがバカなことをしたのよ」と話題が生まれるわけです。猫がいなければ、もっとシビアな家族関係になるでしょうね。
加藤 私もそうでしたが、介護をしているといらつく機会もどうしてもありますよね。
山口 そうですね。猫がいるから私も癒してもらえてるかな。それから、責任感も芽生えますよね。猫を残しては死ねないって。