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連載

クヌギの古木 〜「やまおやじ」

第49回 

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 太陽の光が強くなってきて、庭のブッドレアの花も咲き始めました。あと数日もすると夏型のアゲハチョウたちが姿を見せ始めます。
 夏はなんと言っても雑木林が華やぐ季節。雑木林と言えば、琵琶湖の北部の高島市マキノ町に、私が長年管理をしている「萌木の国」と名付けた場所があります。今から30年くらい前に、荒れた雑木林を買い取って管理を始めました。

クヌギの古木がたくさん見られる「萌木の国」の雑木林。

 マキノ町では広範囲に雑木林が見られるのですが、この地ならではの特徴が2つあります。1つは平坦な場所にあること。雑木林は斜面地や山間にあるのが一般的ですが、ここでは屋敷林のような形で残っています。このような雑木林は滋賀県内ではここだけかもしれません。もう1つは、幹が太いクヌギの古木があちこちに見られることです。これは薪炭林(しんたんりん)として何代にもわたって伐採された結果、できあがった樹形です。全国的に見れば、クヌギの樹形としては珍しいものではないのですが、最近では管理が不十分で藪の中に隠れていたり、造成時に撤去されたりして、珍しい存在になってしまいました。
「萌木の国」にあるクヌギの古木は、地元の人の間では単に「古株」と呼ばれていたのですが、私は「やまおやじ」と命名しました。森の中の親父さんのように堂々としているからです。

「やまおやじ」とのツーショット。(撮影:今森元希)

「やまおやじ」の幹には苔が宿っていて、ポッカリと口を開いているものがあります。個性的な「やまおやじ」は、いつ出会っても心をなぐさめてくれます。2つとして同じ風貌のものがないので、写真で記録して1つ1つの「やまおやじ」に名前を付けたことがありました。あまりに数が多いので挫折しましたが、チャンスがあったらまた名付けを復活させたいです。
 健全な雑木林の中にある「やまおやじ」は、状態が刻々と変化します。年に一度は下草刈りが行われますし、数年に一度、枝打ちがなされます。そして、十数年に一度の伐採となります。
 雑木林の環境が著しく変化するのは、伐採の時です。1ヘクタールくらいを区画にして一斉伐採を行うため、伐採後は平原のように開けます。この時、切り株だけは残っているので、「やまおやじ」はこぶのように盛り上がった物体に見えます。翌春にはそれぞれの切り株から新芽が出て、枝葉を伸ばし始めます。萌芽した「やまおやじ」は散髪したてのお父さんのようで、なかなかの愛嬌者です。

大きな口で叫んでいるように見える「やまおやじ」。(撮影:今森元希)

「やまおやじ」は、シイタケのほだ木や薪炭に利用するために手塩にかけて維持されてきたクヌギで、言わば美しい雑木林を象徴する木でもあります。また、樹液をたくさん出すので昆虫たちが集まり、冬にはカエルたちが落ち葉の下で越冬することもあり、きっと生態系にとっても重要な役割を担っているのでしょう。
「やまおやじ」が見られる雑木林がいつまでも残ってほしいと切に願うばかりです。

「萌木の国」の雑木林へと続く道。

*写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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