imidas - 情報・知識&オピニオン

連載

棘の芸術 〜ルリタテハの幼虫

第64回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 稲の収穫が終わり、「光の田園」には刈田の風景が広がります。農家の人の姿はまばら、所どころで畦(あぜ)焼きの煙が立ちのぼっています。土手に腰を下ろして虫の声を聞きながら佇むひとときは、何とも贅沢なことだといつも思います。
 気温が刻々と変化する秋のこの季節は、生きものたちにも動きが出てきます。アトリエの庭ではキーキーというモズの声を耳にすることが多くなりますし、ミカン類の葉にはアゲハチョウの仲間の幼虫をよく目にするようになります。

青色の帯をまとったルリタテハは、美しい蝶だ。 (撮影:今森元希)

 蝶の幼虫といえば、ルリタテハの幼虫もこの時期に発見しやすくなります。サルトリイバラやホトトギス(杜鵑草)の葉を注意して見ていると、毬栗(いがぐり)姿の幼虫を見つけることができます。ルリタテハの幼虫は鋭い棘(とげ)を身にまとっていて、棘をアップで見てみるとまるでサボテンの針のようです。
 クリーム色の棘の先端部だけが黒くなっているので、毒があるように見えます。雨の日には棘に水滴がついていて注射針を連想してしまいます。でもこれは見かけ倒しで、本当は無毒です。手に触れるとほんの少しチクリとした感触がありますが、心配はいりません。「いきもの観察会」でもこのことはよく尋ねられ、そのたびに毒がないことを説明するのですが、あの姿を目にすると恐怖心が先立つのか、誰も触ろうとはしません。
 食欲旺盛な鳥たちを怖がらせようと思ったら、あたかも毒があるように見せるには、これくらい派手な演出をしないと、うそを見抜かれてしまうのかもしれません。同じタテハチョウの仲間であるアカタテハやキタテハなどの幼虫も棘をもっているのですが、やはり毒はありません。

Cの字になって葉にとまるルリタテハの幼虫。 (撮影:今森元希)

 蝶の幼虫に限らず、自然界で身を守るのに棘は役立っているようです。東アフリカのサバンナでは、枝に長い棘をもつアカシアにたくさん出合います。この棘は葉を食べるキリンなどの動物から身を守っているといわれています。実際、長い舌をもつキリンには、アカシアの葉はとても食べにくそうです。この効果にあやかって、アカシアの棘の間に巣をつくるアリの仲間もいるほどです。
 また、中米のコスタリカに棲むバラノトゲツノゼミは体長1センチに満たない小さな昆虫で、背中に1本の角をもっています。単独で見るとトンガリ帽子をかぶったセミのように見えて、何と風変わりな昆虫だろうかと感心するだけです。しかし、この昆虫が植物の小枝にたくさん集まって並んでいると、鋭い棘のあるアカシアと瓜二つになります。そのため、鳥たちは棘が危険だということ以前に、それが昆虫であることにも気づかないようです。

ルリタテハの幼虫の棘は、怖く見えるが無毒。 (撮影:今森元希)

 こうして改めてルリタテハの幼虫の棘を見ると、芸術的なフォルムに感心してしまいます。
 秋は気持ちのよい季節なので、鳥の声や小さな命に心をかたむける余裕ができるのかもしれません。

秋の観察会 「やあ出会えたね」での1コマ。 (撮影:今森元希)

 *写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

関連記事

新着記事

imidasの更新情報をお届けします。