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連載

合意なれど、なぜロヒンギャ難民の帰還は進まないのか?

第3回

木村元彦(ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト)

 ロヒンギャの大人は何を考えているのか。クトゥパロンの長老とも言える人物がいた。シャカマという75歳の男性。シャカマの兄はかつてラカイン州でアウンサンスーチーの所属政党であるNLDの議員をしていた。今、いったいNLDはロヒンギャの迫害を前に何をしているのか。
 シャカマは淡々と言う。「ラカインのNLDは何もしていない。ロヒンギャの居住地の周囲は軍と警察ばかりで外に出られない。NLDも、酷い弾圧を目の当たりにして問題があることは理解しているが、彼らも軍の前では無力である」
 ミャンマー軍を襲ったとされるロヒンギャの武装組織「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」については、どう思っているのか。「山の中にはそんなことをする人もいるかもしれないが、私たちは無関係だ。ARSAは許せない。私は弾圧が始まる前は政府側の人間だった。私たちを避難民にしたのは彼らの暴発だ。ロヒンギャ難民がARSAを支持しているとは思われたくない」
 ミャンマー、バングラデシュの両国政府が合意して進めるという帰還と再定住については全く否定的だった。
「言うまでもない。帰りたい気持ちは誰もが持っている。しかし、この帰還のやり方では意味が無い。帰れたとしても、我々は無国籍のままで外国人登録をされるのだ。ミャンマー政府には何度も騙されてきた。相変わらず、ラカイン州の外へ行く移動の自由も、就労の自由も無い。そこに戻って殺されたらどうするのだ」
 河野外相がミャンマー政府に寄り添うと言って2300万ドル(約26億円)の援助を約束した帰還事業の実体は欺瞞(ぎまん)に満ちている。
 国境を越えて帰国をしても外国人滞在の住民登録がされるだけで、ミャンマー国籍は与えられないのだ。これでは何の解決にもならない。国籍が無い限り、ミャンマー政府はいつでもロヒンギャを合法的に追い出すことができる。キャンプの中では、帰還反対のデモも起こっている。
「日本の援助はありがたいが、そのお金がいったい何に使われるのか……。軍事政権が実質的に支配している限り、我々は何ももらうことはできない」

クトゥパロンキャンプの長老、シャカマさん、75歳。ミャンマーとバングラデシュが結んだ表面的な帰還合意を批判する。

 果たして日本政府が拠出する26億円は何に使われるのか。そもそも17年の11月16日、ミャンマー政府に対して迫害をやめるよう求める国連決議を日本は棄権している。朝日新聞によれば、135カ国が賛成したこの人道的な勧告を無視した後、河野外相は「まず避難民に戻ってもらうことが先決」と述べているが、これは順序が逆である。
 重要なのは何に使用されるのか分からないカネよりも難民の安全の担保である。ミャンマー政府がロヒンギャに対する抜本的な解決に取り組もうとせず、形ばかりの帰還を進めて国際的な批判をかわそうとしているのは明らかで、その証拠に虐殺やレイプや焼き討ちに対する検証作業はまったく進んでいない。70万人がなぜ逃げなくてはならなかったのか。その国家犯罪の真相の究明をしないままでは、いざ帰国しても軍や警察に襲撃されないという保証はどこにも無い。これでは子どもたちも怖くて帰れない。難民たちはミャンマー軍の残虐さが骨身に沁みて分かっているから、帰還が始まったとしても実現するまで長丁場になることを想定して学校を作ったのだ。
 にもかかわらず、河野外相は17年11月にバングラデシュの難民キャンプ、18年1月にラカイン州を視察した後でさえ、帰還事業について「ミャンマー政府の努力をしっかり寄り添って支えていく」と述べるにとどまった。難民の声をまったく聞かなかったのか。背景と現実を見据えることが微塵もできていない。迫害の主語であるミャンマー政府に寄り添うとは何事であろうか。
 ミャンマー語を学び、ミャンマー国歌を歌う子どもらが待ち焦がれる真の帰還はミャンマー国籍付与とのセットでなければならない。

川から遥かにマウンドーを望む

 キャンプを訪問した翌日、アウンティンのアイデアでセント・マーティン島へのクルーズに出かけた。『地球の歩き方』でもお馴染みのバングラデシュ最南端のリゾート島になぜ行くのか。この定期観光船はミャンマー国境沿いのナフ川を通るのだ。現在、ラカイン州のマウンドー地区には、ジャーナリストも国連関係者も入ることが困難であるが(だからこそ河野外相の訪問は貴重だったのであるが)、観光船によって川側から、攻撃の酷かったマウンドーが観察できるのだ。テクナフの港を出航してからほぼ一時間が経過した頃、広い川幅の中ほどから、遠目にマウンドーの岸が見える。

ナフ川を下る観光船から、ミャンマー軍と警察の監視施設が見える。

 監視しているミャンマー軍と警察の施設が視界に入った。水面にはミャンマー海軍の軍艦も威容を現す。しかし、この落差は何だろう。凄惨(せいさん)な民族浄化の現場を左方に臨みながら粛々と進む観光船。この航路こそ、悲劇の跡でもある。17年10月にはナフ川からロヒンギャの水死体が23体揚がった。迫害行為から逃れようと小船に乗ったが、転覆したためである。セント・マーティン島にも約2000人の難民が逃げ込んだが、難民キャンプに収容された。
 アウンティンが言った。「燃やされているよ。あそこは私のお母さんの住んでいるところ」
 アウンティンは国外に逃れて以来、母親には会っていない。その住居をこのようなかたちで見つけるとは、胸中を察するに余りある。

緑色のテントには、川岸まで追い詰められたロヒンギャ難民が住んでいる。

ロヒンギャに冷淡な日本

 一方、日本では18年1月23日、茨城県牛久市東日本入国管理センターで留置されている、ロヒンギャ青年のアウンアウンに対する仮放免申請が不許可になった。連載第2回でわずかに触れたが、17年11月21日に許可申請を出していたものである。文面は以下。「申請の理由を総合的に判断した結果、これを認めるに足りる理由がなく、不許可と決定したので、通知します」
 すでに1年近くの勾留が続き、さらに内臓を病んでいるので治療を要するという医師の診断書もある。それでも「総合的に判断」という曖昧な言葉ひとつで却下されてしまう。
 迫害を逃れてきた難民に対する処遇がまるで犯罪者へのそれである。26億円の支援よりも先に改めるべき制度がここにある。

 

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著者情報

ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト

木村元彦

きむら ゆきひこ

1962年、愛知県生まれ。中央大学卒業。東欧やアジアを中心に、スポーツ文化や民族問題などの取材、執筆活動を続ける。著書に『誇り』(98年、東京新聞出版局)、『悪者見参』(2000年、集英社)、『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』(05年、集英社新書)、『蹴る群れ』(07年、講談社)、『社長・溝畑宏の天国と地獄』(10年、集英社)、『争うは本意ならねど』(11年、集英社インターナショナル)、『徳は孤ならず』(16年、集英社)、『橋を架ける者たち』(16年、集英社新書)、『無冠、されど至強』(17年、ころから)、『コソボ 苦闘する親米国家 ユーゴサッカー最後の代表チームと臓器密売の現場を追う』(23年、集英社インターナショナル)など多数。『オシムの言葉』(05年、集英社インターナショナル)で第16回ミズノ・スポーツライター賞を受賞。

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