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連載

空爆から20年後の旧ユーゴスラビアを行く (1)セルビア編

第14回

木村元彦(ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト)

 2018年11月、コソボ政府はインターポール(国際刑事警察機構、ICPO)に加盟できなかったのはセルビア政府の妨害によるとして、セルビアからの輸入品に対して100%の関税をかけることを発表した。まさにイスラーミの言う「具体性が無い」閣僚である首相のラムシュ・ハラディナイは「これはセルビアへの報復措置だ」と公言。隣国から物資が入って来なくなっては、コソボ市民も困窮するのだが、こんな局面でも経済よりも政治(民族主義)が勝ってしまう。さすがにEUのフェデリカ・モゲリーニ外相もこの措置には「EUの自由貿易協定を明らかに妨害している」と非難している。ハラディナイ首相は何度も旧ユーゴ国際戦犯法廷に戦争犯罪で訴追され、その度に不起訴にされていたが、今年(2019年)になって捕虜の臓器を密売したという容疑によって、またもオランダのハーグ特別法廷から召喚を受けた(召喚を受けて7月19日に首相を辞任)。
 唯一、セルビアとの交渉を真剣に考えているという大統領のタチにしても、KLA出身である。その点はどう考えるのか。
「そうだな。ルゴバが政権を取っていたら、コソボ問題は変わっていただろう。セルビアの方も(穏健派の)ゾラン・ジンジッチが生きていたらと思う」
 イスラーミは記者だけあって、さすがに熱狂的なアルバニアナショナリズムに染まっていない。そこで、タチも関与したと言われる、国家的臓器密売組織による「黄色い家」事件(連載第5回参照)をアルバニア人の側から検証するような動きは無いのか、と聞くと、シリアスな表情に変わった。
「それについては具体的な情報は持っていない。ただし、戦争犯罪があったらどんな民族でも平等に罰せられなくてはいけない」
 民族の平等という点では、イスラーミはセルビアでアルバニア語の公的教育が全く行われていないことに焦れていた。
「少数民族の権利はコソボでもセルビアでも互いに保証されないといけない。それなのに、ブヤノバツにはアルバニア語の教科書さえ無いんだ」
 そして決意するように言った。「今年解決しなかったら、私もこの町を捨てる」
 イスラーミ自身、公正なジャーナリストとしての評価も高く、記事の出稿量も多い。その彼にしても空爆20周年で何も変わっていない現状から、町は愛していてもその焦りを隠そうとしない。
 頭脳流出、移民、難民という言葉が頭に浮かび、ふと、ここはギリシャ、マケドニアから西ヨーロッパに逃げる難民の「バルカンルート」の途上であることに思い至った。
 イスラーミも首を縦に振った。「そうだ。主にシリアやアフガンの難民がここからベオグラード、ハンガリーに抜けていく。今は公的には閉ざされたが、難民の一次収容施設があった。2015年の難民危機のときは、このカフェの前の道を1日に1万人が通った。セルビアで難民申請すると、1カ月ベオグラードに留められ、ハンガリーに送られていったのだ」
 イスラーミは、ブヤノベツは空爆時は多くのセルビア人が難民として来た町であり、次は中東からの難民の通路になったと語り、最後は、自分もいつここから出ていくか分からないのだ、と自虐的に笑った。

民族主義を超えて

 アルバニアが、現在引かれている国境を越えてコソボを併合し、ギリシャやセルビア、マケドニアの一部にまで領土を拡張しようという「大アルバニア主義者」の主張では、ブヤノバツは完全にアルバニア領土に入る。コソボには民族主義の熱に冒されて、領土拡大やアルバニアとの合併を唱える政治家もいるが、ブヤノバツでは想像以上に冷静な声を何人かのアルバニア人から聞くことが出来た。
 次回はその熱が渦巻くコソボ内のリポートとなる。

ブヤノバツの市庁舎。入り口の上部にはセルビア語(左)とアルバニア語が併記されている

 

著者情報

ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト

木村元彦

きむら ゆきひこ

1962年、愛知県生まれ。中央大学卒業。東欧やアジアを中心に、スポーツ文化や民族問題などの取材、執筆活動を続ける。著書に『誇り』(98年、東京新聞出版局)、『悪者見参』(2000年、集英社)、『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』(05年、集英社新書)、『蹴る群れ』(07年、講談社)、『社長・溝畑宏の天国と地獄』(10年、集英社)、『争うは本意ならねど』(11年、集英社インターナショナル)、『徳は孤ならず』(16年、集英社)、『橋を架ける者たち』(16年、集英社新書)、『無冠、されど至強』(17年、ころから)、『コソボ 苦闘する親米国家 ユーゴサッカー最後の代表チームと臓器密売の現場を追う』(23年、集英社インターナショナル)など多数。『オシムの言葉』(05年、集英社インターナショナル)で第16回ミズノ・スポーツライター賞を受賞。

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