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連載

帝国主義――資本を求めて拡張する欲望

吉田徹(同志社大学教授)

 テイ将軍を調べる中で、彼はパイルと名乗るアメリカの若い人道支援関係者と知り合い、友情をはぐくみますが、あろうことかこのパイルはフォングに一目ぼれし、恋敵となります。勘の良い敏腕記者であるファウラーは、パイルがアメリカのスパイであることを察知し、テイ将軍との関係を探ろうとします。作品に出てくるパイルもテイ将軍も、実際のモデルがいることが知られていますが(そのため原作小説の発表後にグリーンはアメリカに入国を禁止されます)、脱植民地化の過程で、途上国に共産主義が広まっていくことを新たな帝国であるアメリカは強く警戒し、非公式に陽動作戦や非合法活動をするのは当たり前のことになっていました。

 アメリカの反共主義を強く匂わせる演出として、劇中、パイルの愛読書が『民主主義に対する危険』という本であることが映されています。実在しない本ですが、この時代の民主主義に対する脅威といえば共産主義のことでしたから、パイルが人道主義者などではなく、政治的な意識を持った理想主義的な人間であることが示唆されています。

Original Title: QUIET AMERICAN, THE / English Title: QUIET AMERICAN, THE / Film Director: NOYCE, PHILLIP / Year: 2002 / (Photo by Album/AFLO)

映画『愛の落日』より

 スパイ活動をしたこともあった原作者のグリーンは、やはり映画化された『ことの終わり』(1999年)のように、政治サスペンスと男女の三角関係を描くのが得意な作家ですが、本作ではフォングが二つの帝国主義の間で翻弄されるインドシナを、そして彼女をめぐって対立と協調を繰り返すファウラーとパイルがイギリスとアメリカを、それぞれ象徴していることになります。年老いて本妻もいることで右往左往するファウラーは衰退していくイギリス帝国そのものであり、反対に金にものを言わせて善をなそうとする精力的なパイルは、反共主義を掲げて各国に介入する新興の帝国としてのアメリカを体現しています。「立派な家庭で育ったあの美しいフォングが踊り子で西洋人の愛人だ。国の窮状が表れている。我々はそんなベトナムを救いに来た」というパイルの言葉は、フォングの象徴するベトナムは自分の手によって解放されるべきだという、アメリカ帝国主義意識の発露です。

 ちなみに『トム・ソーヤ―の冒険』などで有名なマーク・トウェインは、こうしたアメリカの帝国主義の偽善を早くに指摘した人物として知られています。アメリカはフィリピンをはじめとして、多くの土地の人々を美辞麗句で解放する振りをしておきながら、実は彼らの権利や富を収奪する存在なのだ、とマーク・トウェインは指摘しています。

『愛の落日』は、男女の三角関係を主軸に、新旧帝国主義の対立とその対照性を浮き彫りにする作品でもあります。ファウラーは確かに女性関係には不実かもしれませんが、インドシナ情勢については中立的な立場を貫こうとします。反対にパイルは女性には誠実だけれども、お金と権力を用いてインドシナの政情を自国に有利になるよう画策する人物です。そしてそんな二人の間で揺れ動くフォングの姿をみて、私たちはいずれの帝国主義の非情さを目にすることにもなるでしょう。

 

『アバター』――帝国主義の贖罪

 3本目に取り上げるのは、ジェームズ・キャメロン監督『アバター』(2009年)です。興行収入世界歴代トップとなったこのSF映画は、CGを多用した革新的な映像だけでなく、細微にわたる独自の世界観を展開した大作として知られています。2時間半以上もある様々な展開のあるこの映画は地上波などでも放映されて、観られた方も多いはずですから細かな物語の展開は省きましょう。

地球に住む人類が「アンオブタニウム」と呼ばれる希少資源を求めて惑星パンドラに住む先住民族ナヴィを支配・排除しようとする物語は、白人によるアメリカ大陸支配を強く意識したものであると多くの人は感じるでしょう。やはりSF作品を得意とするヒットメーカーのマイケル・ベイ監督『アイランド』(2005年)がアメリカの奴隷問題を下地にしているように、アメリカ建国の歴史とSFが相性の良い組み合わせであることは確かです。いわばアメリカの過去の経験を、これから未来に起こり得るものとして提示する手法です。「リンク」と呼ばれる道具を使ってナヴィ族のアバターとなり、「あっち」と「こっち」の世界に引き裂かれるジェイクを主人公に、ナヴィ族の自然信仰や精神世界の尊重、他方で侵略する側である人間の暴力性、権威主義や拝金主義が対照的に描かれていることは、確かにアメリカ建国史の裏面を高度のエンターテイメント作品として仕上げたものと解することができます。

 ただし『アバター』にはもっと多様な告発が込められていることもわかります。例えば、後半の圧倒的な武力を用いて自然を破壊するシーンは、この映画が参考にしたとされる『地獄の黙示録』のベトナム戦争でのナパーム弾による破壊を想起させます。そもそも最終的に「あちら側」に行ってしまうジェイクは、『地獄の黙示録』のカーツ大佐の現代版焼き直しではないでしょうか。また、ナヴィ族やその他部族による支配者に対する抵抗は、第二次世界大戦前の支配者に対する祖国統一運動や、大戦後の民族独立戦争の構図と類似しています。さらに、資源開発を目論む企業RDA社(企業が土地開発・資源開発をするのは帝国主義の定番でした)とその傭兵部隊は、ナヴィ族の蜂起に対して「先制攻撃」をするかどうかで議論を交わします。これなどは、傭兵部隊を重用し、軍事主義に走ったアメリカの対テロ戦争を暗示するものでもあります。さらにいえば、天然資源を求めての乱開発という舞台設定自体は自然環境の破壊を告発するものですし、ナヴィ族が人間以上に自然について先端的な知識を持っていることが描かれるのは、現在の先住民族の権利回復運動などで指摘されることでもあります。

映画『アバター』より

 帝国主義は資源や資本、奴隷などを求めて、空間を際限なく拡張しようとする人間の欲望がもたらすものです。その過程では、持たざる者の生活環境や自然環境が絶え間なく破壊されていくことになります。だからアバターは、19世紀から20世紀にまで至る、過去から現在にまで続くすべての帝国主義の贖罪を総決算する映画でもあると解することができるでしょう。『アバター』が予算や収益だけにとどまらない「大作」である所以です。

 この『アバター』シリーズは、2022年に公開された『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』に続いて、今年(2025年)には『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』が公開される予定です。シリーズは全5作品で完結するとされていますが、これからの帝国主義の在り方がどのように描かれ、どのような反省が求められることになるのか、注目です。

著者情報

同志社大学教授

吉田徹

よしだ とおる

1975年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。専門は比較政治学、ヨーロッパ政治。著書に『ミッテラン社会党の転換』(2008年、法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(2009年、光文社新書)、『ポピュリズムを考える』(2011年、NHK出版)、『感情の政治学』(2014年、講談社)、『「野党」論』(2016年、ちくま新書)、『アフター・リベラル』(2020年、講談社現代新書)などがある。

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