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性知識イミダス:「ジェンダー」について知ろう(後編)~「性別」とは何かという巨大な問い

イミダス編

(構成・文/加藤裕子)

 トランスジェンダーと似た言葉で、「トランスセクシュアル(Transsexual)」があります。こちらは、身体的な性別違和が強く、性別適合手術という選択肢も含めてその違和感を解消したい(した)人を表します。トランスジェンダーという幅広い枠の中にトランスセクシュアルがいる、とセットで捉えられることもありますが、トランスジェンダーは、全員が性別適合手術をしたいわけではありません。たとえばトランス女性には、肉体のつくりは男性のままでも、自分がしたい服装をして、周りから女性として認識されればそれでいいと感じている人もいて、そのあり方は多様です。

 この二つの概念は似ていますが、生まれた歴史的経緯はかなり違います。トランスセクシュアルはもともと医学用語で、以前、日本では「変性症」「性転換症」などと訳されていました。その中で性別適合手術やホルモン療法などの医学的処置を求める人たちをクローズアップするときに、「性同一性障害」という概念が、1990年代に入って日本でも一般的に使われるようになりました。

 それに対し、トランスジェンダーは、性別違和を持つ当事者たちが、自分たちをどう表現するかという模索の中から出てきた自己定義の概念です。性別違和がない状態が「普通」とされていることに異議申し立てをし、自分たちは「正常」に対する「異常」ではなく、トランスジェンダーというひとつのあり方なんだと肯定的に表現してきたアクティビズムの土台があるのです。

 医学の専門用語であるトランスセクシュアルは、医学的観点から定義することが可能ですが、トランスジェンダーは当事者たちが時代や地域、社会との関わりの中で、いかに自らの特性を表現して社会に承認させていくかという問題意識から使われてきた言葉なので、どんどん移り変わっていくのは当然であるとも言えます。

 1990年代のアメリカ都市部を調査した文化人類学者のデヴィッド・ヴァレンタインが、興味深い事例を報告しています(David Valentine, Imagining Transgender, 2007)。当時すでに学問的あるいは行政的に「トランスジェンダー」と呼ばれていた人々がいて、その当事者たちも「トランスジェンダー」向けの支援サービスなどに集ってくるにもかかわらず、そうした人々の中には、けっして自分のことをトランスジェンダーという言葉でカテゴライズせずに、あくまでも「ゲイ」や「ガール」といった別の言葉で呼ぶ人たちが多かったというのです。
 そこには非常に多様な自己表現が見られます。もしかしたら今であれば、その人々も自分たちを「トランスジェンダー」と呼ぶかもしれませんし、そうではないかもしれません。現在の日本のトランスジェンダーのコミュニティーの中でも、当事者や専門家でなければ知らないような表現が次から次へと出てきています。
 ヴァレンタインは、こうした当事者たちのリアリティを受け止めつつ、「トランスジェンダー」という言葉の固定された使い方をつねに見直していく必要性を示唆しています。そして、同じことは「同性愛」や、さらには「ジェンダー」や「セクシュアリティ」といったより基本的な概念についてもあてはまるというのです。

「トランスジェンダー」にせよ、「同性愛」にせよ、何のための概念であり定義なのかと言えば、人間の現実をちゃんと把握するための「道具」なのだから、こういった概念を固定化して、「これが正しい概念、定義だ」と思い込まないほうがよいということですね。もちろん、現実についてあまりに無知だったり、偏見で捉える人に対しては、ある程度共有された、教科書的な定義を示して啓発することも必要で、私自身もそういうことを必要に応じてしているわけです。とは言え、最終的に大切なのは「正しい分類」を目指すことなどではなくて、人間一人ひとりの多様なあり方をきちんと見つめていくことだと思います。

――最近では、男子も女子も同じように着られるジェンダーレスのスクール水着が販売されるようになったり、さまざまな性別の人が使えるオールジェンダートイレが設置されたりするという動きも出てきています。こうした状況から、日本の社会がジェンダーへの理解を深めてきたと捉えることはできるでしょうか。

 結論から言うと、そう言っていいと思います。ただし、個々の事例や背景にある考え方については、まだまだ改善点があるかもしれません。
 たとえば、数年前にある企業がオールジェンダートイレを設置したとき、それを「LGBT用トイレ」としてアピールしたことがありました。しかし、まずレズビアン、ゲイ、バイセクシュアルとトランスジェンダーでは、男女別トイレへの違和感がまったく違います。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルは性自認と「見た目の性別」が一致していることも多々あり、男女別トイレに不自由を感じる人は少ないでしょう。また、トランスジェンダーでも、「パス」「パッシング」と呼ばれる、自分の現在の姿がどのくらい自分の望む性別に見えているのかという度合いによって、オールジェンダートイレを必要とする度合いも異なります。また、シスジェンダーで性自認が女性であっても、ボーイッシュな見かけだと、女性トイレに入ったときに「あれっ」という目で見られて困ることがあると聞きます。このような理由から、オールジェンダートイレを「LGBT用トイレ」と呼ぶのは、あまり適切ではないですね。

 基本的には、ジェンダーの多様性の観点から、男女別トイレが使いにくい人もいるのだという認識が広がり、それに対する配慮が始まったこと自体は、よい動きだと思います。具体策をめぐってはさまざまな相異なる見解があり、誰もが安心して使える施設を作り広めていくにはまだ乗り越えるべきハードルが多々あると思いますが、時間をかけて議論していけば解決していけるはずです。一点だけ、少し具体的なことを言えば、公共空間のトイレがビルの隅の方の、人目につきにくい場所にありがちなのは早急に改善すべきことだと思います。なるべく死角の少ない、明るい場所にトイレがあれば、防犯にも有効でしょう。

 トイレに限らず、こうした建築や都市計画といった「マテリアル(物質的)」な面からのアプローチは、性差別やジェンダー問題全般を解決していくためには非常に大切です。近年、ジェンダーに関する「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」を見直そうという動きが強調されることが多くなってきました。もちろんそれも必要な視点ではあるのですが、社会的に固定化されたジェンダーの現状を、個々人の心がけに訴えかけるだけで変えられるわけはありません。「女性活躍推進」や「ワーク・ライフ・バランス」といった目標にしても、個々の女性たち、男性たちに努力しろというだけでは、社会の歪みの責任を個々人に押し付けるだけになってしまいます。必要なのは、人々が無理な努力を強いられずに、ジェンダーに縛られない人生を送れるようにサポートするための法律、制度、施設です。つまり、社会全体のデザインの問題として、ジェンダー問題に取り組んでいく必要があるのです。

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「ジェンダー」への理解をより深めたい人へ
 ~加藤秀一先生からおすすめの本、映画

◆書籍(人文・社会系)
・佐藤文香監修、一橋大学社会学部佐藤文香ゼミ生一同著『ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた あなたがあなたらしくいられるための29問』(明石書店、2019年)
・石田仁著『はじめて学ぶLGBT 基礎からトレンドまで』(ナツメ社、2019年)
・ユネスコ編、浅井春夫/艮香織/田代美江子/福田和子/渡辺大輔訳『【改訂版】国際セクシュアリティ教育ガイダンス 科学的根拠に基づいたアプローチ』(明石書店、2020年)
・久留島典子/長野ひろ子/長志珠絵編『歴史を読み替える ジェンダーから見た日本史』(大月書店、2015年)

◆書籍(文学)
・ミン・ジヒョン著、加藤慧訳『僕の狂ったフェミ彼女』(イースト・プレス、2022年)
・飯田有子『林檎貫通式』(書肆侃侃房、2020年)
・松田青子『持続可能な魂の利用』(中央公論新社、2020年)
・マーガレット・アトウッド著、斎藤英治訳『侍女の物語』(ハヤカワepi文庫、2001年)

著者情報

イミダス編

いみだすへん

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