性知識イミダス:子宮は誰のものか?(前編)~女性が「産む/産まない」を決められない仕組みはどう作られたか
イミダス編
(構成・文/加藤裕子)
後編で述べる日本独自の医療技術の問題もありますが、目下の課題は、2023年4月に日本で承認されたばかりの経口中絶薬の扱われ方です。経口中絶薬は、1980年代から世界各国で使われ始めた薬で、2005年にはWHOの必須医薬品(人口の大多数の人が健康を保つために必要不可欠で、誰もがアクセスできる価格で提供されるべき医薬品)にも指定されています。膨大な研究により安全性と有効性が確認されており、世界での薬価は日本円にして数百円から千数百円程度で、先進国では健康保険が効くことも多いようです。カナダとオーストラリアは日本で承認されたのと同じラインファーマ社製の経口中絶薬の使用で3~4万円程度と比較的高額ですが、地域や保険の種類によって一部または全額が補てんされることもあると聞きます。さらに、コロナ禍を機に、世界各地に遠隔医療を用いた「自己管理中絶」(電話やネットで医療専門家の診察を受け、オンラインで経口中絶薬を処方してもらい、自分の裁量で服薬し、その結果、医療サービスが必要かどうか自分で判断する方法)が一気に広まりました。今ではWHOは、この薬は産婦人科以外の医師、助産師や看護師、地域のヘルスケアワーカー、薬剤師も処方できるし、自己管理中絶では中絶を望む本人も扱えるとしています。もちろん、入院は必要ありません。
ところが日本では承認に向けた議論が交わされる中で、「内診やエコー(超音波)検査をしないといけない」「入院が必要」「病院経営上の観点から中絶手術と同等の値段設定(約10万円〜)に」「指定医師だけが取り扱える」といった専門家(産婦人科医)たちの意見が相次ぎました。結論としては、「当面、入院または院内待機で服用」は決定事項となり、また現行の母体保護法がある限り「医師しか中絶を行えない」のは変わりませんが、料金は個々の医師の裁量に任されている(自由診療制)ので、実際にどうなるのかはふたを開けてみないと分かりません。
また、2003年の段階でWHOが経口中絶薬を「妊娠初期については安全な中絶方法」と奨励していたにもかかわらず、厚生労働省は2004年に中絶薬を危険だとする報道発表資料をインターネットで公開し、今も修正していません。私の問い合わせに対し、厚労省の担当者は「いろいろな判断がある」として、削除はしないと回答しています。「いろいろな判断」とは、指定医師たちなど「専門家」の判断だけではなく、反中絶派の議員の意見も含まれているのかもしれませんが。
要するに、国は経口中絶薬を「取り扱いが難しいもの、母体にとって危険なもの」という扱いにして、指定医師でなければ管理できないように規制したいのでしょう。でも、こんなにいろいろなハードルを課せられたら、薬で中絶するメリットは大幅に損なわれてしまいます。結局、厚労省や指定医師や産婦人科医会にとって、中絶医療において重要なのは女性の健康や権利ではないということだと思います。そうした医師たちの考え方を窺わせるものに、日本産婦人科医会が発行する『指定医師必携』(2019年改訂版)という、指定医師用の中絶マニュアルとも呼ぶべき内容の冊子があります。ここには、「人工妊娠中絶は患者の求めに応じ行うものではなく、中絶の適応があると指定医師が判定した場合のみ行うべきもので、この点が他の医療との大きな差異である」と記されています。これはつまり患者の自己決定権よりも医師の裁量権が優先されているということです。さらには「指定医師が母体保護法に規定された適応が無いと判断した場合は、これを拒むことができる」とも明記されています。これは医師法で「正当な理由がなければこれを拒んではならない」と定められている医師の「応召義務」が、中絶医療には適応されないことを意味します。だから、中絶を望む女性が、医師から「配偶者の同意を得てこないのであれば、うちでは中絶手術はしない」と断られた、などというケースが起こってしまうのです。
「母性の健康」しか守られない日本
――女性のからだに起こっていることなのに、当の女性に選択権がなく、必要としている医療を求めてもそれを提供するかどうかは医師の判断に委ねられている。なぜ中絶だけがこのような仕組みになっているのでしょうか。
本来、産婦人科医は女性の健康を守るべき存在のはずですが、この『必携』の本文には、女性の健康の守り手としての決意や女性の人権を尊重する文言、国際社会が根本理念としているリプロダクティブ・ヘルス&ライツ(RHR:生殖に関する健康と権利)への言及が見当たらないだけではなく、むしろそれを否定するような内容が多々記されています。
象徴的なのが「母性」という言葉です。母体保護法第一条「この法律は、不妊手術及び人工妊娠中絶に関する事項を定めること等により、母性の生命健康を保護することを目的とする」に基づき、『必携』では「母性の健康」の保護を前提としていますが、「母性=女性」ではありません。中絶を望む女性は「母」となることをやめようとしているのです。「では彼女たちの健康は守られなくていいのですか?」ということになってしまいます。
『必携』では、「医療を受ける人びとを尊重する」とも記されていますが、ここで取り上げられているのは「胎児の尊厳」ばかりで、中絶医療を受ける女性の「尊厳」については一言も述べられていません。また、配偶者の同意なしに中絶手術を行えば、「堕胎罪により刑事処分を受けるおそれがあるだけではなく、夫権の侵害等を理由に民事上の損害賠償請求の原因となる」と、「夫権」については言及があるのに、女性の権利については触れられていないというのは、「女性は医師・配偶者・胎児に従属させられる存在だ」と言っているに等しいと思います。
中絶をめぐる問題が解消されなかったのはなぜか
――1960~70年代には女性解放運動(ウーマン・リブ)が日本でも活発になりますが、そうした運動の中でも、堕胎罪や指定医師制度、配偶者同意要件が残り続けていることは問題視されなかったのでしょうか。
ウーマン・リブの多くの小グループが、当初、堕胎罪に強く反対していました。ところが優生保護法改正の動きがあって、流れが変わったのです。優生保護法については、1970年代と1980年代の2度、反中絶派の宗教団体である「生長の家」から「経済的理由」を削除することを求める請願が提出され、保守派の自民党議員もこれに同調した結果、法改正が政府内で検討されました。こうした動きに対して、ウーマン・リブという枠組みを超えた女性たちによる大規模な「改悪」反対運動が起こったのです。このときは指定医師たちも反対の立場だったため、女性たちは医師を共闘する仲間とみなしていました。
指定医師制度の問題に気づいていた人もいたのですが、海外のようにピル(経口避妊薬)が普及していなかった日本で中絶は避妊の代わりに選択されてきたという経緯もあり、女性たちにとって「経済的理由」を守ることは何よりも切実な問題でした。逆に言えば、女性たちと医師が「経済的理由」の削除反対という一点で共闘したからこそ、より大きな力となり、「改悪阻止」に成功したとも言えます。ただ、その結果、堕胎罪と指定医師制度、配偶者同意要件などが温存されることになり、今日に至るまで、中絶医療で女性の健康・権利が尊重されないという禍根を残してしまいました。
その後、優生保護法は国際社会から人権侵害だと批判され、1996年、優生条項をすべて削除して母体保護法に改称・改正されたものの、女性の人権を侵害している中絶に関する条項はそのまま残されています。国連女性差別撤廃委員会は、堕胎罪と母体保護法の見直しを日本政府に繰り返し求めていますが、それに応える動きはいっこうに見られません。

――海外ではウーマン・リブにより、1960~70年代にかけてピルの合法化や中絶権という成果があらわれ、女性の権利が大幅に向上しました。女性たちの運動に、日本と海外でどのような差異があったのでしょうか。