性知識イミダス:子宮は誰のものか(後編)~「リプロ後進国・日本」が国際スタンダードに追いつくには
イミダス編
(構成・文/加藤裕子)
もともと、日本は女性の人権に対して非常に後ろ向きで、国連「女性の10年」最後の年である1985年に女性差別撤廃条約を批准します。それを受けて、1986年に男女雇用機会均等法、1999年に男女共同参画社会基本法が制定されますが、男女平等に向けた取り組みはほとんど労働面だけにとどまりました。国際社会との約束だから一応はやるけれども、男女平等にどこかで歯止めをかけたい、特に性と生殖については女性の好きにさせたくないという意向が働いたのではないかと、疑ってしまいます。
実際、そうした疑念を強めるような出来事も起こっています。2005年の第二次男女共同参画基本計画の策定に際し、第一次基本計画(2000年決定)の「8.生涯を通じた女性の健康支援」の施策で挙げられていた「リプロダクティブ・ヘルス/ライツに関する意識の浸透」の項目は丸ごと削除されました。その裏側には、故・安倍晋三や山谷えり子など保守派議員を中核とする自民党内プロジェクトチームによる激しい批判や圧力がありました。これにより、RHRのみならず、日本社会では「ジェンダー」という言葉の使用や人権に基づく性教育も萎縮していったのです。
2010年代、世界で中絶は「不可欠な医療」に
――アメリカでは2022年6月に人口妊娠中絶の権利を認める「ロー対ウェイド判決」が連邦最高裁で覆されて以後、中絶が大きな政治的論点になっています。世界では中絶をめぐってどのような状況になっているのでしょうか。
アメリカでは、「胎児の生命の尊重」を掲げる「プロライフ派」と、女性の選択権を守ろうとする「プロチョイス派」が激しく対立しています。しかし、世界の大きな潮流はまた別のところにあります。
国連は「RHRは女性の人権問題」としつつ、以前はカトリックやイスラム圏の国々に配慮して「中絶は推奨しない」としていたのですが、近年、大きな変化が起こっています。これにはおそらく、アメリカで先鋭化しているように、保守的、宗教右派的な考え方が強まっていることへの対抗措置という意味合いもあるでしょう。特に2010年代に入って以降、中絶は処罰されるような行為ではなく、「健康権で保障されるべき性と生殖のヘルスケア」であり「女性と少女にとって不可欠な医療」である、とする議論が深められてきました。WHOなどは妊娠初期の中絶を「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(すべての人が必要とする医療サービスを必要な時に必要な場所で経済的な苦労をせずに受けられること)」の対象としました。また2022年、国際産婦人科連合(FIGO)は「安全な中絶の完全な非犯罪化」を要求する声明を発表しており、ここ数年、中絶を禁じてきたカトリックの影響が強いアイルランドなどの国々も含めて、世界各国で中絶を非犯罪化する動きが広がっているのです。
――海外で中絶の手段が安価に提供され、保険が適用されることもあるのは、中絶が「すべての人が必要とする医療サービス」とされているからなんですね。
最近、英語で中絶は「アボーションケア(Abortion Care)」と表現されることもあり、WHOでは妊娠のごく早期の薬による中絶は「セルフケア」だとまで宣言しています。2022年3月に発行されたWHOの『中絶ケア ガイドライン』では、中絶を希望する当人の「価値観と選好」を中心に据えるなど、当人の自由な選択を尊重する姿勢を打ち出しており、これも中絶=「ケア」であることを示していると言えるでしょう。ケアとは、たとえば生理のときにパッドを使うようなことですが、それが犯罪になってはいけないのと同じなのです。
近代化によって育児の費用が莫大に増え、1組のカップルが育てる子どもの数が激減する中、現代を生きる女性は、避妊や中絶が全くなければ生涯に十数人もの子どもを妊娠しうるからだを生きています。そう考えれば、中絶は避妊と同様に、女性、つまり人間の約半数が人生のどこかの時期に必要としうる処置と言えます。にもかかわらず、中絶が犯罪とみなされたり、中絶に高額な値段が設定されていたりするのはおかしなことのはずです。中絶に公金で補助をしている国の多くで出産にも保険が適用されているのは偶然ではなく、女性が必要とするケアとして中絶や出産を捉えているということでしょう。
――日本では、中絶はもちろん、出産も自由診療制(保険適用外)です。出産には出産育児一時金が支給されるものの、出産費用が高騰しすぎて多くの人は賄いきれません。「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」が実現しているとはとても言えない状態です。
RHRは「産む」「産まない」のどちらでも、抑圧されることなく、安心して選べるからこそ成り立ちます。日本では、「産まない」選択肢である避妊や中絶をめぐる状況もひどいですが、「産む」方についても、第三者によって「産め」という方向に追い込まれていく、あるいは産んだとしても十分なサポートがない環境と言わざるを得ません。「若いうちに産んだ方がいい」と言いながら、妊娠した女子高校生を退学処分にするようなこともそうです。子どもがほしくないと決意している未婚女性がIUD(子宮内避妊具)や永久的な不妊手術を望んでも、多くの医師が引き受けてくれません。また子どもがいない女性に「不妊治療をすればいい」と勧めるのは、よけいなプレッシャーになり得ます。代理出産についての議論も始まっていますが、代理母となる女性の権利と健康への目配りができていないなど、危うい点が多々みられるのが心配です。
日本のRHRは、当の女性の健康を置き去りにして、お金の話ばかりが先行しているのではないでしょうか。出産育児一時金は制度が始まった1994年には30万円だったのに、何度も増額されて、2023年から50万円になりました。これは一見「いいこと」のようですが、その実、増額のたびにこれを当て込んだ産院が出産費用を吊り上げるせいで、産婦の手元にはほとんど残らないどころか、むしろ大多数は追加の出費を強いられているという状態です。不妊治療にも保険適用が決まりましたが、治療を受ければ必ず妊娠するわけではありません。心身ともに負担の大きい治療をいつまで続けるべきかなど、メンタル面も含めてケアする、そのためのカウンセリング制度を整えるといった話が一向に出てこないところを見るにつけ、「いったい、誰のための補助制度なのだろう?」と思ってしまいます。

独特すぎる日本の中絶手術
――日本ではどのような中絶手術が行われているのでしょうか。
日本の中絶は、とても女性の健康を守るためのケアとは言えません。私の話を聞いた方は皆さん、「日本は医療先進国だと思っていたのに、なぜこんなに遅れているのか?」とおっしゃいますが、中絶に関しては本当に「後進国」もいいところです。
まず、日本の妊娠初期の中絶手術の状況について説明すると、WHOが既に2003年から「使用しないことを推奨」としている掻爬(そうは)法が、日本では妊娠初期の中絶手術の6割以上で使われています(2020年調査)。私が2010年に関わった調査では8割でしたから、それに比べれば減ってはいますが、それでもまだ過半数です。
しかも、1952年の日本産婦人科学会の学会誌で紹介された中絶の方法と、2021年に産婦人科医会の医師が出した資料で示している掻爬のやり方はまったく同じものです。世界では、既に1970年代からより安全で女性にとって痛みが少ない吸引法に置き換わり、さらには経口中絶薬が主流になっているのに、70年前のやり方を未だに続けているのです。