性知識イミダス:子宮は誰のものか(後編)~「リプロ後進国・日本」が国際スタンダードに追いつくには
イミダス編
(構成・文/加藤裕子)
さらに、日本で「掻爬」と言われているやり方は、実は海外で言うところの「掻爬」、つまり子宮頸管を拡張しておいて、キュレット(金属の細長い器具)を使い子宮内膜を掻き出す「頸管拡張及び子宮内膜掻爬術」(Dilatation and Curettage:D&C)とは別ものです。「キュレットを使って子宮内膜を掻爬する」のは同じですが、日本ではその前に「まず鉗子(かんし)を使って子宮内のものを掴み出す」という手順になっています。しかし、WHOの『安全な中絶 第2版』によれば、鉗子を使うのは中期中絶の手術法なのです。
受精してまもない妊娠産物(胎芽〈たいが〉、胎嚢〈たいのう〉、絨毛〈じゅうもう〉)は非常に微細ですから、日本の医師たちは彼らが言うところの鉗子を使った「掻爬」をするためには、「掴み出せる」ぐらいに胎児の形がつくられていなければなりません。私自身が中絶したときも、妊娠5週で病院に行ったのに、「まだ手術ができないから」と3週間以上待たされました。その間、「お腹の中でどんどん赤ちゃんが大きくなってしまう」と、のたうち回るような苦しみを味わい、処置の後には「私は赤ちゃんを殺したのだ」という罪悪感にも苛まれました。未だに「掻爬」が過半数という日本の中絶では、吸引法や経口中絶薬を使えば味わわなくてすむはずの苦しみや罪悪感を女性たちが抱かされる状況が続いています。これは、「痛みを我慢してこその出産」という言説がまかりとおり、無痛分娩がなかなか普及しないことと根は同じであり、要するに妊娠した当事者への「ケア」という視点がないのです。
――では、妊娠中期の中絶手術の状況はどのようになっているのでしょうか。
日本で行われる中期中絶は、高額な「プレグランディン」(成分名ゲメプロスト)という腟坐薬で人工的に流産させる方法を採っています。実はこの「ゲメプロスト」は、1970年代に世界初の「中絶薬」として日本で開発され、まず妊娠初期の中絶に対して試され、大きな成功を収めていたのです。ところが、この薬のうわさを聞き付けた日本の指定医師たちから「安い薬代だけで中絶がすんでは経営悪化を招きかねない」と反発の声が上がりました。そこで、当時、この薬の開発に関わった大学病院の医師たちは、妊娠初期にも使えるという事実を伏せて、製薬会社に「妊娠中期以降専用薬」として承認申請させたのです。
日本では、中期中絶はすべての中絶の数%しか占めていません。用途が狭まれば製薬会社の儲けが少なくなるので、料金を高額に設定することになったのでしょう。日本の医師たちは1984年にゲメプロストが承認されて以降、ゲメプロストを劇薬として厳重管理しながら使い続けてきました。
一方、世界では1988年にミフェプリストンが登場したことをきっかけに、ゲメプロストの需要はほどなく薄れていきます。ゲメプロストは当初、ミフェプリストンと併用する第二薬の候補に挙げられたのですが、作用がほぼ同じなのに、ゲメプロストよりはるかに安く、室温で管理できるミソプロストールにすっかり置き換えられていきました。現在、ミフェプリストンが承認されていない国々では、初期中絶と中期中絶の両方について、ミソプロストールが単独で使われています。それなのに日本では、同じ効果をもつより高価なゲメプロストを、中期に限って使い続けているのです。
現在、世界では、妊娠の初期だけではなく中期以降の中絶でも経口中絶薬(二薬の併用法)がゴールデンスタンダードになっています。日本でも2023年にようやく経口中絶薬(ミフェプリストンとミソプロストールの併用)が承認されましたが、残念なことに妊娠9週以下、つまり妊娠のごく初期の中絶への使用に限られてしまいました。どんどん進化していく海外の状況についていけない日本の中絶は、ますます時代遅れになっています。その大もとは、値段設定も含めて医師の匙加減ひとつで決められるという、日本特有の仕組みです。
日本のRHRをアップデートするために
――本当に知れば知るほど、日本ではRHRが保障されていないということが突きつけられます。「産む/産まないを女性に決めさせない」という、明治時代以来の考え方をどうすればアップデートしていけるでしょうか。
日本がこれほどまでに世界から遅れてしまった理由のひとつは、言語の壁だと思います。今、避妊や中絶の権利について声を上げている女性たちに英語ができる人が多いのは、おそらく偶然ではないでしょう。今や自動翻訳システムも手軽に使えるようになっていますし、英語で情報をキャッチする人が増えていけば、世の中が大きく変わっていくのではないかと期待できます。
2020年に「#もっと安全な中絶をアクション」の前身である「国際セーフ・アボーション・デー・ジャパン・プロジェクト」を仲間たちと立ち上げて以来、中絶に関する報道もずいぶん増えましたし、何より「中絶」という言葉が普通に全国紙の一面など、メディアに大きく載るようになりました。これは以前にはなかったことです。
まずは、日本の女性がこれほどひどい状況に置かれている事実を広めていくことが大事だと思っています。知る人が増え、常識がアップデートされれば、状況は変わります。たとえば、1980年代に「殴られる妻たち」が問題だと言われた時、女性学やフェミニズムを学んできた私自身もそれをどう問題として捉えればいいのか、ピンときていませんでした。親戚も含め、「妻を殴る夫」たちを何人も知っていたからです。しかし今、DV(ドメスティック・バイオレンス)は多くの人が知る言葉となり、「これは悪いことだ」という考え方が一般的になっています。多少時間はかかるかもしれませんが、それと同じように、「昔の産婦人科医療はひどかったね」と言えるようになる時代がいつかきっと来るはずです。
もうひとつ、ポジティブな面として捉えられるのは、産婦人科で女性医師の比率が伸びていることです。それだけでも、20年後、30年後には確実に今の状況を変える力になると思います。
――堕胎罪や母体保護法の配偶者同意要件など、現在の法律を変えていくためには、政治の力も必要です。政治家はこの問題にどれくらい関心を持って取り組んでいますか。また、女性議員の反応はどうでしょうか。
残念ながら、女性議員だからといって熱心に取り組むということにはなっていませんし、議員全体としてもまだまだ理解が進んでいない、問題自体が知られていないのが現状です。私たちの訴えに関心を持ってくれるのは社民党の福島みずほ参議院議員や共産党の議員が中心で、与党やその他の野党の反応は非常に悪いです。立憲民主党などでも何人か、国会で質問に立ってくれた議員がいましたが、継続して動くまでには至っていません。
本来、政治家であるならば、人権に関わることとして問題にしてほしいところですが、やはり議員からよく言われるのは「世論が動かないと、議員は動けない」ということです。その意味でも、中絶の問題をはじめとする、日本のRHRの状況のおかしさを、もっと多くの人の「常識」にし、世論を動かせるようになりたいと思います。