性知識イミダス:性的多様性について知ろう(後編)~差別やハラスメントのない社会をつくるには
イミダス編
SOGIやジェンダー平等に関わる人権保障に反対する自民党保守派議員たちは、「誤解」をしているというよりも、そもそも「理解」をするつもりなど全くないのだと思います。こんな言い方をすると、政治家に対する偏見だと言われるかもしれませんが、少なくともこの件についてはそう言わざるをえません。
20年ほど前に自民党の参議院議員として選択的夫婦別姓の実現のために尽力された法律家の佐々木知子さんが、最近のインタビューで当時の経験を語っています(*2)。法案を国会に提出するために自民党の部会で説明すると、ものすごいヤジが飛んでくる。事務所には「国体が維持できなくなる」「家族解体につながる」「左翼」「非国民」等々の文句を連ねた非難のFAXが1000通以上届き、反対する団体のメンバーに待ち伏せされる。国会で意見を戦わせる機会すら与えられず、自民党の内部で法案自体をつぶされてしまったと。
そうした経験から佐々木さんは次のように仰っています。
「最大のハードルは、反対派が『理屈じゃない』ところです。国体だとか、左翼だとか、日本の醇風美俗(じゅんぷうびぞく)だとか、理論がないから話し合いにならない。ただただ、とりつく島がないのです。夫婦別姓に反対する団体の支援を受けている議員は、個人の思いはともかく、賛成はできないのでしょう」
これは20年前の話ですが、現在に至っても夫婦別姓が実現していないのは、そうした人たちが根強く力をもっているからでしょう。その背景に、極右的な政治思想をもつ新興宗教団体と日本の保守派政治家たちとの密接な結びつきがあったことも明らかになってきましたね。ご指摘の法務省の冊子の件だけでなく、1990年代以降の性教育バッシングやジェンダー平等教育への弾圧も、以上のような共通の政治的バックグラウンドをもつ人たちによる動きでした。
つい最近成立した「LGBT理解増進法」にも同様の背景がかかわっています。差別禁止法ではなく理解増進法という理念法にとどまったため、たとえば学校で孤立したり暴力にさらされがちなLGBTの児童・生徒たちを守る義務が規定されていないことなど、実効性の低い法律になってしまいました。しかもその一方で、「全ての国民が安心して暮らせるよう留意する」という思わせぶりな文言を入れたのはなぜなのか。その内容自体は誰もが正しいと認めるようなものですが、それをことさらLGBT関連の法律だけに入れるのはおかしい。これでは、LGBTの地位向上を図ることが他の「国民」を危険にさらすという暗黙のメッセージになってしまい、法律の趣旨そのものと矛盾しています。
この文言は、「実際にはトランスジェンダー女性(トランス女性)ではない男性(シス男性)が」、公共の場の女性専用スペースに侵入する懸念への対応だとされています。この辺りの背景事情は複雑で、少ない紙幅で正確に論じることは無理ですが、誤解を恐れず最低限のポイントについてだけ述べておきましょう。まず前提として、男性から女性に対するさまざまなレベルの性暴力が蔓延しているこの社会において、上記のような懸念を少なからぬ女性たち(そこにはトランス女性も含まれます)が抱くことは当然であるということを認めなければなりません。そうした実感にもとづく女性たちの懸念や不安を頭ごなしに否定することは不当です。このことを改めて確認した上で言うならば、問題なのはトランス女性ではなく、トランス女性を騙って性暴力加害をもくろむかもしれないシス男性なのだというポイントを見誤ってはなりません。少し強い表現をお許しいただくなら、われわれの真の敵は、「その多くがヘテロセクシュアルでシスジェンダーである生物学的男性の性加害者、性犯罪者」なのです。そして、そうであるならば、LGBTへの差別を減らすことと性犯罪への対処を強化することは決して対立するわけではないことは明らかであると思います。
具体的に改善すべき点としては、警察や裁判所の適切な対応といった制度的なものも含まれますし、また危険を感じた人が遠慮なく通報できるように社会的な共通了解をつくっていく必要もあるでしょう。これは児童虐待の疑いがある場合の通報義務などにも通じる問題ですが、日本の女性たちは、性被害に遭いやすいだけでなく、それを通報したり告発したりすることをためらわされるように常に圧力を受けているので、それを変えていかなければなりません。身の危険を感じた人、今まさに被害者になるかもしれない人が、ためらわず通報や告発できるように支えるしくみが必要です。加えて、「ジェンダー」の記事(性知識イミダス:「ジェンダー」について知ろう〈後編〉)でも申し上げたように、そもそも公共の場のトイレなどを設計段階からより安全なものにするといったことも大切ですね。
このような方向で問題を一つ一つ解決することによって、あらゆる性的指向やジェンダー・アイデンティティの持ち主が暮らしやすい社会を実現していくべきなのであって、せっかくのLGBT法におかしな条文を入れ込んで骨抜きにしている場合ではないのです。
Q5:SOGIという概念を知り、理解することで、私たちの社会はどのように変わっていくと思われますか。
前編で言ったことの繰り返しになりますが、SOGIは人間の多様なあり方と、その広がりに気づくための有用な「視点」ととらえることができます。その視点から世界を見渡すことで、マイノリティは自分が決して孤独ではないことを知ることができるし、マジョリティはそれまで振り返りもしなかった自分自身のセクシュアリティがさまざまなバリエーションの一つに過ぎないことを知ることができるはずです。それがSOGIに関わる差別やハラスメントをなくしていくための原点になるでしょう。
そのことが、社会のどのような変化に結びつくのか、いや結びつけていけるのか。限られた字数では一般論しか言えず、あまり意味がないような気がして恐縮ですが、国の個別の政策・法律、自治体や企業、学校といった組織における各種の取り組みを、地道にやっていくしかないということですね。その中から、同性カップルを自治体が公認する仕組みとして渋谷区や世田谷区が先陣を切った「パートナーシップ制度」のように、それ自体としてはあまり実効性がなかったとしても、そこから同様の制度づくりが全国に広がることで多くの人々の意識を変え、過半数の人々が同性婚を認めるような世論をつくりあげることに結びついた、そうした取り組みの事例がこれからも出てくるはずです。