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連載

いのちの政治学~コロナ後の世界を考える 「今、リーダーに必要なこととは?」(後編)

第2回

中島岳志(政治学者)

若松英輔(批評家・随筆家)

(構成・文/仲藤里美)

若松 最近、出かけるとき、マスクを手に取ったときなどに、よく福島のことを思います。すごく天気がよくて気持ちのいい日なんだけれど、マスクを付けた瞬間にその光景が一変して見える。ああ、福島の人たちはずっとこういう日常で生きていたのか、と感じる。今の危機的な状況になって、やっと私たちはほんの少しでも、彼らの痛みを共有できるようになったのかもしれません。そこからも学びたいと思っています。

ファシズムが破壊しようとするもの

若松 私が「弱さ」とともに重要だと思うのは「小さくあること」です。私たちは、万人を救うことはできません。気持ち的にはそうしたくても、能力も、行動範囲もいつもより狭まっている。その中で、この危機を切り抜けるためには、小さく深くつながっていくしかないのではないか。小さくて強い共同体をつくり直して、それをさらにつないでいくしかないと思うのです。
 このコロナ危機の中で、アルベール・カミュの『ペスト』が非常に読まれているそうですが、あの小説におけるペストは、ファシズムのメタファーでもあります。
今の日本は「伝染病」とファシズム、両方の意味において、物語に描かれている状況とそっくりだと感じました。 だから今、ファシズムが破壊しようとするものを守ることが非常に重要になっていると思うのです。
 たとえばハンディキャップのある人たち、芸術、人種の交わり、そして小さな共同体。そういうものをファシズムはとても嫌った。だから、それらを守ることはそのまま、ファシズムに抵抗する力になるんだと思うのです。
 『ペスト』の原型ともいうべき作品に『ペストのなかの追放者たち』(宮崎嶺雄訳)という短編があります。ここでカミュは、結局ペストが人間にもたらしたのは、「別れ」、「別離」だったとも書いています。ここでの「ペスト」も、やはりファシズムのメタファーですから、「別れ」の中には、誰かが亡くなったり、会いに行けなくなるといった物理的な別れだけでなく、価値観の対立といったこともおそらく含まれる。私たちは今、そういう状況に直面しつつあるんだということが、もっと共有されるべきだと感じています。

中島 『ペスト』には、病原菌──つまりファシズムに対して、逃げる人も迎合する人も、いろんなタイプの人が登場するのですが、その中で「ペストと戦う唯一の方法は、誠実さということです」(宮崎嶺雄訳)という言葉が登場します。あれはとても印象的でした。今の状況下でも、誠実に生きるということの延長上に、ファシズムへの抵抗があるのではないかという気がしています。
 もう一つ、今の日本の状況と重なると感じる本が、エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』です。ナチスの台頭に至ったドイツの状況を考察した本ですが、ここにも現在日本で起きている問題が描かれていると思います。
 つまり、ナチス以前、ワイマール政権下のドイツでは、非常に民主的な憲法のもと、すべての人々に広く自由が認められました。しかし、そうして自由が与えられたことによって、人々は逆に権威を求め始める。自分たちで何もかもを決めるのはもう疲れた、誰かが決めてくれたほうが楽だという考えが広まっていき、やがてナチスの台頭へとつながっていく。自由であるがゆえに自由から逃げてしまう、という構図ですね。
 非常事態宣言を待ち望む声の多さなどを見ても、不安に耐えきれず、誰かが強い言葉によって私たちを仕切ってほしいという空気が、今の日本にも漂っているように感じます。でも、そうした空気がファシズムを招き寄せたことは、歴史が証明している。私たちは、それとは違うかたちのリーダーを生み出さなくてはならないんだと思うのです。

若松 それがまさに、先ほど話に出た「弱いリーダー」なのではないでしょうか。

中島 そのとおりです。弱さを見せられる、「私は弱い、だから一緒にやっていこう」と言えるリーダーこそが今、必要なんだと思います。

いのちとつながる政治を取り戻すために

中島 今、この危機的な状況において、検査体制が整わない、医療現場が疲弊している、思い切った経済政策が打ち出せないなどの問題が山積しているのは、明らかに日本が「小さな政府」を志向してきた結果だと思います。合理性を追求する新自由主義のもと、さまざまなものを切り捨ててきた末に、私たちはこれほどまでに危機に弱い体制をつくりあげてきてしまったわけです。
 小さな政府というのは、福祉などをアウトソーシングすると同時に、責任もアウトソーシングしてしまうということなんですね。自分たちで全部決めてくれ、政府は責任を取らないよ、という体制なわけです。イベントを自粛しろとは言われるけれど、何の補償もないからリスクはすべて自分たちで負わなくてはならない。それでは生きていけないから自粛せずに開催しようとすると「危機感が足りない」と罵倒されてしまう。国民と政府との間には、信頼関係がまったく成り立たない。それが、小さな政府を追求してきた末の現状なんですよね。

若松 これは、福島第一原発事故のときも感じたことですが、新型コロナウイルスによって新たなリスクが生まれたわけではありません。以前からあったリスクが、コロナによって露呈したにすぎない。
 もともと原発は危険だったけれど、その危険性が東日本大震災によって露呈した。今回も、もともと医療体制などが脆弱だったという現実を、新型コロナウイルスが露呈させたわけです。ともすると、「日本の医療には十分なキャパシティがあったけれど、これだけ流行が拡大してくると足りなくなる」という話にすり替えられがちですが、そこははっきりさせておかなくてはならないと思います。
 この状況が「小さな政府」の結果だというのも、まったく同感です。その象徴ともいえるのが、私は図書館だと考えているんです。
 図書館は、本来は単に本を貸し出すだけではない、「避難所」としての役割もあったはずなんです。事実、夏休みが明けた9月1日には、教室に行けなくて図書館に「避難」する子たちがたくさんいる。そこまでいかなくても、嫌なことがあったときに図書館に行って本を読んでいたなんていう経験は誰にでもあると思うのです。
 その図書館をすら、この国は民間にアウトソーシングし続けてきました。結果として、「頼まれたら本を出して渡す」だけの、機能的なコインロッカーみたいになってしまった図書館が少なくありません。一方で逃げ場を失って、自ら命を絶ってしまう子どもたちもいます。
 いのちの視点から見ればとても大事なものが、「無駄」だとして効率に置き換えられてしまう。そういう意味で、図書館の現状は今の危機的な状況とも密接につながっているのではないかと考えています。

中島 こうした状況を変えるためには、やはり「いのち」とつながった政治を取り戻さなくてはならないのだと思います。そのための知恵を歴史から見出したい、過去のリーダーや政治家の言動に学びたいというのが、この対談の趣旨です。
 たとえば、次回ではまず聖武天皇を取り上げたいと考えています。奈良の大仏を建立した人として知られていますが、あの大仏は単に「大きなものをつくりたい」というだけでつくられたものではありません。疫病の流行が続き、ものすごい勢いで人が亡くなっていく、遷都を繰り返したけれども状況はいっこうに改善されない……そのときに聖武天皇がやろうとしたのは、「みんなで心の中に大仏をもとう」ということ。まさに「いのちを守ろう」ということだったのだと思います。
 さらに、それに呼応して大仏建立などの工事を担った仏教僧、行基のことも取り上げたいと考えています。彼らもまた、一方的に国民に命令をするのではなく、ともに厄災に向き合っていこうとする「弱いリーダー」だったのではないかと思うのです。

若松 聖武天皇の意を受けて動いた行基の下には、さまざまな民衆がいたはずです。中には、罪を犯したりして世の中から排斥されていた人もいたでしょう。そういう人たちが、行基を「扉」にしながら天皇とつながって、世の中を支え、社会を変えていった。そのように「扉」になりながら民衆の底力を体現していった人ともいえるのではないかと思います。
 アウトカーストの人たちとともにインド独立を目指したガンディー、社会から排斥されていた黒人たちを率いて公民権運動を進めたキング牧師などにも、同じことがいえます。こういった人たちも、今後の対談の中で取り上げていきたいですね。
 未来に向かって何かをやるときには、そうして歴史と深くつながることが不可避だと思います。現在の知恵だけで未来に足を進めようとするのは、とても危険です。

中島 おっしゃるとおりです。過去のリーダーたちの歩みを振り返ることで、政治というものの本質をあぶり出し、私たちが目指すべき「いのちの政治学」のすがたを見出したい。そこから、いのちを見捨ててきた今の政治に代わる、もう一つの選択肢が見えてくるのではないかと思うのです。

 

*この連載は、『いのちの政治学 リーダーは「コトバ」をもっている』というタイトルで、21年11月5日に集英社クリエイティブより単行本として発売されました。中島岳志さんと若松英輔さんが、5人のリーダーたちの歩みを振り返り、「いのちの政治学」について考えます。連載にはなかった“語りおろし”「終章」もあります。詳しくはこちら

著者情報

政治学者

中島岳志

なかじま たけし

1975年大阪府生まれ。専門は南アジア地域研究、近代日本政治思想。大阪外国語大学卒業。京都大学大学院博士課程修了。北海道大学大学院准教授を経て、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授に。『中村屋のボース インド独立運動と近代日本のアジア主義』(白水社)で、2005年に大佛次郎論壇賞を受賞。著書に『インドの時代―豊かさと苦悩の幕開け』(新潮社)、『パール判事 東京裁判批判と絶対平和主義』(白水社)、『「リベラル保守」宣言』(新潮社)、『親鸞と日本主義』(新潮選書)など多数。幅広い評論活動を行っている。

批評家・随筆家

若松英輔

わかまつ えいすけ

1968年新潟県生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。2007年「越知保夫とその時代 求道の文学」にて第14回三田文学新人賞評論部門当選。16年『叡知の詩学 小林秀雄と井筒俊彦』(慶應義塾大学出版会)にて第2回西脇順三郎学術賞を受賞。詩集『見えない涙』にて第33回詩歌文学館賞(18年)を、『小林秀雄 美しい花』(文藝春秋)で第16回角川財団学芸賞(18年)及び、第16回蓮如賞(19年)を受賞している。近著に『内村鑑三 悲しみの使徒』(岩波新書)、『詩と出会う 詩と生きる』(NHK出版)、『本を読めなくなった人のための読書論』『いのちの巡礼者 教皇フランシスコの祈り』(ともに亜紀書房)などがある。

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