第2回 グッバイ・ジョンレノン
前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)
青森競輪場から降りてきて、バスは青森駅に着いた。
もうすっかり夜になっていた。
宿に戻ろうか街を散策しようか。街を散策しよう。
疲れていたが、少し歩いてみることにした。
コロナ禍ということもあってか、開いている店は少なかった。
青森の街はバッと繁華街、というよりも、少し店が点在しているような感じがした。街の灯りを頼りに歩いた。しかしどこもしっくりこない。雨が降っていた。気分も重たくなる。足も重たい。ガラケーについている歩数計も1万歩を超えてきた。もう諦めようか。それでも歩いてしまうのは貧乏性だから。知らない街に行ったなら、知らない店に入らないと気が済まないのだ。それは日本百名山を登った後、二百名山を登ろうとした母譲りの気質なのかもしれない。自分の場合は知らない街の喫茶店、だろうか。
諦めかけた時、1軒の提灯が路地の真ん中らへんに見えた。ん、におう。これしかないだろうということでにじり寄る。店の前まで来る。中は見えない。提灯は赤ではなく白だ。漢字で二文字の店名。これしかないだろう。扉を開ける。ガラガラガラ。
カウンターの中に店主が1人。寿司屋のような店の作りに少し面食らう。大丈夫だろうか。値段は。すぐにメニューらしきものに目をやる。大丈夫だ。良心的なお店だ。大将に、1人ですが大丈夫ですか、と声をかけ、どうぞ、と案内される。競輪場で焼きそばやトウモロコシを食べたので、腹はそんなに減ってはいなかった。適当につまんで飲もう。メニューを見る。

「莫久来」というのが気になったが、頼んだのはジュンサイやホタテ。青森はホタテの養殖が盛んだという。うまいっすねーと言っていたら、そんな好きなら食べな、とおかわりをくれた。


それからこれも食べなとジャガイモの小さいのを出してくれたが、これがまた美味しく、クセになる。これもうまいっすねーと言ったら、食べな、と言ってまた出してくれた。今度は袋ごと。

大将優しくてついつい酒を頼みすぎてしまったかもしれない。色々話を聞かせてくれた。15歳で東京へ出て寿司屋で修業をしたこと。若くして店を持ったこと。青森へ戻ってきたこと。ああ人生だなと思った。いつの間にか大将が、隣いいかな、とカウンターの隣に来る。ビールを注ぐ。乾杯。それからも色々話を聞かせてくれた。歩いた甲斐があったなと大将の横顔を見ながら思った。名前なんて言うの、と聞かれたので、前野です、と答えた。前野さん、よろしくね、と大将。客は誰も来ない。大将と、大将の店のカウンターで、飲む。ほろ酔いになってきたところで、次どこ行くの、と大将が聞いてきた。いや、とくに決めてないです、と返すと、女の子いるとこ行く? と大将。旅は道連れ。さあこれは行くしかない。行きましょう! と返す。前ちゃん、ちょっと待ってて、支度するから、と大将。少し柔らかくなっている。鯉口シャツを脱ぎ、ワイシャツ、ジャケット姿に着替え、ハンチング帽を被った。イケてる。さあ行こうか、と大将。あ、これ持ってきな、とさらにジャガイモふたつ渡される。

外へ出てタクシーを拾う。ここは俺が払います、と告げ、少し先の繁華街を目指す。青森の夜、知らないオヤジと壮年男の旅の始まりだ。タクシーはグンと飛ばしたが、すぐに目的地に着いた。ドアを開け、外に出る。目の前の建物を指し、ここここ、とビルの2階へと進む。重い扉を開けて大将は、おう、と言って中に入っていく。スナックのようなバーのような、キャバクラまではいかない、リラックスした小綺麗な店だった。カウンターの一番奥に座り、辺りを見回す。カラオケをしているおっちゃん。ちょっと小金持ちそうな男がカウンターの女性を口説いているのか、世間話をしているのか。大将は店の女の人に何か耳打ちしている。とりあえずビールを頼んで大将と乾杯。店の女の人に、この人東京から来た人、競輪やりに来たんだって、と話している。そうなんだ、なんかお兄さん誰かに似てるよね、誰だっけ、あ、キングヌーのボーカル、井口だ、と。似てるって言われない? いや、言われたことないっすね、と返す。大将とはだいぶ店で話したので、何を話していいやら。しばらくぼーっとしてると、おい前野、3千円で飲み放題で話つけたんだからしっかり飲めよ、と肘打ちされる。大将が急に怖くなってちょっと面食らった。前野さん、から、前ちゃん、そして前野……。スピード感がありすぎる。すいません、と言いながらも少し辟易する。それが顔に出てしまったのか、大将が話を変えた。競輪選手が集まる店があるんだよ。行くか? と。マジっすか、と急にテンションが上がる。大将も気を良くしたのか、よしっ、行ってみるか、と店を後にすることに。
そこからタクシーではなく、歩いて行ったような記憶がある。無事店にはたどり着いたが、看板の明かりは消えていた。大将が店に電話する。つながらない。残念、と思っていると大将がグイッと扉を押した。動いた。中にママがいて、大将は、あれいるじゃん、と。ママも、もう店閉めたけど〇〇君が来てくれたから少しだけやってるのよ、と。中にはママと競輪選手が1人いた。さっきまで競輪場で走っていた選手だ。覚えている。この人競輪しに東京から来たんだって、と大将がまた説明してくれる。へえすごいね、とママ。ほら〇〇君だよ、一緒に写真撮ってもらいなよ、と言われるがまま、ツーショットを撮ってもらう。さらに大将も入って3人でパシャ。今写真を見返すと皆マスクをしている。大将は水玉模様の、布のマスクだ。競輪選手とはうまく話せなかったが、一夜の奥深さを知った。
店を出て、大将と少し歩いて、じゃあここで、と別れた。なんだかすごい夜だったような、何も起こらなかったような、ふわふわした感じで夜道を歩いた。

ホテルまでの帰り道、無性にラーメンが食べたくなり、目星をつけてた店に寄ろうとしたが、深夜2時、もう閉店していた。少し歩いて、別のラーメン屋を発見。九州ラーメンか、と思ったが、ラーメンが食べたかったので、店に入った。青森で九州、まあいいか。硬麺、さっと食べて、水をたくさん飲んで、宿に戻った。
翌朝、青森は雨。けっこう降っていたが、茶店を探した。すぐに見つかった。フォーション。

モーニングを頼む。フレンチトースト。素晴らしい。カウンターのママを見るとうたた寝している。外は雨。これは歌になる。ノートにポツポツ書いていく。こういう時は何を書いているのだろう。何かを書くというよりは、自分が、あ、これは歌になる、と思った風景の中に、同化していくように、書くという行為で、歌になりにいっているのかもしれない。歌になりたいのか。まあそんなことはどうだっていい。字数がオーバーだ。まだ青森の話は続く。ここから偶然見つけた喫茶マロンという店に入り、10年以上着たジョンレノンのTシャツを捨て、空港で意地の青森ラーメンを食べ、夜の滑走路、雨のフライトへ。もう次の街を書け、と言われるかもしれないのでせめて写真だけでも。


