第8回 平和ってなんだろう?(前編)
川口好美(文芸批評家)
まず、ちょっと不気味な文章を紹介します。
〝人類のうちの多くの者が、生命を愛していない。人間の世界に絶望して、いつも死ぬことを考えている。それで、他人を殺して、自分も死のうと思う。これが、多くの人々が戦争を支持する理由なんだ。世の中に絶望している人がこんなに多くては、戦争をしたがる声はやまないだろう。もし、生命のほんとうの価値がわかれば、人類はすぐにでも戦争をやめるだろうに〟※5
「戦争を好む理由」という短い文章のほぼ全体を、わたしなりにかみ砕きました。内村さんがこれを書いたのは、1903(明治36)年、ロシアとの戦争を望む意見が、日本で高まっていた時期でした。
戦争は、国と国のあいだの意見の対立がもとで起こるもので、戦争は政治の問題なんだと、ふつうは考えますよね。でも内村さんは、政治に直接関わっていない個人の心のありように、戦争の根深い理由を見つけ出したのです。この国には、絶望している人間、死にたがっている人間がたくさんいる。だから戦争をやめられないんだ、って。
でも、しばしば飢饉や伝染病に苦しんでいた当時の人々が、生きるために必要な行動をおろそかにしていたはずはありません。毎日を精一杯生きていた人が、ほとんどだったはずです。それなのに、日本の人々に向かって、じつはあなたたちは死にたがっているんだよ、と語ったのです。
次の年、日露戦争がはじまります。内村さんは『万朝報(よろずちょうほう)』という新聞の記者だったのですが、新聞社が開戦に賛成の立場を取ったために、退社しました。戦争を認めるような会社では働けない、と抗議したのです。同僚の幸徳秋水さん、堺利彦さんも一緒に『万朝報』を辞めました。この二人も、内村さんと同じく、戦争に強く反対する「非戦論」を主張していたのです。戦争はイヤだなぁという気持(こちらは「厭戦論」と呼ばれます)を持っていた人なら多くいたのですが、開戦してからも積極的な反対の声を上げ続けたのは、内村さんや幸徳さんなど、ごくわずかでした。一旦戦争になると、日本国民は戦況を伝えるニュースに熱狂し、「非戦論」はすぐ時代遅れになってしまいました。
内村さんの文章に戻って、その意味を考えてみます。戦争はたくさんの命を犠牲にして行われます。人々がそんな戦争に興奮している様子を見て、内村さんは驚いたのでしょう。それで、人間の奥底には、つぎのような思いがあるのかもしれない、と気づいたのです。
死にたい。自分も他人もみんな滅んでしまえばいい。
こうした思いに突き動かされた結果、戦争が起こるんだ、って。なんだか恐いですし、大げさに聞こえますよね。でもたしかに、こうした思いは、日々の生活のなかで、色んな形や大きさで、心を横切っているのかもしれません。たとえばわたしの場合……。

〝悪〟と向き合う
SNSに、こっそりわたしの悪口を書き込む知り合いがいます。すべて、根拠のない誹謗中傷です。彼は同じ町に住む、同世代の人なのですが、ある日から一方的にわたしを恨むようになりました。わたしが書き込みを閲覧できないように、彼はわたしのアカウントをブロックしています。なので、わざわざ別のアカウントを作って、時々彼の書き込みを覗いているのです。自分の悪口が書かれていれば、とてもイヤな気分になります。なにも書かれていなくても、きっとそのうち書かれるだろうからまたチェックしにこなきゃ、という気持になります。すごく馬鹿馬鹿しいとわかっているのですが、やめられません。そして、ふとした時に、自分が彼への嫌がらせ、たとえば車のタイヤをパンクさせる妄想をしていることに、気づいたりするのです。
もちろん、嫌がらせを想像することと、じっさいに危害を加えることは、違う次元の話です。でも、不思議だと思いませんか。わたしには、楽しい時間を過ごす家族がいます。様々なプロジェクトを進める気の合う仲間もいます。この連載の締め切り日も毎月やってきます。それなのに、どうでもいいはずの書き込みに気を取られ、時間を無駄にしてしまうのです。なぜ、たった一つの良くない事柄が、他の良い事柄を押しのけて、心を占領してしまうのでしょうか。
ところで、内村さんが若い頃アメリカへ渡り、しばらく施設で働いていたことを前に話したと思います。その経験について『余は如何にして基督信徒となりし乎』という本に、こんなことを書いています。
病院にいる、障害のある子どもたちのために、自分を犠牲にして人助けを行うつもりでいた。それなのに、生まれながらの利己心が、あらゆる怖ろしい極悪の姿で現れて、自分自身の中の暗黒に圧倒された。※6
病院でどのような出来事が起こったのか、具体的にはよくわかりません。かなり謎めいた表現ですが、「暗黒」ということばは、〝悪〟と言い換えられるでしょう。他人を助けようとする自らの心に〝悪〟を見つけてショックを受けたというエピソードは、内村さんが人一倍、〝悪〟に敏感だった事実を物語っています。
このことと、あの不気味なことばを、つないでみます。自分の生命も、他人の生命も、心から愛せず、死を望んでしまう。それが、内村さんが考える、〝悪〟の究極のすがただったと、思います。
頭の中で知人に復讐するわたしは、内村さんの基準に照らすと、どうなるでしょうか。あくまでも妄想で我慢しているのだから、〝悪〟ではない、と言いたくなります。でも、パンクした車で彼が事故を起こすかもしれません。想像とはいえ、生命を軽く扱っていることは間違いありません。わたしの心にも、自他の死を望む〝悪〟の心が潜んでいないとは、言い切れない。正直、そう感じます。
きっと、内村さんも「不敬事件」の時には、自分を攻撃する人たちを憎み、復讐を想像したでしょう。そのたび、心に潜む〝悪〟の勢いに圧倒されたのかもしれません。キリスト教は博愛をすすめる宗教だ、というイメージがあります。博愛というのは、広い心で、すべての人を分けへだてなく愛する、ということですね。そのイメージにたいして、内村さんはよく、〝たしかにそうだけど、イエスやパウロ(キリスト教の普及に大きな役割を果した信徒です)は、たくさん人を愛したけれど、たくさん人を憎んだんだよ〟と強調していました。そこには、どうしても人を憎んでしまう自分自身への悩みが、重ねられていたはずです。人はなぜ生命を心から愛せないのかというギモンを、内村さんは他人ごとではなく、自分ごととして受けとめていたに違いありません。
次回のために、平和についての内村さん独特の考えを、まとめます。
政治だけでは、けっして戦争はなくなりません。平和は、人が生命のほんとうの価値に気づけるかどうかにかかっています。そして、そこには難題が立ちはだかっています。愛することがとても難しい相手を、たとえば自分を攻撃する敵を、愛することができなければならないのです。個人個人が絶望をこえて、敵を愛することで、はじめて平和が開けるのです。このことについて、また次回、くわしく考えましょう。
こうした、ちょっとクセの強い考えのベースには、やはり『新約聖書』のことばがありました。とりあえず、内村さんが思う愛や平和のイメージが、〝みんな仲良く、お互いに優しくしましょう〟という感じとは、かなり違うらしい、ということを覚えておいてください。