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連載

第9回 平和ってなんだろう?(後編)

川口好美(文芸批評家)

 前回話した、内村さんがアメリカで自分の〝悪〟と向き合ったエピソードも、あわせて思い出してください。
 それでも、どんなに頑張っても、〝悪〟を完全に取り除くことはむずかしいのかもしれません。でも、自分一人の時だけでなく、敵の前でも、自分自身の〝悪〟と向き合うことができれば……。左の頬を敵に殴られるその瞬間にも、〝自分も他人もみんな滅びればいい〟と思う自分の心を、見つめることができれば……。そうすれば、おそろしい「非暴力」の力がおとなしさの中に生まれ、敵に伝わるのかもしれません。
 内村さんはよく、こんなふうに語っていました。イエスの死をさかいに、〝律法〟(『旧約聖書』に書かれた、信仰上の細かい決まりや、道徳的ないましめのことです)にしばられていた時代が終わり、自由の時代がはじまった、って。
 やはり、この自由の時代というのがどんな時代なのか、イメージしづらいですよね。
 ガンディーの「市民的不服従」は、インドがイギリスから独立するきっかけになりました。ガンディーの行動によって、インドの人々は勇気づけられ、背中を押されたのでしょう。自分たちをしばっている法律がすべてではない。自分たちはもっと別の秩序を、新たに生み出せるはずだ、って。たぶん、その別の秩序っていうのは、敵がいない世界ではありません。自他の死を願う心と、向き合えること。敵に、「非暴力」の力を手渡せること。わたしもまた誰かの敵として、その誰かから、「非暴力」の力を手渡されること。これらを助けてくれるのが、新しい別の秩序なのだと、わたしは思います。
 そして、その先に、自由が、平和が、見えてくるのではないでしょうか。

あらためて、なぜ、絶対に戦争をしてはいけないのか

 これまでの連載の中で、いちばん読みにくい、抽象的な内容になってしまいました。ごめんなさい。はじめに書いた、〝絶対〟の根拠も、結局わかりませんでした。
 わたしの力量が足りないせいですが、他にも理由があります。人間はこれまで、ほんとうに平和な世界で生きたことがありません。じつはまだ誰も、平和を知らないのです。だから、平和について考えるのはとてもむずかしいのです。内村さんが亡くなった翌年(1931年)、満洲事変が起こります。ガンディーは、インド国内で激しい宗教対立が巻き起こる中、1948年に暗殺されました。イエスの物語に感動し、「非暴力」の力を信じた二人は、世界が「非暴力」とは真逆の方向に進むのを見ながら、死んだのです。
 内村さんは一度、講演で、非戦論は「絶対の真理」ではない、と語りました。※10 なぜ、絶対に戦争をしてはいけないのか。わたしたちは、〝絶対〟と言える根拠をまだ手に入れていません。だからこそ、それを求めて、試行錯誤し続けよう。内村さんのことばをそのように受け取って、今回は終わりますね。

著者情報

文芸批評家

川口好美

かわぐち よしみ

1987年大阪生まれ。2016年、「不幸と共存──シモーヌ・ヴェイユ試論」(『群像』2016年12月号、第60回群像新人評論賞優秀作)でデビュー。2021年から、静岡県川根本町の小集落・沢間で「本とおもちゃ てんでんこ」を家族で営む。著書に『不幸と共存 魂的文芸批評』(法政大学出版局)がある。

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