「国として、どうなの?」と思わされた統計不正問題。 いったい何が行われたのか? なおも残る課題とは?
伊藤圭一(全労連常任幹事、雇用・労働法制局長)
毎月勤労統計調査の示す平均給与額や賃金指数は、内閣府の月例経済報告や中央・地方最低賃金審議会で、労働・経済情勢を示す指標として重視され、GDPの雇用者所得の算出にも使われています。政府や経済学者だけでなく、経済界や労働組合も、情勢判断や政策評価のうえで重視してきた統計です。
また、この統計の平均給与額は、各種制度の給付の算定に使われています。雇用保険関係では、失業給付の賃金日額の上限・下限額や高年齢雇用継続給付、育児・介護休業給付、事業主に払われる雇用調整助成金等に用いられ、労災保険関係では休業・傷病・障害・遺族補償の各給付、船員保険の障害・遺族補償給付などの基礎日額に乗じるスライド率の算定に使われています。厚労省によれば、04年夏以降、19年の3月17日までにこれらの給付を受けてきた延べ2015万人の人たちの給付額は過少となっており、その被害額は約568億円にのぼります。給付漏れの支払いにかかるシステム改修や人件費など事務経費も含めると、総額約800億円の支出が必要と推計されています。現に給付を受けている76万人には追加給付が始まっていますが、1000万人は住所不明で、ハローワークのデータと住民基本台帳ネットワークとを突合させてもすべて割り出すことは困難でしょう。そもそも、雇用保険や労災保険は、労働者やその遺族が一番困っているときの生活を支える重要な給付であり、生存権と勤労権保障の義務を国が果たすための重要な制度です。あとから支払っても、最も困窮したときの苦難を救うことはできません。まさに、取り返しのつかない事態といえます。
「労働者」の定義も変えていた
2018年8月の統計委員会における厚労省の虚偽の説明では、平均給与額の上振れ+0.8%のうち、中規模事業所の「サンプル入れ替え」の影響は0.1%、「ベンチマーク更新」の影響は0.7%とされていました。
これが不正発覚後に再集計された結果では、東京都の大企業の「復元」の影響が0.3%、中規模事業所の「サンプル入れ替え」の影響が0.1%、「ベンチマーク更新」の影響が0.4%と変わりました。また、17年末までの各月の平均給与額は、不正により平均0.6%過少であったと公表しました。
ただし、これでもなお要因分析は尽くされていません。実は、調査対象である「常用労働者」の定義を切り替えていたのです。17年までは、「期間を定めずに雇われている者」、「1か月を超える期間を定めて雇われている者」、「臨時又は日雇い労働者で前2か月間の各月にそれぞれ18日以上雇われた者」のいずれかに該当していれば「常用労働者」としていました。これを、18年以降は「期間を定めずに雇われている者」と「1か月以上の期間を定めて雇われている者」に変更し、従来は対象外だった1か月の雇用契約で働き始めたばかりの人をあらたに対象に含めました。一方で、「日々雇用(日雇い)の契約形態で2か月以上、常用的に就労している労働者」を対象から外していたのです。
この「日雇い労働者外し」の件は、「サンプル入れ替え」や「ベンチマーク更新」とは異なり、18年4月までは報告書に記載もされていませんでした。労働者に日雇いの人たちを含まなくすれば、賃金の数値が上振れする可能性があり、統計委員会でもこの措置には異論があったにもかかわらず、注記もつけられていなかったのです。
ギャップの「遡及改定」もなされないことに
厚労省は、不正発覚後、東京都の大規模事業所の賃金データの「復元」作業が可能な12年までさかのぼり、数値を修正しました(04年から11年までは必要な資料が廃棄され作業は完遂できず)。また、平均給与額における平均0.6%の過少分は、雇用保険や労災保険の追加給付分を算定する基準の数値とされ、運用されることになりました。
他方で、中規模事業所の「サンプル入れ替え」と「ベンチマーク更新」による影響については、過去にさかのぼって数値を修正する「遡及改定」は行わず、そのまま放置しています。従来、2~3年に一度行われる「サンプル入れ替え」や「ベンチマーク更新」の際には、必ず「遡及改定」は行われてきたにもかかわらず、です。
内閣府は2018年度のGDP統計を作成する際、「雇用者報酬」算出のもとになる毎月勤労統計の平均給与額(名目賃金)について「遡及改定」をしています。「ベンチマーク更新」などで発生した数値のブレは実際の変動を示すものではなく、それによって賃金が増えた、減ったなどと判断してはならないものだからです。実は内閣府は、厚労省に対して、遡及改定作業を行うよう要求もしていましたが、厚労省は、データ利用者からの道理ある要求を頑なに拒んだのです。
野党は、こうした厚労省の姿勢を踏まえ、次善の策として「サンプル入れ替え」や「ベンチマーク更新」の影響を受けないように集計される「共通事業所」(たとえば、17年3月と18年3月両方で、調査対象として抽出された事業所のこと)の統計に着目し、物価変動を加味した実質賃金指数も示すことで、実際の賃金変動の参考にすることができるのではないかと提案しています。
これに対し、厚労省は、この提案について、共通事業所は倒産や廃業をしていない優良企業であり、新規の事業所のデータも反映されないため賃金が高めになるなどの理由を挙げて否定。19年2月に「毎月勤労統計の『共通事業所』の賃金の実質化をめぐる論点に係る検討会」を立ち上げ、結論を夏頃に先延ばししています。

不正統計の結果で上振れしている賃金指数では、2018年平均の名目賃金は+1.4%、実質賃金は+0.2%となりますが、「共通事業所」の賃金指数で見ると名目は+0.8%、実質は-0.3%となります。「実質賃金は本当はマイナスではないのか。アベノミクスは失敗しており、消費税増税を行う情勢ではないのではないか」といった声が上がることをおそれ、厚労省は「共通事業所」の指数を使うことを拒んでいるのではないかと疑われます。
政治による統計への介入疑惑
賃金の「上振れ要因」を追及していく中で、野党6党1会派(当時)は「2015年問題」に突き当たりました。「日雇い労働者外し」(18年~)、「中規模事業所のサンプルの部分入替え」(18年~)、「ベンチマーク更新」(18年)、「サンプル入替えとベンチマーク更新の時の遡及改定の中止」(18年~)は、すべて2015年に決められていて、野党議員はそのプロセスに、官邸や経済財政諮問会議による調査手法への介入が疑われる経過があったことを発見したのです。これは既に見てきた当初の不正調査とは別問題で、統計の専門家からは「問題の本質を見間違えた追及」と酷評されているものですが、筆者はこちらも重要な問題だと考えます。独立した専門家が客観的で信頼に足る統計を作ろうとしても、それが政治圧力で歪められていくようでは、話にならないからです。以下で2015年の流れを簡単に振り返ってみましょう。
15年6月、厚生労働省は「毎月勤労統計の改善に関する検討会」を開始しました。8月段階での同会の有識者の結論は、「従来どおり中規模事業所のサンプルは全数入れ替えとし、発生したギャップの遡及改定も行う」というものでした。ところが、その後、事態は急変します。9月4日、厚労省の課長補佐が、検討会座長の阿部正浩中央大学教授に対し、検討会の結論を「官邸関係者」に説明しているとメール。8日には「部分入れ替え方式」を提案される可能性があるため、従来どおりの調査方法とするという結論は「あえて記述しない整理にしたい」と打診。14日には「委員以外の関係者」から「部分入替え方式で行うべきとの意見が出てきた。報告書(案)ではなく、中間的整理(案)の議論ということでとりまとめをおこなわせていただきたい」と通告。そして9月16日の第6回検討会に阿部座長は欠席し、サンプル入れ替え方式は「引き続き検討」とされ、以降、二度と検討会は開催されないという事件が起きていたのです。
厚生労働省の検討会で有識者がまとめかけた結論を、このように変えさせたケースは見当たりません。何が起きていたのか。そもそも検討会が開始された背景には、3月に中江元哉首相秘書官(当時)が厚労省に対しサンプル入れ替え方式とギャップの遡及改定について改善を申し入れていたことに関係があるのではないか。そして9月4日以降のプロセスには、前日3日の参議院厚生労働委員会で、安倍首相が毎月勤労統計調査の6月の平均給与額が対前年比マイナスであったことから、経済政策の失敗では?と質問を受けていたことが関係しているのではないか。これが、いわゆる官邸の統計介入疑惑です。
厚労省が結論を中断して以降、この統計方法の議論は経済財政諮問会議で取り上げられます。10月16日の第16回会議で、麻生太郎財務相が毎月勤労統計の平均給与額のギャップの遡及改定を問題視。11月4日の同会議では、黒田東彦日銀総裁が「名目賃金のマイナスは統計上のサンプル要因が影響」と発言、伊藤元重東大大学院教授は「課題のある個別統計を見直すことは非常に大事」と統計手法の変更を求めます。それを、高市早苗総務相が「実体経済をより反映した統計の検討をしっかり進める」と受け、サンプルの入れ替え方式変更を決めてしまいます。
そして15年12月の統計委員会で、西村清彦統計委員長が「財政諮問会議での議論は非常に重い」とし、「ギャップの遡及改定をしない方法」が決定されたのです。
信頼に足る公的統計を確立するために
著者情報
全労連常任幹事、雇用・労働法制局長
伊藤圭一
いとう けいいち
1997年より全労連事務局へ。2002年より全労連常任幹事。最低賃金、労働法制などの政策課題を担当。1999年日産リストラ対策現地闘争本部員、2007年反貧困ネットワーク設立メンバー、2009年年越し派遣村実行委員。共著に『最低賃金で1か月暮らしてみました。』(亜紀書房、2009年)、『デフレ不況脱却の賃金政策』(労働運動総合研究所編、新日本出版社、2012年)など。