東欧革命から30年。ポピュリスト台頭で今日も続く東西間の「政治的分断」③民主化から右傾化へ、東欧の現在地
熊谷徹(ジャーナリスト)
東欧民主化の際に大きな役割を果たしたハンガリーでも、右派ポピュリストが政権を握った。ハンガリー市民同盟(フィデス)のヴィクトル・オルバン党首だ。彼は学生時代から民主化をめざす政治活動に熱心で、社会主義時代のハンガリーからのソ連軍の撤退を求める演説を行ったこともある。オルバンは1998年から2002年まで首相を務めた後、2010年以降も再び首相の地位にある。
彼は欧州諸国にシリアからの難民を配分するEUの規定に強く反対するなどして年々EUとの対決姿勢を強めているほか、その発言には反ユダヤ的なトーンも表れている。
19年の2月にオルバンは、1枚のポスターによって反EUキャンペーンを一挙にエスカレートさせた。そのポスターには、EUのジャン・クロード・ユンケル委員長とハンガリー出身で米国在住の富豪ジョージ・ソロスが笑っている写真が使われている。その下には大きな字で「あなたはブリュッセルの意図を知る権利がある」と書かれている。ポスターの下部には小さな字で「彼らはEU加盟国に、難民の受け入れ比率を強制しようとしている。彼らは加盟国が国境を守る権利を弱めようとしている。彼らは移民ビザの導入によって、移民を容易にしようとしている」とあった。
オルバンは、ユダヤ人の富豪ソロスが、EUとともに欧州への移民や難民の受け入れ数を増やすことによって、キリスト教的な価値観に基づく伝統的な欧州の文化を弱体化させようとしていると主張してきた。国際的なユダヤ人の資本家が、国家を脅かしているというのは、ナチスの時代から右翼勢力がしばしば使ってきた「陰謀論」である。
19年5月の欧州議会選挙を前に、オルバンは政府の予算でこのポスターを国内のあちこちに掲示することで、EUとの対決姿勢を一段と鮮明にした。彼は国営放送局によるインタビューの中で「現在の欧州委員会(EU政府に相当)の過半数は、欧州への移民を増やそうとしている。このことは、欧州が欧州人のものでなくなることを意味している。私がポスターによるキャンペーンを始めた理由は、ブリュッセルのそうした意図を暴露するためだ」と語っている。(※4)
オルバンが18年7月に語った次の言葉には、彼の右派ポピュリスト的な性格がはっきり表れている。「現在欧州では、人口の入れ替えが行われている。その理由の一つは、ソロスのような投機家が沢山お金を稼げるようにすることだ。彼らは多額の収益を上げられるように、欧州を破壊しようとしている。さらに彼らはイデオロギーに基づく動機も持っている。つまり彼らは欧州を多文化地域にしようとしている。彼らは欧州のキリスト教の伝統やキリスト教徒がきらいなのだ」。
「人口の入れ替え」という言葉は、欧州以外の地域からイスラム教徒などを受け入れることによって、欧州のキリスト教との比率を下げることを意味しており、反イスラム勢力や極右勢力が好んで使う表現だ。(※5)
EUの報道官は「ハンガリーで行われているキャンペーンはフェイクニュースだ。滑稽な陰謀論がこのような形で流布されることは信じがたいことだ」とオルバン政権を強く批判。またユンケル委員長も、「私とオルバン首相の間には、もはや共通の理解はない。ハンガリーの政権党フィデスは、欧州のキリスト教に基づく民主主義とは相容れない」と反発した。
フィデスはドイツのキリスト教民主同盟(CDU)など伝統的な保守政党が、欧州議会の中で形成している会派・欧州人民党(EPP)に属していたが、ユンケルはこの会派からフィデスを脱退させるよう要求した。これを受けて、EPPは19年3月にフィデスの同会派への加盟資格を凍結する処分を行った。
確かにオルバンの右旋回は近年激しさを増している。たとえば彼は17年6月に、1922年から44年までハンガリー帝国の摂政だったミクローシュ・ホルティについて「偉大な政治家だった」と肯定的な発言を行った。第二次世界大戦中にハンガリーはナチスドイツと協力した。ホルティが摂政として事実上の国家元首だった時代に、ハンガリーの傀儡政権は約60万人のユダヤ人を強制収容所に送った。これまでハンガリーを含む欧州では、ホルティはナチスの事実上の支持者と見られてきた。このためハンガリーでホルティを肯定的に評価することはこれまでタブーとされてきた。オルバンはこの禁忌を堂々と破ることで、ハンガリーの極右勢力の間に支持者を増やそうとしているのだ。
オルバンは、2015年に極右政党同様に死刑の復活を提案したこともある。EU加盟国では死刑は禁止されている。彼は他のEU加盟国からの激しい反発を受け、この提案を取り下げた。
報道の自由を規制
オルバン政権は、21世紀に入って新しい法律を導入して報道機関の規制を始めた。彼は2010年に議会で可決された新メディア法に基づきメディア監督官庁を統合して、「メディア・ニュース報道に関する国家管理庁(NMHH)」という監督官庁を創設。テレビ、ラジオ、ネットマガジンなどの報道機関への統制を強化した。政府は憲法改正によって2011年以降NMHHに対して強大な権限を与えた。たとえば公共のテレビ局、ラジオ局、通信社は統合されてNMHHの管理下に置かれたほか、ジャーナリストが情報源保護を理由に当局に対する証言を拒否する権利を廃止した。またNMHHが「政治的にバランスを欠いている」とか「国家の安全保障を脅かす」と判断した報道については、メディアに対し高額の罰金を科すことができるようになった。
このメディア改革については、2010年12月に学生などブダペスト市民約1万5000人が参加する抗議デモが行われたほか、欧州安全保障協力機構(OSCE)も「メディアの自由を規制するものであり、本来は全体主義的な政権が制定する法律だ」と述べて批判している。(※6、※7)
オルバンのポピュリスト的な姿勢は、国民から強い支持を受けている。18年4月に同国で行われた総選挙で、彼が率いるフィデスは199の議席の約67%に相当する133議席を確保した。ちなみにハンガリー議会の第2党として26議席を確保したヨッビクは、フィデス以上に反EUの姿勢を鮮明にする極右政党だ。つまり右派ポピュリスト政党と極右政党が、議席の約80%を占めていることになる。
しかし、オルバンは中国の一帯一路計画にも強い関心を示している。ブダペストに中国の李克強首相と東欧諸国の首脳を招いて会議を開いたり、中国のシンクタンクを設置させたりするなど、中国に急激に接近しつつある。オルバンは豊富な資金を持つ東の大国に近づくことで、EUを牽制しようとしているのだ。
民主主義の理解に関する東西分断は終わっていない
著者情報
ジャーナリスト
熊谷徹
くまがい とおる
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局在勤中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツのミュンヘン市に在住。統一後のドイツの変化、ヨーロッパの政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材・執筆を続けている。著書に『新生ドイツの挑戦』(1993年、丸善)、『びっくり先進国ドイツ』(2004年、新潮社)、『顔のない男―東ドイツ最強スパイの栄光と挫折』(2007年、新潮社)、『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争の真実』(2012年、日経BP社)、『日本とドイツ―ふたつの「戦後」』(2015年、集英社)、『偽りの帝国―緊急報告・フォルクスワーゲン排ガス不正の闇』(2016年、文藝春秋)、『イスラエルがすごい―マネーを呼ぶイノベーション大国』(2018年、新潮社)、『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』(2019年、青春出版社) など多数。『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』(2007年、高文研)で第13回平和・協同ジャーナリスト奨励賞受賞。ホームページはhttp://www.tkumagai.de/