東欧革命から30年。ポピュリスト台頭で今日も続く東西間の「政治的分断」③民主化から右傾化へ、東欧の現在地
熊谷徹(ジャーナリスト)
東欧革命から約30年が経過した今、かつて共産主義支配と戦って民主化を求めた政治家たちがナショナリズムに走っている。彼らは鉄のカーテン崩壊後、自分たちを受け入れたEUに対して造反し、三権分立や報道の自由、域内での移動と就職の自由などのEUの基本的な価値を否定することもためらわない。そうした態度は、多くの国々で有権者をひきつけている。
この事実は、東欧諸国をEUへ迎え入れた西欧諸国の政治家たちに複雑な感情を与えている。
ソ連の影響下に置かれた東欧諸国では、社会主義政権がソ連に倣って一党独裁体制を敷き、思想や言論の自由を抑圧した。当時の議会の存在意義は党の決定を形式的に追認することだけだった。司法の独立はあり得ず、三権分立の原則も無視されていた。
冷戦終結後、西欧の政治家たちは、「東欧に生まれた新政府、そして有権者たちは社会主義支配という暗黒時代を経験したいわば被害者なのだから、これからは思想や言論の自由、三権分立を特に重視するだろう」と期待していた。
しかし彼らの予想は全く外れた。東欧諸国で権力の座に就いた政治家たちは、今度は自らメディアの翼賛化や司法の独立の侵害に手を染め始めたのである。多くの有権者は右派ポピュリスト政権が民主主義の原則を無視しても強く糾弾せず、支持を与えている。あたかも東欧の政治家や市民たちが、社会主義に支配された暗黒時代を忘れてしまったかのようである。
これは、大半の東欧市民の議会制民主主義社会についての理解が、西欧と大きく異なることを示唆している。約半世紀にわたる社会主義支配は、政治家そして有権者の民主主義についての理解を変質させてしまったのだろうか。
そして、右派ポピュリストの躍進は東欧だけに限ったことではない。この現象は、英国国民投票でのEU離脱派の勝利、ドイツやフランスでの右派ポピュリスト政党の躍進、イタリアにおける右派・左派ポピュリスト政党による連立政権の樹立などと同じ根を持っている。多くの国で、大衆がEUに代表される多国間主義、多文化主義、所得格差の拡大、伝統的な政党に対する不満を、ポピュリスト政党に票を投じることで表現しているのだ。
さらに米国のドナルド・トランプ流の自国優先主義と排外主義は、ソーシャルメディアによって拡散されて多くの人の心を汚染する。
しかも西欧と東欧のポピュリストたちは国境を越えて連携しつつある。フランスのマリーヌ・ルペンやオランダのヘルト・ウィルダースなど西欧の右派ポピュリストたちは、東欧の右派ポピュリストと協力して「極右インターナショナル」ともいうべき運動を起こそうとしている。
たとえば2019年4月25日に、チェコの首都プラハで極右政党「自由と直接民主主義党(SPD)」が、欧州議会選挙へ向けた集会を開催した。ルペンとウィルダースは、SPDの岡村富夫党首を支援するために、集会に参加した。東京生まれの岡村党首は、日本と朝鮮半島にルーツを持つ父親と、チェコ人の母親から生まれた日系チェコ人で、EUの移民政策に強く反対するとともに、チェコでイスラム教を禁止することを提案している。彼の党は、結党からわずか2年後の17年の総選挙で約10%の票を確保し、議会で第4党となった。プラハでの集会でルペンは、「欧州はイスラム教徒に席巻されようとしている。それを食い止めることができるのは、我々保守勢力だけだ」と獅子吼した。
西欧諸国自体がポピュリズムに揺さぶられる中、EUが啓発活動を展開することによってオルバンやカチンスキーのような指導者の危険性を東欧市民に理解させることは至難の業である。東欧諸国では、市民の啓発において重要な役割を果たすメディアがポピュリスト政権の強い統制下に置かれているからだ。
鉄条網やコンクリートの壁による東西分断は終わったが、EUの東方拡大後に生じた、文化や価値観、民主主義の理解に関する溝は東欧と西欧の間で深まりつつある。今後も東欧とEUの間の対立は、一層激化するものと思われる。
欧州議会選挙でポピュリスト勢力の圧勝は起きず
19年5月23日から26日まで行われた欧州議会選挙は、欧州の分裂の深刻さを改めて浮き彫りにした。

保守党・社会民主党の中道勢力の会派が大きく後退し、初めて過半数を失った。保守党・社民党勢力は、自由市場派か緑の党の会派と組まなければ、過半数を確保することができなくなった。フランス、英国、イタリアでは右派ポピュリスト政党が首位に立った。ポーランドのPiSも45.4%の得票率で首位。ハンガリーのフィデスも52.3%の高得票率を記録した。
欧州議会には3つのポピュリスト会派がある。「ドイツのための選択肢(AfD)」やイタリアの「五つ星運動」、英国のBREXIT党が属する「自由と直接民主主義のヨーロッパ(EFDD)」、フランスのマリーヌ・ルペン党首が率いる国民連合(RN)やイタリアの「同盟(レガ)」、オランダの自由党が属する「国家と自由のヨーロッパ(ENF)」、ポーランドのPiSなどが属する「欧州保守改革グループ(ECR)」の3つである。
今回の選挙ではENFの躍進が最も目立った。同会派の議席数は36から58議席に増えた。またEFDDの議席数も42から54議席に増えた。
ただし、この選挙の前には、「ポピュリスト会派が過半数を占めるのではないか」という懸念が出ていたが、自由市場経済を重視する会派と緑の党の系列の会派が議席数を増やしたためにそうした事態は避けられた。EUの将来を危惧した多数の若者たちが投票所に足を運んだことから、投票率が42.6%から50.9%に大きく増えたことも、ポピュリスト勢力の圧勝を阻んだ。EFDDなど3つの会派の議席数を合わせても171で、過半数(376)には遠く及ばない。欧州の選挙では、投票率が低いとポピュリスト勢力の得票率が伸びる傾向がある。
欧州議会選挙で、EU擁護派はポピュリスト勢力の大躍進を防ぐことに成功した。彼らはこの勝利に気を緩めず、EUを改革し市民に受け入れられる組織にしていく作業を急がなくてはならない。
[終]
(文中敬称略)
※1「EJO」2017年8月31日(https://de.ejo-online.eu/pressefreiheit/polnische-medienreform-forderte-ihre-opfer)
※2「ツァイト・オンライン」2019年4月25日(https://www.zeit.de/news/2019-04/25/kaczynski-bezeichnet-homosexuelle-als-bedrohung-fuer-polen-20190425-doc-1fx723)
※3「フォーカス・オンライン」2017年7月28日(https://www.focus.de/politik/ausland/deutsche-weisen-verantwortung-fuer-den-krieg-zurueck-kaczynski-will-deutsche-reparationszahlungen-fuer-polen_id_7410392.html)
※4「フランクフルター・アルゲマイネ」2019年2月22日(https://www.faz.net/aktuell/politik/ausland/orban-verteidigt-plakatkampagne-gegen-juncker-und-soros-16054761.html)
※5「ターゲスシャウ」2019年2月20日(https://faktenfinder.tagesschau.de/ungarn-eu-soros-101.html)
※6「ハンブルガー・アーベントブラット」2010年12月22日(https://www.abendblatt.de/politik/ausland/article107903422/Pressefreiheit-gefaehrdet-Ungarn-protestieren-gegen-Mediengesetz.html)
※7「デア・スタンダード」2010年9月22日(https://derstandard.at/1285042396637/OSZE-kritisiert-neues-Mediengesetz-scharf)
著者情報
ジャーナリスト
熊谷徹
くまがい とおる
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局在勤中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツのミュンヘン市に在住。統一後のドイツの変化、ヨーロッパの政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材・執筆を続けている。著書に『新生ドイツの挑戦』(1993年、丸善)、『びっくり先進国ドイツ』(2004年、新潮社)、『顔のない男―東ドイツ最強スパイの栄光と挫折』(2007年、新潮社)、『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争の真実』(2012年、日経BP社)、『日本とドイツ―ふたつの「戦後」』(2015年、集英社)、『偽りの帝国―緊急報告・フォルクスワーゲン排ガス不正の闇』(2016年、文藝春秋)、『イスラエルがすごい―マネーを呼ぶイノベーション大国』(2018年、新潮社)、『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』(2019年、青春出版社) など多数。『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』(2007年、高文研)で第13回平和・協同ジャーナリスト奨励賞受賞。ホームページはhttp://www.tkumagai.de/