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定時制のリアル(3)「フレキシブル」な学びは教育の最先端(神奈川県立川崎高校)

黒川祥子(ノンフィクションライター)

 カフェで生き生きと過ごしている生徒は、ほとんどが全日制の子だという。カフェは定時制の子たちにとって、居場所とはなっていなかった。
 2015年から川崎高校に勤務する、SSWの宮本裕子さんは今のカフェをこう見ている。
「元気な子たちだけが楽しめる場になっていて、大人しい子、悩みを抱えている子たちが入れる雰囲気ではありませんね。そういう子たちも一緒に巻き込むビジョンを持ってくれるといいのですが……」
 宮本さんは、持ち場であるカウンセラールームにじっとしていることはない。
「進路指導室には一日数回顔を出すし、保健室にも学校図書館にも行きます。定時制の養護教諭はとてもいい人ですし、司書さんは図書館をしんどい子たちの居場所にしてくれている。そこに来ている子どもたちに、話しかけたりして。相談を待っているんじゃなくて、会いに行く。それは一定程度、効果を上げたと思います」
 宮本さんは臨床心理士としていろいろな生徒と会ってきたが、その中で最も気になるのは、小中時代に発達障害を見逃されてきたと思われる子どもたちだ。
「多動傾向など、特徴が表に出やすい子どものほうが小学生、中学生の段階で早期に、療育などで生きづらさを解決していく『支援』につなげられるのですが、大人しくて親や教師を困らせなかった子が抱える困難は見逃されがちです。トラブルを起こさず、『勉強や人間関係が苦手で、気が弱いのね』と大人に放置されてきた子の話をよく聞くと、何かしらの発達障害が背景にあるのでは、と感じることもあるのです」
 宮本さんはその子たちのこれまでの生きにくさを思えば、胸が締め付けられるような思いに駆られる。
 程度の濃淡はあれ、発達障害の人たちはその特性に由来する生きにくさを抱えている。2001年、文科省が「特別支援教育」という理念を打ち出したのは、発達障害の子どもたちへの専門的な配慮が必要であるという、教育現場からの切実な声があったからだ。実際、文科省が2015年度に実施した調査(「通級による指導実施状況調査」、2016年5月公表)では、通級指導を受けている発達障害の小中学生の数は約4万2000人で、2006年度に比べ6倍以上に増加した。今や、発達障害を持つ子どもたちは珍しい存在などではなく、当たり前にクラスの中にいる。
 そうであっても義務教育期間中に、特性から来るハンディを考慮されることがなかった子どもたちの「これまで」に、宮本さんは思いを馳せる。
「きっと授業は“呪文”のように意味不明だったでしょう。それでもまじめに取り組んでいくんだけれど、でもわからないから、自尊心がどんどん削られていく。もう少し早く、適切な支援につなげることができていたら、ここまで勉強がわからなくなることはなかっただろうし、コミュニケーションや人間関係に今ほどのしんどさを感じることもなかったと思います。障害の特性が理解された上で、ソーシャルスキルの訓練を受けることができていたら、この子がここまで苦しむことなかったでしょうに」
 宮本さんはそんな子たちに、今まで見たこともなかった光=希望を示す。その子の目線に立って、宮本さんは丁寧に話して行く。
「障害があるとしても、きちんと特性に合った支援を受けられれば、あなたの人生はもっと生きやすく、ハッピーになるんだよ」
 彼らにとっておそらく初めて、自分という人間をきちんと受け止めてもらえた瞬間なのだ。

定時制の力

 大人への不信を口にする生徒も多い。とくに家庭での困難を抱える生徒からは、親や教師、児童相談所への不信を宮本さんは頻繁に聞く。
「虐待で一時保護されても、親は心を入れ替えたと職員に言われて家に帰される。結果、親からぼこぼこに殴られて終わり。そんなことが繰り返されると、彼らは、親も児相も教師も、身近な大人を味方だと思わなくなる。そして、世の中には、信じられる大人と信じられない大人がいると言うんです。ただし、彼らにとって信じられる大人というのは、町で居場所やお金になる仕事を与えてくれたり、自分たちの仲間に入れてくれる人のこと。確かにあたたかいかもしれないけれど、社会的にはよからぬことをしている大人で、よからぬ世界に引き込もうとする大人だったりもすることもあるんです」
 宮本さんは定時制こそ、正しさとあたたかさを持った信じられる大人に、彼らが出会える場だと考えている。
「私は、定時制の力を信じています。人数が少なくて目が行き届くのもあるけれど、生徒自身に痛みを知っている子たちの強さがあると思う。みんなが事情を抱えていて、家庭や小中で厳しい思いをしてきている。だからこそ、傷をわかり合えて成長しあえる。これは、定時制の可能性だと思います。同時に、彼らがもう一回、誰かに助けを求めようと覚悟をつける場でもあると思います。『あの先生なら聞いてくれるかも』『SSWなら、何か考えてくれるかも』と思えるのが、定時制だと思います。再生の場所ですね」

 再生の場所であると同時に、川崎高校定時制は新たな学びの形を先駆的に示している。それぞれの生徒の多様性を重視し、それぞれの生徒が自分の好きなように学んで行くことを選択できる“先進性”は、このコロナ禍で、如実に明らかにされたと言えるのではないか。
 戦後一貫して続いてきた硬直した学びのシステムが、コロナ騒動により、クラスを分けて分散登校させ、少人数学級を事実上実現するなど、ここにきてなんと「フレキシブル」になっている。多人数を教室に押し込める画一的な義務教育になじめず、不登校になる児童生徒が増えているという綻びを抱える今、川崎高校定時制が体現している学びの多様化=フレキシブルこそ、これからの日本の教育が見据えるべき方向なのではないだろうか。

著者情報

ノンフィクションライター

黒川祥子

くろかわ しょうこ

1959年福島県生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。業界紙記者などを経てフリーライターとなり、家族の問題を中心に執筆活動を行う。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』で第11回開高健ノンフィクション賞を受賞。著書に『熟年婚』(河出書房新社)。 また、橘由歩の筆名で『「ひきこもり」たちの夜が明けるとき』(PHP研究所)、『身内の犯行』(新潮新書)、『セレブ・モンスター』(河出書房新社)、『全国ごちそう調味料』(幻冬舎)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『PTA不要論』(新潮新書)、『8050問題』(集英社)、『心の除染』(集英社文庫)、などがある。息子が二人いるシングルマザー。

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