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デマやフェイク・ニュースがはびこる今、歴史学者は「歴史修正主義」とどう闘うか? 

成田龍一(歴史学者)

(構成・文/安田峰俊)

 さて、目を歴史教科書に向けてみましょう。学校の教育で用いられる歴史の教科書は、いま現在の歴史認識を最も整合的に反映した存在、いま現在の人が次世代に伝えたい歴史への考え方のエッセンスが反映された存在です。日本の歴史教科書は、上記の戦後歴史学、民衆史研究、社会史研究の3つのパラダイムが、地層のように積み重なって反映されています。
 基層をなすのは戦後歴史学です。すなわち、古代・中世・近世・近代・現代というお馴染みの時代区分は、もともと戦後歴史学のなかで強調されてきたもので、現在でも教科書の大きな枠組みとなっています。また、山城国一揆や打ちこわし、米騒動といった社会運動の記載は、民衆史研究の成果が反映されています。いっぽう、「家族」の概念の変遷といった社会史研究の成果は、主にコラム的な記載のなかで紹介されることが多くなっています。
 教科書の本筋において、政治や社会運動といった短いスパンでの変化の記載が中心となっているのは、社会史研究の成果が十分に反映され切っていない面もあり、残念に思える部分もあります。しかし、近代を相対化して「古代とされる時代とは、近代の人間が考える古代に過ぎない」「中世とされる時代とは、近代の人間が考える中世に過ぎない」といった立場で、初学者向けの基礎的な教科書を作っていくことは極めて難しいでしょう。
 まずは歴史の基礎、歴史の“文法”を押さえてもらうために、教科書が「〇〇の乱」「××の改革」といった事実を並べていく記述になることは、少なくとも現段階の歴史教育においては、そうせざるを得ないところがあります。
 こうした意味あいにおいて、歴史教科書とは、多くの人々が最初に接する解釈であり、そのゆえに多くの人々に訴えかける最大公約数的な解釈を示したものである、ということができるでしょう。歴史という旅に出かけるツールであり、最初のガイドということになります。

歴史家とはなにか

 歴史を解釈すること、解釈して叙述することを、職業的に担っているのは歴史家です。歴史家ならば誰もが参考にする本として、1962年に翻訳出版されたE.H.カー『歴史とは何か』(岩波新書)があります。歴史や歴史学について考えるヒントが多く詰め込まれた著作ですが、なかでも最も有名なのが「歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話」という一文です。社会史研究の言葉に翻訳すれば、歴史を考えることは自文化と異文化(他文化)との対話である、現在の価値観と過去の価値観との対話であるという意味になるでしょうか。

 カーは、あわせて歴史を知るためには、歴史家を知らなければいけないとも述べています。ここで言う歴史家とは、大学で教鞭を執る職業的な歴史家だけを指しません。多くの人々の歴史意識に、説得力を与え得る言説を提供する存在のことです。歴史家とは、現在の人々の持つ歴史意識を集約して表現している人を指す言葉なのです。
 ただ、歴史家についてはカーが提示した定義に加えて、「歴史学の方法」を踏まえているかという基準も認識する必要があります。例えば、教科書のもとにもなっているアカデミックな歴史学と、一般の人に影響を与えている「歴史」物語について扱ったとされる著作――。すなわち、例えば司馬遼太郎氏や井沢元彦氏、百田尚樹氏といった作家の著作が述べる「歴史」物語との違いについての問題です。
 多くの人々の歴史に対する集合的な意識を代表している点では、司馬氏をはじめとした歴史作家たちも、もしかすると「歴史家」と呼ぶことができそうにも思えます。しかし、ここであらためて確認したいのは、歴史叙述において「歴史の作法(さくほう)」を踏まえているかです。これは、歴史家のギルド(同業者組合)を特権化したり、保護したりするという意味ではありません。歴史を叙述する際の最も基本的な作法という意味合いで述べています。このことは、幾重にも強調しておきたい点です。

歴史の作法とはなにか

「歴史の作法」とは、自分はこれを明らかにしたいという問題意識を設定したときに、その問題意識に基づいて史料を集め、客観的に解釈し、叙述する行為を指します。根拠(典拠)-論理-叙述という営みが「歴史の作法」です。そのとき、史料から読み取れないことを無理やり言ったり、そもそも根拠が存在しない自分個人の思いを強弁したり、論理を飛躍させたりといったことは禁じ手です。もちろん、最初から結論ありきで、それに都合のいい証拠(史料)だけを切り貼りして、自説に不都合な証拠を無視してしまう行為もいただけません。
 これは歴史学のみならず、他の世界でも当たり前の話です。所定の診察や検査をおこなわずに「君は絶対に〇〇病だ」と断言する医師や、投球を見ないで「あの投手が投げた球だからストライクだ」と強弁する野球の審判がいたら、普通は信用されません。やはり、医師にも野球の審判にも、そして歴史家にも、判断を下すうえで踏まえるべき一定の基本ルールがある。大胆な説を展開すること自体は構いませんが、その論理を構築するプロセスには、一定の約束事が求められるのです。
 歴史には比較の視点も求められます。この史料からはこう言えるが、別の史料ではこうも言える……、といった多数の史料を比較した上で、自身の問題意識とさまざまな史料の記述が一致しているかを明らかにするわけです。また、過去の研究の蓄積を参照して比較することも重要ですし、ある歴史的な事柄が、他国や他の時代においてはどうみなされているのかを比較して考察する視点も必要です。
 さらに言えば、歴史とは、先に述べたように解釈に基づいています。解釈の積み重ね、解釈の検討によって、現在の解釈に至っています。そのため、みずからの見解を述べる際に、有力な解釈への向き合い方をあきらかにすれば、説得力が増すでしょう。ある歴史観を歴史書として提供するときには、こうして「歴史の作法」が踏まえられていることが必要です。
 歴史の叙述とは、出来事を説明し、解釈し、批評するという3つの層からなっています。この三者は緊密に結びついていますが、どこかが欠けたり、恣意的になると説得力を欠くばかりでなく、独善的で主観的な歴史叙述となってしまいます。
 あくまでも手法の面を批判するなら、例えば現在話題となっている『日本国紀』には、主張の典拠を明らかにするといった「歴史の作法」を踏まえた形跡や、比較の視点は見られません。これは作者が個人的に述べたいことを記した文章ではあっても、歴史書として読むことはできないものです。
 もちろん、歴史作家の書籍には、個々のエピソードについては興味深い記述があります。しかし、興味深い事実も、それ単独ではひとつのエピソードでしかありません。「学知」として提供される歴史叙述では、それにどのような意味づけをするかが重要になります。
 歴史を叙述することは、歴史像を語ることです。歴史像のなかに各個の事実をどのように組み込むかによって、エピソードが歴史的な事実になるわけです。単に「○○という人がいた」「××事件があった」という個々のエピソードをたくさん知っていたとしても、それは情報の提供にとどまって、歴史叙述とは言えません。大学教員のポストを持っていたり書籍をたくさん刊行していたりすることは、もとより歴史家の資格・条件ではありません。しかし、歴史を語る方法--「歴史の作法」を踏まえることは、重要な条件であり「資格」なのです。

トンデモ言説にどう対抗するか

 従来の学問の成果や教科書の記述に真っ向から異を唱え、「既存のルールにとらわれない」ことを売りとして、「私はこうだと思う。だからこれが真実なのである」と、根拠を示さずに異説を述べるトンデモ言説は、医学や化学をはじめ、さまざまな学問の世界に付いて回るものだと言えます。歴史の分野においては「歴史修正主義」と言い換えてもいいかもしれません。こうした言説が生まれる背景はいくつかあり、例えば反知性主義や商業的なポピュリズム、また昨今の日本では学問(特に人文学)自体の立場的な弱さなども要因であると思います。
 歴史学の立場から考えると、こうした歴史修正主義に対抗する処方箋は、あくまでも「歴史の作法」――ルールを踏まえて議論をするということでしょう。典拠を明確に出し、しかるべき手法で議論を組み立てる姿勢を示し続けてゆく。また、それとも関連することですが、トンデモ言説は歴史学の主流に対して必ずぶら下がって発生することを認識した上で、歴史学の主流それ自体を鍛えることが重要である、と私は思っています。トンデモ言説は非常に多く、個別に対処しても、いたちごっことなりかねません。人文学が危機的状況にあることを視野に入れたうえで、トンデモ言説が付けいる隙のないほどに、歴史学を鍛え、歴史家を鍛えていくことが必要だと思います。別の言い方をすれば、私の「現場」は歴史学にある、ということでもあります。

過渡期史観の重要性

著者情報

歴史学者

成田龍一

なりた  りゅういち

1951年、大阪府生まれ。早稲田大学第一文学部卒業、同大学大学院文学研究科博士後期課程修了。文学博士。横浜市立大学講師、東京外国語大学講師、助教授を経て、日本女子大学人間社会学部教授。主な著書に『近現代日本史との対話【幕末・維新―戦前編】』『近現代日本史との対話【戦中・戦後―現代編】』(ともに集英社新書、2019年)、『「戦後」はいかに語られるか』(河出書房新社、2016年)、『加藤周一を記憶する』(講談社現代新書、2015年)、『大正デモクラシー』(岩波新書、2007年)など多数。

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