歩くことは生きること
石川文洋(報道写真家)
(構成・文/朴順梨)
第二次世界大戦で唯一の地上戦が行われた沖縄だが、ベトナム戦争やイラク戦争では沖縄の米軍基地が米兵を戦地に送る役割を果たした。沖縄という土地は戦争の被害者であると同時に、戦争に加担してきたのだ。そのことをカメラを通して知る石川さんは、「命(ぬち)どぅ宝(命こそ宝)」という言葉をとても大切にしている。
「ベトナム、カンボジア戦争では、日本人のジャーナリストが15名亡くなっているんだけど、彼らもずっと生きていたら、今もいろんなことができたはずだと思っています。私はこうして生きているから、日本縦断をしたりとか何かしらできている。でも死んでしまえば、もう何もできない。だから大勢の人が死んでしまう戦争は、来ないほうがいいんです」
報道写真家の一ノ瀬泰造(1947~73年。『地雷を踏んだらサヨウナラ』〈1985年、講談社文庫〉)や沢田教一(1936~70年。1966年ピューリッツァー賞)など、カメラマン仲間をこれまでに何人も亡くしてきた。彼らと石川さんを分けたものは、一体なんだったのか。純粋な興味から今日まで生きてこられた理由について問うと、「まあ、運ですね」と笑った。
「運以外に何もありませんよ。サイゴンで戦地にいなかったのに、たまたまロケット弾が飛んできて小さな破片が頭に当たって亡くなった人を私は知ってますから。ただ私には運があった。それだけですよ」
これはおそらく仲間への優しさからの言葉で、理由は本当のところ、誰にもわからない。ただ一つ言えるのは、生きているからこそ歩き、写真を撮り、誰かと出会うことができているということ。そして「家にいたら1枚も写真を撮らない日もある。だから歩きたい」との言葉どおり、歩くことは生きることに繋がっているのだろう。
石川さんは今この時も、日本のどこかを一人で歩いている。もしストックを突きながら歩くオレンジ色のリュック姿を見かけたら、ぜひ手を振ってみて欲しい。
著者情報
報道写真家
石川文洋
いしかわ ぶんよう
1938年、沖縄県那覇市に生まれる。4歳のときに家族で本土に移転。千葉県で育つ。東京都立両国高校定時制を卒業後、毎日映画社に勤務する。その後1965~68年、ベトナムに滞在し、ベトナム戦争の最前線を撮影した。1969年から朝日新聞社出版局写真部に勤務する。1984年から再びフリーになる。カンボジアやアフガニスタンなどの戦場や、沖縄の基地問題の写真でも知られる。現在は長野県諏訪市に在住。著書に『ベトナム最前線――カメラ・ルポ 戦争と兵士と民衆』(読売新聞社、1967年)、『戦場カメラマン』(朝日文庫、1986年。ちくま文庫、2018年)、『日本縦断 徒歩の旅――65歳の挑戦』(岩波新書、2004年)、『フォト・ストーリー 沖縄の70年』(岩波新書、2015年)、『基地、平和、沖縄――元戦場カメラマンの視点』(新日本出版社、2016年)など多数。