imidas - 情報・知識&オピニオン

探究

カルチャー

いま経営に必要なのは文学の力だ

上田岳弘(小説家)

岩尾俊兵(経営学者)

岩尾 ええ、いま経営学が、客観的にとにかく数字で表れたものだけで判断するような流れにあるんです。主観は徹底的に排除です。でも、そんなことしていると経営者や従業員のメンタルは持たない。あと、いろんな人の人生をトレースできるんで、実際に自分の身にいろんなことが起こっても、そんなに絶望しなくて済むというのも大きな効用だと思います。

上田 小説を読むことで、主観的経験の蓄積が増えて精神を養えるぞと。

岩尾 そうです。もう一つは、経営というのは、言葉を作る必要があるんです。

上田 わかります。僕もいまIT企業の役員をしながら、他の経営者の相談を受けさせてもらうことがあるんです。そこで、会社のトップのほうにいる方と話していると、会社の売り上げは順調でも、自分の会社の強みが何なのか、いまの社会の中で何が際立っているのかを言語化できていない方が多い。言語化できないゆえに、波及力がなくて経営が伸び悩むということがある気がします。

岩尾 会社のホームページとかの「企業理念」の社長の言葉とか、〝ITの力で社会を豊かに〟みたいなのばっかり(笑)。あれは、どっかで決められた標語ですか? とツッコミたくなる。

上田 その会社の理念や指針をきちんと言語化することは、働く従業員にも必要でしょう。単純にもったいないと思います。

岩尾 そうですね。だから、経営者がその会社の従業員みんなが燃えるような、または納得できる深い言葉を発することができるかどうかは問われますね。そこから、さらに、みんなが信じられる成長のストーリーを言葉で作ることができれば、社員も豊かになり、株主も納得させることができる。言葉の力は経営にかなり影響します。本当に真剣に経営と向き合うなら、文学は間違いなく基礎教養として必要になるんです。

これからは〝遅いこと〟が価値になる?

上田 最近出版した『多頭獣の話』でYouTuberのことを書いたんです。書いていて思ったのが、とにかくYouTuberというのは、注目を集め続けることでしか存在し得ない。動画の再生回数やフォロワー数でしか評価されないんじゃないかと思った。たとえば、彼ら彼女らが社会問題にコミットしたくてガザの問題について掘り下げたいと思って動画を上げる。でも、フォロワーの数が多ければ最初のほうは動画を見てもらうことができるかもしれないけど、なかなか持続しないんじゃないか。内容のある作り手の深いメッセージとかを伝えるのは難しいメディアなんじゃないかと思うんです。

岩尾 そうすると、ただ注目を浴び続けるためだけに動画を上げることにしかならないですね。

上田 そうなんです。表層的な興味を集め続けないといけなくなる。本来は多くの人に注目してもらって、何をやるか中身が問われるはずなんです。でも、いまはとにかく興味を惹いて見てもらうことだけに必死になって中身は空虚。これはYouTuberだけの話でなく、社会の色んなところで起こっている現象のように思うんです。

岩尾 おっしゃる通りだと思います。『世界は経営でできている』でも書いたのは、手段が目的を追いやっていないかということです。注目を浴びるのは手段だったのに、目的になってしまった。「何のためにやっているんですか?」という問いは相手をバカにしているように聞こえてしまうところがある。「これだけ多くの人が見てるんだからなんか文句ある?」みたいに返されて終わりというか。

上田 出版業界でも似たようなことが起こっています。本という形態は自分が考えている思想や物語をより深く伝えるために存在するはずですね。そういう思想なり物語が読者に徐々に広がってゆく本が〝いい本〟だった。いまはそれが中身はともかく、多く広がる本=売れる本が〝いい本〟になってしまっている。本を多く広げることが目的になってしまっているように感じます。

岩尾 目的と手段が逆転してしまっている。

上田 僕は純文学を書く小説家なので、そこは売れるかどうかより、やっぱり内容で勝負すると言い続けないといけないと思ってますけどね。

岩尾 1978年にノーベル経済学賞を受賞したハーバート・A・サイモンという人がいるんです。彼が60年代後半に、こういう予言をしているんです。かつては世の中において〝情報〟が希少価値だったと。それで、本や新聞、ラジオやテレビにみなが群がる。でも、その情報が多岐にわたると、どの情報に注目するかが大事で、これからは〝注目〟が希少価値になるだろうと。それは50年以上前なんだけど、現代がまさに彼の予言通りの社会です。

上田 電車やタクシー、いまはエレベーターや公衆トイレの鏡にまで広告がありますね。

岩尾 また、企業もうまい動画を作るんですよ。耳に残る歌とかダンス、または不安を煽るようなキャッチコピーをつけたり。「これは何だ?」って思わず僕も電車で〝注目〟しちゃう(笑)。

上田 誰がどう見てもこの状況は変ですよ。世の中こんなに〝注目〟だらけだから、「あなたの言っていることは、注目を惹くだけに注力して中身がなくて空虚だぞ」と指摘することは簡単だと思うんです。でも、いま難しいのは空虚であればあるほど影響力を持ってしまうことです。

岩尾 空虚というのは、その人に言いたいことがないということですよね。世の中の求めている雰囲気や流れをうまく読んで、いわばアンプに徹して〝注目〟を浴びればいいだけなんですよね。

上田 ある種、〝注目の奴隷〟になっている。僕が『多頭獣の話』で書きたかったのもそのことで、〝注目〟というものにモチベーションを失った人気者が途端に重力に引かれて地上に堕ちてしまうようなイメージがあったんです。

岩尾 空虚なことを言っても金が稼げることが問題なんですよね。

上田 注目の奴隷となっている人を支持する人がたくさんいるからですね。だから、僕はやっぱり〝注目〟が価値だという世界はまだ続くんじゃないかとも思うんです。

岩尾 ただ、みんなすぐ忘れて、そのスピードが速い気がする。少し前まで『バチェラー』というネット番組が人気だったけど、番組終わったら誰が「バチェラー」だったとか忘れていませんか。

上田 ああ、たしかに覚えてない。

岩尾 だから、ずっと同じ人が注目を浴び続けるというのは難しいんじゃないかな。特にネットで有名になった人はパーッといなくなってしまう印象がある。長くテレビに出ていた人は、情報というのが価値だった時代の人だから、内実のある人気者になれるんでしょうけどね。

上田 この状態も由々しきことなんだけど、文化の段階で踏みとどまっているのだとすればまだマシかもとも思う。というのも、僕が危惧しているのはこの空虚な〝注目経済〟が将来的に大きくなって、たとえば、生命工学の発展で寿命が延びる技術ができましたとなった場合です。お金さえあれば、逆に言うとお金がある人だけが、自分の寿命を延ばしたり、人生を設計できるようになる。そうすると、生きる目的とか、人生自体の中身はどうでもよくて、表面的な長い時間をお金で獲得することが価値となり目的になってしまうような社会がくるかもと。これは極端な想像だけど、そんな世界の先にある未来のビジョンに不安を覚えてしまう。そういう未来の中で小説に何ができるんだろうとかも考えるんです。

岩尾 人気者が言っている内容の空虚さに気づかなくても、さすがに空虚なことを言っている人気者が次から次へと変わっている、このスピードの速さには気づくんじゃないか。あまりに瞬時に〝注目〟も変わるし、ネットとかはとにかく情報の速さが勝負ですからね。この速さは疲れますよ。数年前に、宇野常寛さんが『遅いインターネット』(NewsPicks Book)というタイトルの本を出していたけど、これからは〝遅さ〟というのが価値になる気がします。

上田 おっしゃる通りで、僕は小説を〝遅効性のメディア〟だと思っているんです。小説は、ネットのように〝速効性〟はないんだけど10年後、20年後も作用する力があるんじゃないかと。実際、「太陽」でデビューしてかれこれ11年以上が経ちましたが、いまだに新鮮な驚きを得たという感想をいただくことがあります。あの作品の世界観は、当時は荒唐無稽と受け止められがちでしたが、いまのほうが広範に受け入れられている印象もあります。

著者情報

小説家

上田岳弘

うえだたかひろ

1979年兵庫県生まれ。2013年「太陽」で第45回新潮新人賞を受賞しデビュー。15年「私の恋人」で第28回三島由紀夫賞、18年『塔と重力』で第68回芸術選奨文部科学大臣新人賞、19年「ニムロッド」で第160回芥川龍之介賞、22年「旅のない」で第46回川端康成文学賞を受賞。他の著作に『異郷の友人』『キュー』『引力の欠落』『最愛の』『K+ICO』などがある。

経営学者

岩尾俊兵

いわおしゅんぺい

慶應義塾大学商学部准教授。1989年、佐賀県有田町生まれ。東京大学博士(経営学)。第73回義塾賞、第36回組織学会高宮賞(論文部門)、第37回組織学会高宮賞(著書部門)、第22回日本生産管理学会学会賞(理論書部門)、第4回表現者賞等受賞。著書に『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』(光文社新書)、『13歳からの経営の教科書』(KADOKAWA)、『日本“式”経営の逆襲』(日本経済新聞出版)、『イノベーションを生む“改善”』(有斐閣)『世界は経営でできている』(講談社現代新書)などがある。

関連記事