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【年表解説】ワールドカップの歴史(第9回メキシコ大会~第15回アメリカ大会)

イミダス編

第11回: 1978年アルゼンチン大会(開催期間1978年6月1日~25日)

出場国・地域: 16

予選参加国・地域:106 出場枠 欧州8.5(+前回優勝国西ドイツ)、南米2.5(+開催国アルゼンチン)、北中米カリブ1、アジア・オセアニア1、アフリカ1

欧州:イタリア、オーストリア、オランダ、スウェーデン、スコットランド、スペイン、西ドイツ、ハンガリー、フランス、ポーランド

南米:アルゼンチン、ブラジル、ペルー

北中米カリブ:メキシコ

アジア・オセアニア:イラン 

アフリカ:チュニジア

優勝国:アルゼンチン

得点王:マリオ・ケンペス(アルゼンチン) 6得点

決勝:1978年6月25日(ブエノスアイレス)アルゼンチン3-1オランダ (延長)

 

グループリーグ表 1次リーグ(勝ち点:勝ち2、分け1、負け0。各グループ1位と2位が2次リーグ進出                    

                                            2次リーグ

 

決勝

*第11回の開催地はアルゼンチン。これまで4度も開催地に立候補しており、実に40年をかけての開催実現となった。しかし、当時のアルゼンチン国内は軍部が政権を握り、きわめて政情が不安定であった。そうした治安情勢から開催を不安視する声もあったが、ときの政府は開催を支持。政府と対立を深めていた左翼ゲリラも大会期間中はテロを行わないという声明を出した。

*前回優勝国の西ドイツはフランツ・ベッケンバウアーが大会前に代表引退。準優勝したオランダのエース、ヨハン・クライフは参加を辞退(政権に抗議したためと当時は言われたが、政情不安で誘拐される恐れがあるためだったと後年語っている)。スター選手2人の辞退は世界中のサッカーファンを失望させた。

*今大会で成績が振るわなかったフランス代表だが、前代未聞の失態を演じてしまった。1次リーグ3試合目のハンガリー戦で、ハンガリー代表のユニフォームが白にもかかわらずフランス代表も白のユニフォームを持ってきてしまったため、急遽地元クラブの緑と白のユニフォームで試合に臨むことになった。結果は3-1でフランスの勝利。フランスはスウェーデン大会以来の出場で、実に20年ぶりの勝利だったが、1次リーグ敗退となる。のちにスーパースターとなるミシェル・プラティニも今大会で初のワールドカップ出場を果たしている。

上下がちくはぐなユニフォームでプレーするプラティニ(写真:L’EQUIPE/アフロ)

*優勝はアルゼンチン。地元の熱狂的な応援も後押しし、初優勝で国内の暗いムードを払拭(ふっしょく)した。そんなチームの中心にいたのが、マリオ・ケンペス。トレードマークの長髪をなびかせ、豪快なプレースタイルから「エル・マタドール(闘牛士)」と呼ばれ、6得点を決め得点王を獲得した。

ゴールを決めて喜ぶケンペス(写真:picture alliance/アフロ)

*今大会からPK戦が導入された。ただ、いずれの試合も延長戦で決着がついたためPK戦は今大会では行われなかった。全体的に試合内容が乏しく、いくつかの試合では「八百長疑惑」も上がるなど低調な大会とも言われる。

悲願の初優勝でワールドカップトロフィーを掲げるアルゼンチン代表(写真:Action Images/アフロ)

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イミダス編

いみだすへん

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