第5回 19世紀の少年ジャンプ?
樫原辰郎(映画監督/脚本家/評論家)
ただし、『火の海』で描かれた日本は、本当の意味での当時の日本ではない。実際の日本にはいないような、怪しげな宗教家が怪しげな行動をしており、随所にフィクションが盛り込まれている。いやもちろん、当時の日本にも怪しげな新興宗教はあったわけだが、大抵の先進国には怪しげな新興宗教があるものですから、わかりやすい狂言回しとして架空の宗教キャラを盛り込んだのだろう。いやまったく、映画人というのは、まるで自分が見てきたかのように映画の中に嘘を盛り込むのである。火山の噴火といった自然現象は物語ではないけれども、それによって右往左往する人々がいれば否応なしにドラマになる。巨大な船が氷山と激突して沈没するのは物理学で説明できるけど、その船に乗っていた人たちにはそれぞれの人生があるから、その船に乗っていた人の数だけドラマが生まれるわけですよ。実際、タイタニック号が沈没した事件があった1912年の5月に、『Saved from the Titanic』という映画が公開されている。タイタニック沈没から1ヵ月しか経っておらず、世界最速の映画化だった。上映時間は約10分、フィルムは残っていないものの、世界初のタイタニック映画だ。同じ年の8月にはドイツで『In Nacht und Eis』(夜と氷の中で)という作品が公開されている。こちらは35分くらいあって、実際のタイタニック号のニュース映像と、ミニチュアセットを組み合わせた見応えのある映画になっている。そして10月にはフランスで『La Hantise』という、これまたタイタニックをネタにした映画が公開され、この年にノーベル文学賞を受賞したドイツのゲアハルト・ハウプトマンは事件をベースに『アトランティス』という小説を執筆し、それが翌年デンマークで映画化される。イタリアの『タイタニック』は1915年の作品だ。それ以降も、タイタニック号の事件にインスパイアされた映画やテレビドラマは星の数ほど作られてきた。皆さんもよくご存じであろう、船の舳先でレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットがたわむれる場面が有名なジェームズ・キャメロンの有名な映画は氷山の一角にすぎない。
1997年に公開され大ヒットした『タイタニック』の一場面(写真:Everett Collection/アフロ)
桜島の噴火を描いた『火の海』にしろ、一連のタイタニック映画にしろ、作り物のドラマでありながら、実際に起きた出来事であることが売り物になっており、ドキュメンタリーとドラマは違うものだというジャンル分けの概念を超えているわけだが、19世紀に小説や舞台劇でヒットした『スウィーニー・トッド』の物語が「本当にあった怖い話」のようなスタイルで描かれていたことを思い出してほしい。嘘っぱちのフィクションを大ヒットさせるためには、本当にあったかのようなリアリティというスパイスが有効なのだ。
映画はとにかくお金になる産業だったから、映画の作り手たちは映画のネタ探しに追われることになった。ヒットする映画になりそうなネタならなんでも映画化してやるぞ、というのが20世紀の映画人である。何しろ映画というのは人手はかかるし金もかかる。頑張って作った映画にお客さんが来なければ大変な損害となる。映画製作というのは基本的に博打のような仕事なのだ。だからこそ、20世紀の映画人たちは、19世紀のヒットコンテンツである小説をこぞって映画化しようとした。
お客さんに物語を与えるという点では、小説と映画は似たようなメディアだから、大ヒットした小説を映画化すれば大ヒットするだろう、と考えるのは間違ってはいない。
ただし問題がひとつあって、小説も映画も物語を提供するという面では同じ機能があるわけだが、活字と映像というのは根本的にはかなり違いのあるメディアである。大ヒットした小説を、そのまま映画化したら大ヒットしました!というのが理想なんだけど、そもそも映画化には向いていない小説もあるわけですよ。それは少し考えたらわかることなんですけど、何しろ映画がヒットしたら物凄く儲かるので、本来なら映画化できないような原作であっても、無理強いするようなやり方で映画にしてしまうようなことが多々あったのが20世紀という時代なのだ。