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常識を疑え!

かつてのサブカル・キッズたちへ~時代は変わった。誤りを認め、謝罪し、おずおずとでも“正論”を語ろう

香山リカ(医師)

 いや、単に「間違っていた」というのは言いすぎかもしれない。そこからはたしかに新しくて質の高い音楽、美術、映像、文学や評論、マンガ、ゲームなどが次々に生まれ、私を含む多くの人を楽しませ、救い、産業になって経済を活性化させた。私は86年に東京の私立医大を卒業し北海道で研修医となるのだが、最後まで「いま世界の最先端のカルチャー都市である東京を離れてよいのか」とふんぎりがつけられなかったほどだ。
 とはいえ、当時、私たちは大きな前提を忘れていた。それをあえてひとことで言うなら、「人権意識」となるだろうか。
 実は、この「人権意識を忘れていた」というのも正確ではない。たとえば、私がいちばん最初に携わったサブカル誌には、女性を凌辱するようなグラビアや、障害者を笑いものにするような漫画もときどき載っていた。ただ、意外に思われるかもしれないが、当時の編集部には差別、排除の雰囲気はまったくと言ってよいほど感じられず、たとえば私自身、当時は「若い女性」であったのだが、それを理由にハラスメント的な扱いを受けたこともなかった。やや言い訳めいて聞こえるかもしれないが、「従来の権威主義的な文化へのカウンター」としてあえてエロティシズムやグロテスクなもの、社会で「タブー」とされていた表現などを取り上げて社会に突きつけたのだ。もっとわかりやすく言えば、「本音では女性差別、障害者差別、外国人差別、貧困者差別などの意識があるのに、うわべだけ“差別はやめましょう”、“人間みな平等”などと言う教育者や政治家など“おとなたち”の“化けの皮”をはがして嘲笑したい」というところか。
 ただ、繰り返しになるが、これはあくまで「いま思えば」と現時点からその頃を振り返り、正当化のバイアスをかけた説明でしかないことは、私自身よくわかっている。その証拠に、もし本当にそう主張したいなら「あなたたちの言う“差別はやめましょう”や“人間みな平等”は欺瞞だ」と、はっきりおとなたちを批判すればよかったはずなのに、当時の私や私がかかわっていた媒体ではそうしなかった。そのかわりに、あくまでその人たちを嘲笑するために露悪的な表現をし続けた。相手に向き合って議論し、改心を促したい、などという気はさらさらなかったわけだ。
 ハタチになったばかりの私が強く影響を受けたムックに『センス・パワー!』(別冊宝島、1980年)というものがある。この中でもとくに秀逸な章「ポップ・アヴァンギャルド」には、「病気が今一番新しいポップ・アヴァンギャルドだ」「ビニール、プラスチック、プランクトンうようよ」「パラノイアックなフラグメントをどう生かすか」といった項目があった。そこには「意味がある/ない」とか「役に立つ/立たない」といった評価はなく、要は「センス」がすべてであった。これも先述したことと同様に、凌辱、差別表現があったとしても、そのウラにあったのは「建前とは裏腹に実は差別意識いっぱいの“おとな”を嘲笑したい」という思いだ。それをわかる「センス」を持った人だけがその嘲笑を共有してくれればいい、と考えたのである。
 ここではこれ以上、立ち入って流れを追うことはしないが、その部分がさらに先鋭化していったのが90年代の「悪趣味・鬼畜」と呼ばれるサブカルの世界のブームといえる。そして、小山田氏の当時のインタビューは、その中で生まれたものなのである。

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 ただ、こうやって当時を振り返って説明しながらも、私はたまらない歯がゆさを感じる。こういった文化論的な振り返りやその中での差別的表現やいじめ告白インタビューの位置づけを行ったところで、なんの意味もない、ということが自分なりによくわかるからだ。
 では、当時そうやって人権意識をないがしろにしていた当時の文化そのものをどう位置付けるのかと考えると、これはさまざまに生まれた先進的なカルチャーを差し引いても、「意味がなかった」どころではなく、その後の日本にとって「非常に有害だった」という方が正しいのかもしれない、とさえ私は思う。
 2000年代の終わりになって、ネットの中で、さらには路上でも在日コリアンへのおぞましい罵詈雑言どころか虐殺をほのめかすようなヘイトスピーチが目につくようになってきた。
 私は、2010年代になってはじめて街頭のヘイトデモをこの目で見たとき、強い衝撃を覚えた。それは単に「彼らの言葉がひどいから」だけではなく、それが80年代、90年代を通して私がかかわってきたポストモダン文化やサブカルの延長線上にあるものに見えたからだ。
 ――ヘイトデモに参加している人たちは、80年代から90年代にかけて、「おもしろいから、センスのよい笑いだから」とか「もちろん人権は大切だとわかった上で、世の中の正論を嘲笑しているから」という大義名分のもとに私たちが作ってきたサブカル的、悪趣味・鬼畜的な表現を、現実の世界で真剣に実行に移しているのだ……。
 ここで参加者たちに、サブカルやそこから派生した「悪趣味」に浸かっていた人たちが、「われわれはあくまで欺瞞に満ちた当時のおとなを嘲笑していただけで、本気に差別しようとしていたわけではない」「リアル世界での差別煽動をしたいだなんて想像もしてなかった。やめてくれ」などとあわてて止めようとしたところで、通用しないことは目に見えている。「僕たちは、あなたたちがサブカル雑誌で、サブカル人脈から出てきた監督たちがAV映像で、それぞれやってきたことを実際にやっているだけです」と言われたら、なにも反論できないだろう。
 私は最初にヘイトデモを見たときから、「大きな声でヘイトスピーチを糾弾し、人権の大切さを主張する人」になった。知人の中には「ずっと“おもしろくてやさしい精神科医”というソフトなイメージでやってきたのだから、ここに来てゴリゴリの人権派になるのは損だ」と助言してくれる人もいた。実際に企業が絡んだような仕事はほとんどなくなった。大学には「許可が出ているデモに反対するような、違法でエキセントリックな人間が教員を務めてよいのか」という苦情が毎週のように寄せられ、大学幹部から聴き取り調査が行われるなどして学内での立場が悪くなった。しかし、私には「イメージがダウンするから反ヘイト路線は隠しておこう」などと考える余裕は、もはやまったくなくなっていた。

 今回の小山田氏の一件は私に、自分がたどって来た道とそこで生まれた、いや私も生んできた間違いを突きつけた。
 では、当時の文化にかかわってきた人たちは、どうすればいいのか。「私は間違っていました」と謝罪して、そっと文化の表舞台から姿を消せばいいのだろうか。もちろん、あやまちの認識と謝罪は必要だろうが、そこでさらなる文化を生み出すことで自分なりの“総括”や“清算”をすることは不可能なのだろうか。

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 そんな中、一本の映画が“希望”を与えてくれた。
 2021年5月の日本公開以来、好調にロングランを続けている『アメリカン・ユートピア』だ。
 監督はスパイク・リーだが、全編を通して登場するデイヴィッド・バーンの映画と言った方がわかりやすいかもしれない。映画といっても、これはバーン氏の同名のアルバム(2018年)発売後、彼のツアーコンサートをブロードウェイで舞台化し、そのショーをほぼそのまま撮ったものなのである。

ブロードウェイの舞台『アメリカン・ユートピア』。出演者12人のうち中央手前がデイヴィッド・バーン(2019年10月20日)

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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