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常識を疑え!

かつてのサブカル・キッズたちへ~時代は変わった。誤りを認め、謝罪し、おずおずとでも“正論”を語ろう

香山リカ(医師)

 デイヴィッド・バーンは、現在69歳。スコットランドで生まれ、幼少期に一家でアメリカに移住した彼は、美術系大学の同級生らとロックバンド「トーキング・ヘッズ」を結成し、1977年にアルバムデビュー。電子テクノロジーを使った都会的なテクノポップを得意としていたが、80年にアフリカン・サウンドを取り入れたアルバム『Remain in Light』が世界的に大ヒットした。強烈なビートに乗せられる歌詞はどれも抽象的で断片的で、そこにどんなメッセージが込められているのか、容易にはわからない。いわゆる西欧的な文明や社会への批判とも取れるし、逆にそこまでの深い意味はなく、テクノとアフリカン・サウンドの融合という実験のようにも思えた。
 81年と82年にはトーキング・ヘッズはワールドツアーで日本を訪れ、私も見に行った記憶がある。端整な顔立ち、長身痩躯を白シャツと黒いスーツで包んだデイヴィッド・バーンはただただ恰好よかった。それまでのロックミュージシャンのようなワイルドさとはかけ離れ淡々と演奏をこなす彼らは、ライブを楽しんでいるようには見えなかった。さらにステージからのトークも少なく、観客はほとんど無視あるいは拒絶されているようにも感じたが、当時はそれさえ知的でクールに思えたのであった。

 そして、それから実に40年。
 映像の中、70代を間近にしたデイヴィッド・バーンは、白髪で顔の皮膚もややたるみ、太ってはいないがもはや痩躯とはいえない。灰色のスーツ姿はいまでも十分、魅力的とはいえ、他の若いメンバーと並んでダンスをする姿はやはり“年相応”だ。
 そのショーでは、トーキング・ヘッズ初期から最近のソロ曲まで約20曲が休みなく演奏される。あいだにはときどきごく短いトークが入る。舞台のセットは何もなく、12人のメンバーは男女とも全員、灰色のパンツスーツで裸足。楽器は無線化されているので、誰もが演奏しながら歌い、ダンスもする。
 音楽的にもとても質の高いパフォーマンスなのだが、何より驚いたのは、あのデイヴィッド・バーンが率直に“正論”を語ったことだ。それは、「私は人に会うのが苦手です。でも会わなきゃならない」といった個人的なことから、「移民なしでは私たちはどうにもなりません」といったいまのアメリカ社会についての意見、さらには「地方選挙の投票率を知っていますか? 地方からでも改革はできます。選挙人登録をしてください」「自分の脳を超えて、他者とのつながりを作っていくのです」といった聴衆への呼びかけにまで及んだ。また、演奏の中で片膝をつくポーズ(注:主にスポーツ大会における国歌演奏などのときに片膝をつき、黒人への暴力などの人種差別に対し抗議を示す行動)の映像を流したり、女性歌手のジャネール・モネイが2017年のワシントン女性デモで、過去の射殺事件で犠牲になった黒人たちの母親らといっしょに歌った『Hell You Talmbout』を演奏したりすることで、人種差別へのはっきりとした反対の意思を示した。
 この『Hell You Talmbout』を歌う前には、ジャネール・モネイに「白人でいい年の男性だが、この曲を歌ってもよいだろうか」と確認して許可を得た、というエピソードが披露され、「私にも“内なる変革”が必要です」とつけ加えられた。トーキング・ヘッズが解散して長いとはいえ、その後も個人で、さらに近年は名プロデューサーのブライアン・イーノと組むなどして数々のアルバムを出してきたデイヴィッド・バーンを知らない人は、音楽の世界にはまずいないと思われる。それが、30歳以上も年下の女性歌手に「あなたの歌を歌ってよいか」とおずおずと許可を求めた、というのである。

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 こうして考えると、『アメリカン・ユートピア』はまるごとデイヴィッド・バーンの「内なる変革」の物語だともいえる。
 実は彼は昨年9月1日、SNSでひとつの謝罪を行った。1984年にトーキング・ヘッズのプロモーションビデオの中で、顔を黒や茶色に塗って有色人種に見せる、いわゆる「ブラック(ブラウン)フェイス」という演出を使ったことに対してだ。そのときの一連のツイートや各メディアによるインタビュー映像などはいまも閲覧可能だが、その中のひとつ、日本版『ローリングストーン』のサイトに今年の5月に掲載された記事から彼自身の言葉を紹介しよう(「デイヴィッド・バーンが語る『アメリカン・ユートピア』、トーキング・ヘッズと人生哲学」、2021年5月27日)

「僕自身はあのことはすっかり忘れていてね。まずはこう思った。『なんてこった、これは酷いな。時代のいかに変わったことか。そして、僕自身もどれほど変わったものか』けれど、すぐにこう考えた。『よし、ならこいつは自分で引っ張り出してやることにしよう。大袈裟にするつもりはないが、でも自分から口に出すことで、自分の問題として受け止めるんだ。そしてみんなにも、僕が成長し、変わったことがわかってもらえるはずだと願おう』」

 彼が住むアメリカの現実を見てみれば、『アメリカン・ユートピア』のショーが行われていた2019年当時はトランプ大統領が政権を握り、移民排斥、人種差別の放置などが進み、一部の富める人がどんどん資産を増やして格差は拡大するばかりであった。若いときのバーン氏なら、もしかしたらトランプ大統領や支持者を“愚民”と考え、「バカな人たちだ」とハナで笑いながら、自分は現代音楽から民族音楽までの膨大な知識を生かし、ますますマニアックな音楽作りに励んだのではないか。いや、本当はいまでもそうしたいのかもしれない。
 しかし、いつの頃からか、「これでよいのだろうか」という自問が始まったのだろう。そして、自然と社会に対して批判も含めた主張をするようになったというよりは、「内なる変革が必要だ」と考えて、かなり意識的にそうするようになったのではないだろうか。作品を見ていても、人ぎらい、感情の抑制、センスのよさや知的であることへの異様なこだわりなど、その本質は昔と変わっていないことがわかるからだ。
 デイヴィッド・バーンが自ら強引に「内なる変革」を行い、おずおずと正論を語りながら歌い、踊ったショーは、スパイク・リーの手でとても力強くかつチャーミングな映画に仕上がった。そしてそれがいま、日本でもヒットしているというのは、ひとつの希望ではないだろうか。さらに言えば、これは前半で述べたような、すべてを相対化し、対象と距離を置き、怒りを抑制して冷笑的な態度を取るという“ポストモダンしぐさ”から脱却し、さらに新たなクリエイションで人びとにメッセージを与えることは可能である、ということを示す、壮大な試みにもなっていると思うのだ。

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著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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