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連載

「9月入学」議論の問題点~若者のミカタをパフォーマンスにすることの責任

第7回

大内裕和(武蔵大学教授)

 5月25日、政府の新型コロナウイルス感染症対策本部において、21日の宣言解除から外されていた特定警戒5都道県(北海道、埼玉県、千葉県、東京都及び神奈川県)に対する緊急事態宣言が解除されました。これは全都道府県における緊急事態措置の実施終了を意味します。6月に入ってから、臨時休校が続いていた地域でも学校が再開されました。

 この間、教育分野で大きな議論となっていたのは、「9月入学」についてです。きっかけとなったのは高校生からの訴えでした。ツイッターでの発言やネットでの署名活動で、高校生が学校の入学時期を「4月から9月へ」と主張したことから、9月入学の議論が始まりました。

 大阪の高校生が始めたネット署名における、9月入学を主張する論拠は次のようなものでした。

・全国一律で8月末まで休校にすることで9月から平等な教育を受けられる可能性が高い

・入試等もそれに準ずることで混乱を抑えることができる

・海外の学校と足並みを揃えることによる留学の推進

・かけがえのない青春を取り返すことができる

 この「9月入学」にメディアががぜん注目したのは、都道府県の知事たちが動き出してからです。東京都の小池百合子知事が4月28日、「社会を大きく変えるきっかけになる」と賛成の立場を表明すると、翌29日には大阪府の吉村洋文知事が「グローバルスタンダードだ」と賛同しました。安倍晋三首相も同日、衆議院予算委員会で「これぐらい大きな変化がある中では、前広に様々な選択肢を検討していきたい」と発言したことで、「9月入学」議論に火がつきました。

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 全国知事会は4月30日、「新型コロナウイルス感染症対策に係る緊急提言」を公表し、政府に9月入学の検討を求めました。それに対して教育の専門家からは、異を唱える動きが始まりました。

 苅谷剛彦オックスフォード大学教授らの研究チームは5月19日、学校の始業や入学の時期を9月に移した場合のシミュレーションを行い、2021年から導入すれば初年度に小学校の教員が約2万8000人不足すること、学級数も約1万7000増え、これに伴う教員給与などで国や地方自治体に約2600億円の追加支出が必要になること、子どもが保育所に5カ月間延長して在籍するため、約26万5000人の待機児童が生じること、などの試算を発表しました。

 また、一般社団法人日本教育学会(広田照幸会長)は5月22日、提言「9月入学よりも、いま本当に必要な取り組みを――より質の高い教育を目指す改革へ」を発表し、文部科学省で記者会見を行いました。

「9月入学」導入によって各学年で入学時期が5カ月延びると、6.5兆円前後の財政・家計負担が生じること、私立学校に納められるはずだった4~8月分の学費補てんに2兆円、家計負担も2.5兆円掛かるなどの試算を公表。そのため9月入学は導入せず、初年度は1.3兆円を掛けて子どもの学びの保障や心身のケアのために教職員を増員し、ICT(情報通信技術)環境を整備するべきなどと提案したのです。

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 こうした教育の専門家からの批判的提言によって、9月入学導入の動きは弱まりました。萩生田光一文部科学相は6月5日の閣議後記者会見で、新型コロナウイルスの感染拡大による学習の遅れの解決策の一つとして検討してきた9月入学について、「制度として直ちに導入することは想定していない」と導入見送りを正式に表明しました。

 この議論を皆さんはどのように思われますか? 4月に出された高校生からの「9月入学要望」のポイントには、3月2日からの「全国一斉休校」要請以降、通常の学校生活が送れない中で、9月に入学・新学期の開始をずらすことで「失われた学校生活」を取り戻したいとありました。

 しかし小池知事や吉村知事、安倍首相を始めとする政治家の皆さんは、高校生からの要望に誠実に応えるのではなく、「グローバルスタンダードに合わせるための9月入学」へと論点を強引に移してしまっています。これでは「若者のミカタ」とは言えません。「若者のミカタ」のようなポーズを取りながら、自分たちの主張を正当化することが狙いとなっています。

 9月入学は1987年の臨時教育審議会第4次答申以降、2013年の東京大学の秋入学断念まで、日本では採用されず何度も挫折してきた経緯があります。政治家は教育の専門家ではありませんが、9月入学を改めて主張するのであれば、その経緯をきちんと理解したうえで発言すべきであり、そうでなければ無責任だと私は思います。

 ですが彼らの9月入学導入の主張には、そこが欠けていました。そのため、むしろ9月入学導入の主張は、彼らにとって自分たちが「改革派」であることを世間に派手にアピールするための一種のパフォーマンスとしての意味合いが強いとの印象を受けました。

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 高校生の要望から始まった9月入学導入の議論は、「グローバルスタンダードに合わせるため」と論点が移されたことで、政治家の自己PRのためのパフォーマンスに利用されてしまいました。コロナ感染拡大によって「失われた学校生活」を取り戻すための「9月入学」と、保育園・幼稚園や受験学年以外の来年度「9月開始」とは全く別物です。両者を明確に分けずに要望を出してしまったことに、高校生側の立論の弱点がありました。しかし、その弱点を半ば利用して「グローバルスタンダードに合わせるための9月入学」へと論点をずらしたのは政治家の皆さんです。

 今、求められているのは、しっかりとした財政的検証もなされずに、政治家によって派手に主張された「9月入学」ではありません。「コロナ災害」に伴う休校措置によって、小中学校や高校で通常通りの授業や行事を実施することが困難となる中で、生徒たちの学習権を守るために十分な時間や環境を確保する地道な取り組みが何よりも重要です。特に高校入試を控えた中学3年生、大学入試を控えた高校3年生については、きめ細かな対応が不可欠といえます。

「コロナ災害」下では、例年と同じ時期に、例年通りの出題範囲で入学試験を実施することは困難です。6月から学校が再開されるといっても、「分散登校」を実施しながら通常のスピードで授業を進められるでしょうか? 夏休みの短縮という手段もありますが、近年の日本の暑さは熱中症のリスクも含めて学校教育には向きません。例年よりも短い期間で入試範囲を終わらせようとすれば、1日の授業時間数の増加や学校行事の廃止など、生徒たちが充実感を得られない、無理やりな学校生活を強いられることになります。

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 重要なことは、特に中学3年生と高校3年生に対して、できるだけ早く入試の時期と試験範囲を伝えることです。入試時期を遅らせるか、出題範囲を制限するかができれば、学校生活に余裕が生まれます。公立高校入試は都道府県単位ですから、休校による学校間の授業の進度の差はそれほど大きくなりません。試験範囲を限定することができれば、入試時期を大幅に遅らせる必要はなく、4月の入学時期の変更も少なくて済みます。出題範囲の制限に対応して、高校入学後に中学校での学習範囲の学び直しの機会を作るべきです。

 全国単位で行われる大学入試については、学習が遅れてしまっている地域の学校のことを考えれば、通常の冬期入試とは別に、来年度の春夏のいずれかの時期に、「セカンドチャンス枠入試」実施の検討が必要でしょう。現在でもかなりの数の大学で「9月入学」や「秋入学」は実施されています。平時の厳格な定員管理を緩和し、大学の「9月入学」や「秋入学」の定員枠を増加させること、複数回入試や4月の入学者減少のために必要な大学への財政支援を政府が行うことが求められます。

 上記のプランに加えて、新型コロナウイルス感染が今後再び拡大した場合のプランも準備し、それをできる限り早く中学3年生と高校3年生に示すべきです。生徒たちの不安を可能な限り軽減し、落ち着いて学校生活を過ごせる環境を作り出さなければいけません。全ての小中学生と高校生に対しては、「学習権」を保障する取り組みが重要です。新型コロナウイルスの感染再拡大の可能性がある以上、オンライン教育の充実は必要不可欠であり、政府はそのために十分な財政支出を行う必要があるでしょう。

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 また、現行の40人を基準とするクラス人数は「3密」状態を作り、感染リスクを避けることができません。教員の定員増によって「20人」を基準とする少人数クラスを目指すべきです。少人数クラスの実現は、教員の負担軽減と生徒一人ひとりを丁寧に教えることができる教育環境を生み出します。

 一斉休校などによって減ってしまった授業時間内で、通常の学習範囲を終えようとすれば、無理な詰め込み教育へと走り、子どもたちに新たなストレスや学力格差の拡大をもたらしかねません。学習指導要領の運用を弾力化し、「学習内容の精選」を進めることが大切です。感染症対策として毎日の消毒、清掃、健康チェックなど、学校ではこれまでにない業務が増加します。教員の過剰労働を助長しないよう、感染症対策用の人員を新たに確保することが望ましいでしょう。 

 感染リスクを可能な限り避けながら、子どもたちの学習権を保障するためには、周到な準備と丁寧な取り組みが欠かせません。4月後半から6月初旬にかけての「9月入学」議論は、それがなければ「コロナ災害」下での今後の学校教育の準備のために使うことができた貴重な時間を奪ってしまいました。この点でも、結果的に実りのなかった「9月入学」議論を活性化させた政治家の皆さんの責任は重いと思います。

著者情報

武蔵大学教授

大内裕和

おおうち ひろかず

1967年、神奈川県生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得。松山大学教授、中京大学教授を経て2022年度より現職。「入試改革を考える会」代表。「奨学金問題対策全国会議」共同代表。著書に「ブラックバイトに騙されるな」(集英社)、「教育・権力・社会」(青土社)、「ブラック化する教育 2014-2018」(青土社)などがある。

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