「若者の未来への展望」を考えるシンポジウム ~家庭の経済状況によらず、すべての人に高等教育を
大内裕和(武蔵大学教授)
2023年9月14日、労働者福祉中央協議会(中央労福協)主催の「高等教育費の漸進的無償化と負担軽減を考えるシンポジウム」がインターネットのYouTube Live配信を通じて開催されました。
このシンポジウムの目的は、同年3月8日に中央労福協と私が共同発表した「高等教育費の漸進的無償化と負担軽減へ向けての政策提言」を元に、高等教育費の負担軽減の必要性、誰もが安心して学べる社会へ向けての道筋について議論を深めることです。特に提言の核心部分である「大学・短大・専門学校の授業料を現在の半額にすること」、そして「高等教育の修学支援制度(低所得世帯に向けた大学授業料等の減免制度)の支援対象を現行の4人世帯年収380万円から600万円まで拡大すること」については世の中の注目も集まっています。
パネラーには東京都立大学人文社会学部の杉田真衣准教授、NPOキッズドアの渡辺由美子理事長、NPOしんぐるまざあず・ふぉーらむの赤石千衣子理事長、日本若者協議会の室橋祐貴代表理事という、若者支援の各分野で活躍されているメンバーが集まりました。
提言作成者の私は全体のコーディネーターをつとめ、まずは先の提言について4名のパネラーそれぞれから意見を出していただきました。
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最初に杉田氏が、先の提言の中にある学費の「親負担主義」は「親丸抱え」を意味し、こうした「親丸抱え」や「企業丸抱え」で若者を「大人」と見なしていない社会の問題性、そこから若者の「意見表明権」や「学ぶ権利」が保障されていない実態を指摘。権利を奪われた若者の多くが、孤立状態に置かれている現状も訴えられました。
渡辺氏は、子どもが高校生の段階から親は「教育ローン」など借入金が増加し、厳しい状況の世帯が多いとの現状を説明されました。また高校生からの聞き取り調査で得た、「お金がないから進路が狭まった」「兄弟も多く両親の経済的負担も大きいため就職」「部活動とアルバイトの両立ができず、退部した」「お金がかかることはしたくないので……友達自体作っていない」といった若者の悲痛な声も紹介されました。
赤石氏は、「ひとり親家庭」の深刻な実態を示した後、「国の修学支援制度があったから(子どもを)大学に行かせられた」との事例を紹介。一方で、同制度には所得制限があることから「第1区分(授業料免除)で通わせるにはどこまで働いてもいいですか?」という質問が出たことを挙げ、親の就労抑制につながっている問題点も指摘されました。
室橋氏は、学生らへのアンケート結果から学費負担軽減に向けた提言内容には全面的に賛同するも、さらなる「規模の拡大」と「スピード感のアップ」に言及されました。切迫した状況に置かれている若者の現状からすれば、この提言でもまだ足りず、しかも短期間で実現する必要があるという主張です。
4人のパネラーからポイントをよく捉えた意見が出されたことを受け、後半は(1)冒頭で紹介した提言の核心部分について、(2)提言を実現するうえで最大の障壁となる「受益者負担の論理」をどう変えていったらよいか、という2点をフリーディスカッションで議論していただきました。
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まず(1)の提言の核心部分――大学・短大・専門学校の授業料を半額にすること、そして修学支援制度の支援対象を4人世帯で年収600万円まで拡大すること――について、渡辺氏が提示した23年9月7日付の日本経済新聞の記事「子供を持つ格差 じわり 低収入層への賃上げ 急務」に添えられていた「児童がいる世帯の所得分布」のデータがよい手がかりとなりました。
そのデータには、児童がいる世帯における年収600万円未満の割合が11年に47.5%だったのが21年には36.6%へと激減、対して年収900万円以上の割合は22.6%から31.4%へ激増していることが示されていました。このことは11~21年の10年間に、年収600万円未満の世帯で子どもを産む割合が急減したことを表しています。
提言では、修学支援制度の支援対象を世帯年収600万円まで拡大するうえで「4人家族で3人が生活保護の水準で暮らし、子ども1人を大学進学させると1年間で約600万円かかる」ことを根拠として挙げています。年収600万円の世帯であっても子ども1人を大学進学させれば、残りの家族は生活保護なみの暮らしを強いられるほど厳しいという状況を示したのですが、渡辺氏が紹介したデータによれば年収600万円未満の世帯では、すでに子どもを「産めない」「産まない」の選択が広がっていることが分かります。
そもそも、この提言が作成されたのは急速に進む少子化への危機感もあってのことでしたから、修学支援制度の対象拡大の必要性をあらためて認識させられました。
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赤石氏は修学支援制度の意義を十分認めながらも、この制度との関わりで高校生の子どもをもつシングルマザーの皆さんから、「どこまで稼いでいいですか?」という質問を必ず受けるという点を強調されました。
同制度では4人家族で世帯年収380万円以下を支援対象とし、授業料免除は4人家族で世帯年収270万円以下。これが300万円以下だと上限額の3分の2免除、380万円以下では同3分の1免除と支援額に強い傾斜をかけています。こうした収入要件はひとり親世帯の場合も同様で「年収が高ければ支援額が減少する」ことになり、就労を抑制せざるを得ないシングルマザーが大勢いるそうです。「支援対象(の収入要件)を拡大できれば就労抑制の必要性は減り、多くの人が生活困窮から抜け出せるチャンスを得ることになる」と、赤石さんは発言されました。
厚生労働省が行った「令和3年度全国ひとり親世帯等調査結果報告」によれば、母子世帯の2020年の母親のみの平均年間収入は272万円(平均年間就労収入は236万円)、世帯全体の平均年間収入(平均世帯人員3.18人)は373万円となっています。そこで、修学支援制度の支援対象を4人家族水準で年収600万円あたりまで拡大できれば、シングルマザーたちが就労を抑える状況も大きく減少することになるでしょう。赤石氏は、今回の提言が「高等教育機会の平等」や「教育を受ける権利」の達成だけでなく、ひとり親世帯の生活改善にもつながることを気づかせてくれました。
さらに若者の学びや、生きるうえでの困難を軽減する可能性を示唆したのが、杉田氏の意見でした。同氏は現在の教育費の私費負担(=親負担)の重さにより、若者たちの学びや生き方が「親の状況に縛られる事態」を生み出していることを問題視しました。「親が責任を取る」ことで、大学で学ぶ学生/若者は「大人」と見なされず未熟な存在に置かれていること、それが彼らへの抑圧や孤立を促進しているというのです。教育費負担の軽減を掲げた今回の提言は、「家の事情がどうであれ、若者自身に権利があるのでそれを保障する」という意味でも若者を困難から救う可能性があると言われました。
杉田氏の指摘は、日々大学で学生と接している私にも、とても納得のいくものでした。学生の自律的な判断力や思考力を養うことを目指して教育を実践する中で、「親の状況に縛られる事態」がもたらす困難を何度も痛感したからです。提言は、教育費の「親負担主義」による教育機会の不平等に焦点を当てたものでしたが、杉田氏によってまた一つ深刻な問題を認識することができました。
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2つめの議題とした「受益者負担の論理」をどう変えていったらよいか――についても各パネラーから貴重な意見が出されました。
渡辺氏は、「貧困は自己責任である、という考え方は間違っている」という認識を示したうえで、日本人は「他人にやさしくするということを思い出さなくてはいけない」と発言されました。
昨今、多くの日本人は「自分たちはやさしい」という意識をもっています。しかしイギリスのチャリティー団体「Charities Aid Foundation(CAF)」が、人助け、寄付、ボランティアの項目評価を国別にまとめた「世界寄付指数(World Giving Index)」の18年調査において、「他人を助けたか」の項目で日本は144カ国中142位、つまり日本社会が「見知らぬ他人にやさしくない」ということを示す調査結果が出ていることを指摘しました。