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連載

スピリチュアル市場がフォローしてフェミニズムが取りこぼしたもの

雨宮処凛(作家、活動家)

 長らく、スピリチュアル好きな女性たちが、どうして自分の子宮や身体という内側にばかり目を向けるのかが不思議だった。そしてなぜ、「女は子どもを産んでこそ一人前」という保守的な空気に抵抗するような姿勢が見えないのかも。


 しかし、そんなスピリチュアル系人気そのものが〈女性たちの葛藤〉そのものであり、〈女性たちが前向きに諦めようとする態度だ〉と著者は書く。

〈あらかじめ変容への心づもりをしておけば、妊娠・出産に迷ったり悩んだりすることはないかもしれない。さらに、「家庭」という枠組みの外側に対する期待、例えば妊娠・出産する女性や育児への社会的支援、キャリアに変容をきたさない職場環境の形成などに対して、最初から当てにしないで済む。その上で、妊娠・出産する身体に聖性が付与されるなら、この身体性を生きることにもそれなりに価値がある、というようにとらえることができるだろう。〉

 ここまで書いて、改めて、自分のことを考えた。

 25歳でデビューしたフリーランスの書き手である私にとって、「妊娠・出産」という選択肢は、ほとんどSFと言っていいくらいにリアリティのないものだった。

 完全歩合制で日銭を稼いでナンボ、忘れられたら終わりの商売。かなりの売れっ子であればしばらく休んで産むという選択もあるだろうが、私自身は妊娠・出産なんかしたら仕事が途切れて産んだ子とともにリアルに死ぬと思っていた。その上、私は就職氷河期のロスジェネ。ただでさえ妊娠・出産へのハードルが高い世代だ。

 そしてそれは、周りの非正規女性たちとも共通する感覚だった。「そうとう守られている大企業の正社員であれば妊娠や出産を考えられるかもしれないけど、自分も彼氏も非正規という状態で妊娠、出産とか異次元の話」という声をどれほど聞いてきただろう。


 ここに、ロスジェネ女性の苦悩を記した一文があるので紹介したい。

「いちばん働きたかったとき、働くことから遠ざけられた。いちばん結婚したかったとき、異性とつがうことに向けて一歩を踏み出すにはあまりにも傷つき疲れていた。いちばん子どもを産むことに適していたとき、妊娠したら生活が破綻すると怯えた」

 社会学者の貴戸理恵さんが『現代思想』(青土社、19年2月号)に書いた原稿「生きづらい女性と非モテ男性をつなぐ――小説『軽薄』(金原ひとみ)から」の一部だ。

 これはそのまま私の実感にもあてはまる。

 もしかしたらそんなロスジェネ女性の苦境を見ていたからこそ、今、少し下の世代によって「妊娠・出産をめぐるスピリチュアル市場」が成り立っているのかもしれない。

 女の人生は、予期せぬ妊娠で180度変わることがある。そういうことに振り回されうる女の人生に、この社会の制度は何一つ追いついていない。そしてフェミニズムは「非正規など不安定さゆえに結婚や出産を考えられない」という声に答えてこなかったとも言える。そこをぴたりと埋めたスピリチュアル系。

 そう思うと、問題の根深さに頭を抱えたくなってくる。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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