imidas - 情報・知識&オピニオン

連載

変革への闘い

「ラテンギャング・ストーリー」5 奇跡の変身

工藤律子(ジャーナリスト)

 アンジェロの奇跡の話は後ほどするとして、ここでもう一人、奇跡に救われたギャングの話をしよう。5年前まで凶悪な若者ギャング団「マラス」のメンバーだった24歳の青年、ネリのことだ。
 彼は今、生まれ育ったスラムでNGO(非政府組織)が運営するコミュニティーセンターのパソコン教室で学びながら、教会のボランティア活動に取り組んでいる。「マラス」の取材でそのスラムを訪れた私に、10歳から19歳まで続いたギャング生活と、マラスを抜け出そうと考えた経緯を語ってくれた。
「殺しを含む数々の犯罪に関わり、死と隣り合わせの生活に強いストレスを感じながらも、僕はなかなかマラスを抜け出せなかった。マラスの仲間といれば、崩壊した家庭や世間に対する怒りを解消する方法が見つかると思っていたからだ。でも、結局は無理だった。怒りや憎しみはむしろ募るばかりだった。苦しみ悩んでいたある日、僕は不思議な体験をしたんだ」
 ネリは、暗い過去を包む重苦しい空気を振り払うように、少し興奮気味に語り始めた。
「その日、僕は敵対するグループに襲われ、こめかみに銃を突きつけられて殴られ、奴らの車に押し込まれた。走り出した瞬間、恐怖のあまり、“神様!”と心の中で叫んだら、急にタイヤがパンクして車が止まったんだ。そこで僕は必死に逃げ出した。その後、友人に誘われて教会へ行ったら、なぜか涙があふれてきた。そう、僕には神の愛が必要だったんだ」
 マラスのメンバーになることでは得られなかった心の安らぎと愛。教会でそれを見つけた彼は、マラスを抜ける決心をし、教会活動に没頭する。通常は組織を離れることすら許さないマラスも、信仰の道に入った者だけは、罰せずに見逃すらしい。仲間に追われることも敵だったギャングに狙われることもなく、無事に過ごしてきた。非情なギャングも、やはりどこかで神にだけは許されたいと願っているからだろう。
 現在は、教会に来る貧困家庭の子どもたちを支援するボランティア活動に参加し、パソコン教室に通いながら、普通の若者らしい夢も抱けるようになった。将来について尋ねると、こう答えた。
「僕は高校は出ているので、パソコンを覚えて仕事を見つけ、働きながら大学へ行きたいんだ。文学を学んで、将来は作家になりたい」
 言葉を使って表現することが大好きで、今も元マラスの仲間と共にギャングの若者たちに語りかけるラップ・ミュージックの曲をつくって、歌っているという。
「YouTubeで検索すれば、見られるよ」
 探してみると、そこにアップされているのはCambio en la calle(路上の変化)というタイトルの曲だった。彼を含む7人の元マラスメンバーが、いかにもラッパーらしいファッションで、丘の上にあるスラムの坂道でステップを踏みながら、こう歌っている。
「世の中のことをちゃんと理解していないために、路上で死んで行く――」
 かつては日が暮れた後も散歩をする人々で賑わった通りが危険地帯と化し、何の罪もない人までが容易に殺される今、本当の安らぎを得るためには、暴力や犯罪に加担していてはだめだ。世の中の矛盾を理解した上で、神と共に平穏な世の中を築かなければ。歌はそう呼びかける。
「仲間の多くは、15歳から21歳という若さで死んでしまった。世の中のことを、よく分かっていなかった。空想の世界に生きていたんだ……」
 生き残った青年は、自分と同じ境遇にあるスラムの子どもたちの面倒を見たり、年下の少年たちにギャングにならないよう働きかけることで、社会に吹き荒れる暴力の嵐を鎮めようと奮闘している。

 ネリ青年と異なり、信仰心に目覚めたのが刑務所の中だったアンジェロはまず、自らの心に愛を取り戻すことに専念し、周囲の囚人たちにも神の言葉を伝えながら、かつてないほど平穏な獄中生活を送っていた。最初は大悪党の変身に不信感を抱く者もいたが、彼の本気度が伝わるにつれて、疑いは解かれた。現代のマラスもそうだが、重い罪を背負っていると心の奥で自覚している者たちは、社会の誰も自分を許してはくれないと知る分、本気で神の許しを得ようと努力する人間を傷つけようとはしないようだ。
「刑務所に入って最初の4年間は悪魔の息子として過ごしましたが、残りの年月は神の子として生きようと考えました」
 そして毎週訪ねてくる牧師らと共に、聖書の勉強と囚人たちへの説教に励む。また、普段の生活の中でも、麻薬売買を仕切り、指示を飛ばし人を使うことで権力を誇示していた男が、悪事から手を引き、慎ましく過ごすようになっていった。彼にとって、日々の暮らしそのものが、教会の人々や信仰に目覚めた囚人仲間と歩む、神の許しへの長い道のりだった。
 アンジェロは周囲に支えられ、順調に歩みを進めた。ただ、自分の罪深さは重々承知していたため、いつ終わるとも知れぬ獄中生活の中、心のどこかで「自分にはムショ暮らしのほうが似合っている」と思い続けていた。何せ複数の窃盗以外に12件もの殺人罪に問われていたのだから、当然だろう。全部求刑通りの実刑判決が出れば、一生シャバには戻れないかもしれなかった。
「ところが刑務所生活8年目が過ぎたある夜、神が私にこうおっしゃったのです!“まもなくそこから出られるようにしてあげましょう”」
 それから数日後、彼は担当のソーシャルワーカーから、最終的な判決で刑期は計15年になったと伝えられた。
「つまり、あと7年で刑期を終えられるということでした!」
 満面の笑みを浮かべるアンジェロを前に、私は思わず、「な、なぜそうなるんですかぁ?」と、問い返した。12件もの殺人罪に問われていて、たとえそのうちの何件かが無罪になったとしても、刑期がたった15年で済むなんて、信じられない。賄賂とか何とか、裏のからくりがあるのだろうか?
「万事、私を担当してくれたソーシャルワーカーの女性のおかげでした。というのも、大半は証拠不十分で無罪とされたのですが、最も重大な殺人事件については彼女が、私が殺したのではないという証拠を示してくれたのです。被害者が私に大けがをさせられたのは確かだが、そのあと救急車で病院へ担ぎ込まれて死亡したのは、病院の治療ミスで、私が殺したことにはならないと証明したそうです」
 彼の答えに、私の疑問はさらに膨らんだ。一介のソーシャルワーカーにそんなことができるのか?
「私も彼女が一体何をどうしたのか、まったくわかりません!」
 うれしそうに、しかし自分も不思議に思っているんだという様子で、アンジェロが肩をすくめる。
「でも確かなことは、私の罪は殺人1件と強盗1件のみで、懲役15年という判決になったということです。まさに神の慈悲の現れでしょう」  
 司法制度がいい加減なラテンアメリカの国々では、確かに何でも起こりうる。裁判官を買収すれば、殺人犯が全員無罪になることだって可能だ。が、それにしても、アンジェロを担当したソーシャルワーカーの女性の行動には驚かされる。もしかすると彼女は、長年の観察を通して、この青年が明らかに変わったと確信し、チャンスを与えれば今度こそ人の役に立つリーダーになってくれるのではないかという期待を抱いて、減刑に奔走したのかもしれない。そしてその判断に、間違いはなかった。
(第6回に続く)

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

関連記事

新着記事

imidasの更新情報をお届けします。