「ストリートチルドレン」と呼ばれて18 テキオの路上活動
工藤律子(ジャーナリスト)
妊婦に寄り添う
路上でカップルが生まれ、家族が増える。その過程には、出産や健康の問題に悩む若い妊婦がいる。妊婦の定期健診や出産には、無償の公的医療が適用されるが、特別な検査や薬代などは、自分で負担しなければならない。性感染症やHIVなど、別の病気の可能性がある場合は、さらに専門的なクリニックでの検査が必要となる。そんな時、路上の妊婦が頼れるのは、ダビたちのようなストリートエデュケーターだけだ。
ダビとモイセスは、そうしたケースに対応するために、公的医療機関や各種の検査専門クリニックなどと協力関係を結び、できるだけ安く、必要な検査や治療が受けられる体制を整えてきた。この日は、ある地下鉄駅近くの屋台街で暮らす、16歳の妊婦のエコー検査に、2人揃って付き添った。地下鉄と乗り合いバスを乗り継いで、1時間以上かかる地域にあるクリニックまで行く。そこでは格安価格で検査をしてくれるからだ。少ない予算をやりくりしながら、路上の子どもや若者のニーズをカバーする。それが今の「テキオ」の活動スタイルになっている。

地下鉄駅の上にある広場には、路上カップルや若者が暮らすテント小屋がいくつも作られている 撮影:筆者
クリニックまでの道中、ダビとモイセスは、少女といつもの何気ない会話を続けた。少女は、母親とは最近、電話で頻繁に話していると言い、もし無事に子どもが生まれたら、その子と一緒に実家へ戻るつもりだと告白する。その話に、「テキオ」の2人は、少女を励まし、応援することを伝える。
たどり着いたクリニックでは、あいにくその日のエコー検査に空きがなく、少女が暮らしている所に近い同系列の別のクリニックで週末に検査を受けるよう、促された。週末勤務のダビは行けないため、その日はモイセスが1人で付き添うと、少女に伝える。
帰り道、私はダビと共に、少女をねぐら近くまで送り届けた。
「今日は、本当にありがとう」
少女は、ダビだけでなく、私にまで感謝のこもった挨拶をして、屋台街へと消えていった。彼女は現在、対立していた父親とも和解し、実家に戻って子育てをしている。
その人生を尊重し続ける
「テキオ」が寄り添い続ける「元ストリートチルドレン」の若者たち。彼らのために、ダビとモイセスが、毎年、欠かさず参加しているイベントがある。「ムンディアリート(ミニワールドカップ)」と呼ばれる、サッカーを中心とするスポーツ大会だ。もともとは、路上暮らしの子どもや若者たちが、ねぐらとする場所ごとにサッカーチームを作って、対抗戦をやっていた。しかし、近年はすでに述べたように、そういう路上集団が存在できない状況であるため、参加チームの大半は、定住施設の子どもたちやスラムの少年少女のサッカーチームで、「本物の路上チーム」は、ダビとモイセスが招集する路上青年たちだけだ。
2人は大会の何週間も前から路上をまわって、青年たちに声をかける。参加希望者には、申し込みリストに氏名と靴・Tシャツのサイズ、プレイしたい種目、署名を書いてもらう。靴・Tシャツのサイズは、参加者にプレゼントされる運動靴とTシャツの大きさを指定するためで、「プレイしたい種目」を書くのは、大会自体はバレーボールなど、ほかのスポーツも含むものであるため、サッカー以外への参加も希望できるからだ。とはいえ、路上の若者たちは、皆、サッカー対抗戦への参加を一番の楽しみにしている。
大会当日、馴染みの顔が十数人、街の北部にあるスポーツ施設の広いグラウンドに集まった。ふだんはアクティーボでフラフラしている者も、今日はシャキッとして、はつらつとグラウンドを駆け回る。最後の試合の相手は、スラムの少年サッカーチームだが、歳の差なんてどこへやら。どちらも真剣勝負の構えで、ボールを追いかける。
われらが路上青年チームは、結局、このゲームは失ったが、ほかの試合で勝利を得たため、表彰式で「健闘賞」のメダルをもらうことに。少年少女に交じって、メダルを受け取った青年たちは、子どものようにはしゃぎながら、満面の笑みで記念撮影をした。そのなかには、私が小さい頃から知る青年ホセ・マヌエルもいたので、私は彼と2人で記念写真を撮った。
ホセ・マヌエルと同じ世代の路上の友人たちの大半は、すでにこの世にいなかったり、薬物乱用のせいで廃人のようになってしまっている。そんななか、路上生活を抜け出せていないとはいえ、今でもサッカーを楽しみ、無邪気に笑えるホセ・マヌエルと会えることは、私にとっても特別なことだ。

首にかけたサッカー大会のメダルを見せるフアン・マヌエルと、筆者 撮影:テキオ
3〜4年前、私と篠田は、街中のパン屋に入ろうとした時、入り口でガムを売るホセ・マヌエルとバッタリ会った。その時は、「久しぶり!」と声をかけられるまで、彼であることに気づかなかった。精気のない姿でうなだれ、地面に座り込んでいたからだ。それを思い出しながら、今、私の肩に手をまわしスマートフォンのレンズに微笑みかける青年を見ると、改めて「生きててくれてよかった」と、思う。
そうした喜びをもたらすことができるのは、やはり「テキオ」のような活動だけ。私はそう考えている。何歳になっても、どんな状況に置かれていても、出会った路上の子どもたちのことは、1人ひとり、できるだけ理解する努力を続け、寄り添い続け、決して見捨てない。1人の人間として、その人生を尊重し続ける。それが、プロの路上活動なのだ。