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連載

止まらない人道危機、ロヒンギャ難民の実像

第1回

木村元彦(ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト)

 ゾウの紹介でロヒンギャに会うことが出来た。シットウェよりさらに北、軍事作戦が行われているラカイン州マウンドー地区に外国人ジャーナリストが行くことは困難だが、彼から情報を得られた。
「25日から民家に対する焼き討ちと非戦闘員に対する殺害や性暴力が行われている。凄く多くの人が土地を捨て、難民にならないといけなくなるだろう。そして我々ロヒンギャがミャンマーに帰還できなくなるような仕打ちがされるのではないかと心配している」
 今、読み返してもこの予言は的確だった。ミャンマー軍、警察、民兵部隊による迫害はさらにここから熾烈を極め、難民の流出は止まるどころか、加速していった。
 ロヒンギャに対する迫害は在日のミャンマー人の間でも深刻さをもたらしている。
 8月の軍事作戦を受けて、在日ロヒンギャビルマ協会は品川のミャンマー大使館に向けて、抗議デモを繰り返していた。すると何が起きたか。同協会の会長ハロンラシッドは都内でミャンマー雑貨や食料品を売る店を経営しているが、店のフェイスブックページにはビルマ文字でこんな投稿が記されていた。
「●●(店名)にはこれまでたくさんのミャンマー人が買い物に行ってあげていた。しかし、そんなふうにお世話になっているのにもかかわらず、この店の主人は最近、バングラデシュのテロリストたちと一緒にミャンマー大使館にデモをしかけている。彼らはベンガル人だ。ミャンマー人ならばこんな恩知らずの店で何も買ってはいけない。国家に忠実でない奴ら」
 在日のミャンマー難民のほとんどは民主化運動を推進して来た人々と言っても過言ではない。その彼ら、彼女らもロヒンギャ問題についてはまったく口を閉ざすか、「なぜ、今スーチーを貶めるようなことをするのか」と、結果的に現政権を批判することに、むしろ異議を呈する。複雑でまた根が深い。

バングラデシュのクトゥパロン難民キャンプ。見渡す限り、広大な山一帯に屋根がひしめく。

難民キャンプを襲う更なる苦難

 10月7日、筆者はバングラデシュのロヒンギャ難民キャンプ、バルハリテンカリクトゥパロンを取材した。詳細のレポートは11月13日発売の「週刊プレイボーイ」に記したので重複は避けたいが、大きな問題については再度記しておきたい。急増し続ける難民に対する医療支援が追いついていない。機銃掃射にやられて被弾した負傷者に何人も会ったが、外科手術ができずに彼らのほとんどが、体内に弾が残ったままであった。

クトゥパロンで出会ったアブドゥル・ハミドさん。1カ月前に撃たれた胸の傷はまだ癒えない。

 そして未成年難民の問題。国連機関の発表ではバングラデシュに逃れて来た難民の内、孤児になってしまった子どもが約2万4000人いるという。この両親を亡くした子をさらってはインドの組織に売り飛ばすという犯行が横行し始めていることだ。インドで摘発されたコンテナを開けたら、中には臓器を取られた子どもの遺体がたくさんあり、皆、ロヒンギャの子どもだったという。バングラデシュの首都ダッカから人身売買ビジネスに携わるマフィアの存在が知られるカルカッタまでは空路で1時間程度である。この事件をきっかけにしてバングラデシュ政府はキャンプの警備を警察から軍に切り替えたと言われている。
 実際に取材の最中に誘拐騒ぎがあった。12歳の少年を4人組の男が袋に押し込んで拉致しようとしたところ、少年が暴れたことで犯行が発覚したのである。バングラデシュ軍の兵士により、男たちの一人は確保、少年も保護された。
 もう一つの問題はアルカイーダや「イスラム国(IS)」からのリクルーターである。貧困につけこむかたちで高額なドル紙幣を片手に「良い仕事がある」との甘言でシリアに誘い、かの地でイスラム過激派の兵士にする。そんな現象がかつて、ムスリムが多数派を占めるコソボやボスニアでも起きていた。こういった事件が続けばロヒンギャもまた過激なテロリストというレッテルを貼られかねない。「テロが正しいとはコーランには書いていない。『イスラム国』に行くことが我々のジハードではない」といった啓蒙がキャンプ地の各所でなされていた。キャンプへ支援に赴いた在日ロヒンギャのアウンティンも同様のスピーチを繰り返した。

バングラデシュのバルハリ難民キャンプ。雨が降れば土砂が流れだし泥の川が幾筋も現れる。小屋にはかろうじて壁と屋根があるが床はなく、地べたで生活する。それでも小屋があれば良いほうで、なければ傘をさしてしゃがみこむしかない。

願いは故郷への帰還

 特筆しておきたいのはバングラデシュの献身的な働きである。ロヒンギャ難民を受け入れるという宣言をしてからは、キャンプの用地を確保し、その建設に邁進している。軍もまたキャンプの入り口はしっかりとガードして不穏な動きに目を光らせ、外部からの難民への接触を安易にさせない。1人当たりの名目GDPで比較すれば、この数年でミャンマーを追い抜いたとはいえ、バングラデシュはアジア25カ国中22位と、明らかに貧しい。にもかかわらずこの人道的な措置には驚嘆する。
 そして忘れてはいけないのは問題の大元はバングラデシュではなく、ミャンマーで起こっているということである。
 ラカイン州での人道危機を一刻も早く終結させなければこの悲劇は終わらない。筆者が聞いたロヒンギャ難民のほとんどの希望が第三国定住ではなく、「ラカイン州に戻ること」であった。

 

*写真の複写・転載を禁じます。

著者情報

ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト

木村元彦

きむら ゆきひこ

1962年、愛知県生まれ。中央大学卒業。東欧やアジアを中心に、スポーツ文化や民族問題などの取材、執筆活動を続ける。著書に『誇り』(98年、東京新聞出版局)、『悪者見参』(2000年、集英社)、『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』(05年、集英社新書)、『蹴る群れ』(07年、講談社)、『社長・溝畑宏の天国と地獄』(10年、集英社)、『争うは本意ならねど』(11年、集英社インターナショナル)、『徳は孤ならず』(16年、集英社)、『橋を架ける者たち』(16年、集英社新書)、『無冠、されど至強』(17年、ころから)、『コソボ 苦闘する親米国家 ユーゴサッカー最後の代表チームと臓器密売の現場を追う』(23年、集英社インターナショナル)など多数。『オシムの言葉』(05年、集英社インターナショナル)で第16回ミズノ・スポーツライター賞を受賞。

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