スイス代表が誇示した『鷲のポーズ』が意味するものとは~旧ユーゴスラビアの民族間対立と不寛容
木村元彦(ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト)
事実、コソボ代表チームもそのフィロソフィーの中でチームを作ってきた。今年6月9日、その牽引役であり、コソボサッカー協会の会長であったファディル・ヴォークリが57歳で亡くなった。ヴォークリはコソボ出身のアルバニア人であるが、旧ユーゴスラビア時代にセルビアのクラブチーム、パルチザン・ベオグラードで活躍した。
パルチザン時代は、特に名古屋グランパスのヘッドコーチとしてストイコビッチ監督を支えたボシコ・ジュロフスキーの実弟、ミルコ・ジェロフスキーとのタンデムで猛威を振るい、107試合で55ゴールをあげた。「もし(代表としての)力があるのが(被差別民族とされた)コソボのアルバニア人だったら、私は躊躇なくそれで11人全員を揃えるだろう」と宣言したイビツァ・オシム元ユーゴスラビア監督の召集に応じて代表にも選出され、当然セルビア人サポーターにも愛されていた。ユーゴ代表では、1987年に欧州選手権予選、北アイルランド戦において、オシムの故郷サラエボで決めた2ゴールが有名である。
紛争が始まりコソボがユーゴから離脱すると、ヴォークリはコソボ協会の会長に着任し、FIFA加盟に向けて奔走した。コソボはいまだに国連加盟国の半数近くから国家として承認されていないが、ヴォークリは現役時代のパイプを活かし、またセルビア人のスタッフも積極的に起用してロビー活動を展開。2016年5月13日のFIFA総会でついにジブラルタルサッカー協会とともに承認されたのである。
そのヴォークリが常に言っていたのが、「コソボのサッカー、コソボの代表はひとつの民族のものではない」というものであった。
会長のスローガンだけではない。コソボの建国の理念に基づき多民族チームを目指したのは、現場も同様であった。一昨年、W杯ロシア大会のヨーロッパ予選が始まる際、代表監督のアルベルト・ブニャーキは国内のボシュニャク人やクロアチア人、セルビア人のプレイヤーにも声をかけていた。コソボの独立を認めていないセルビア人はコソボ代表への参加を拒否していたが、ブニャーキは決してあきらめてはいなかった。
そしてもちろん、在外のコソボ出身のアルバニア人選手にも入念な調査を行ってオファーを出していた。ブニャーキが中でも執心したのは、ベルギー代表でプレーするヤヌザイ、そしてジャカとシャチリだった。「一緒にコソボ代表で戦わないか」と頻繁に電話をかけ続けていた。
しかし、彼らはこの申し出を断っている。コソボはチームとしてまだ脆弱であった。環境も整い、W杯出場により近いスイス代表を二人が選択したのはもちろん何も悪いことではないし、選手としては賢明な判断とも言えよう。それは尊重されるべきである。しかし、それならば、あのような大アルバニア主義の鷲のポーズをセルビア代表の前でするべきではない。
むしろ苦闘するコソボ協会のことを何も分かっていないと言えよう。
アルバニア民族主義がコソボサッカーを追い詰める
コソボ協会が民族融和に腐心している例はほかにもある。FIFAは原則的に、国同士の代表試合でサポーターが自国以外の国旗を掲げることを禁止している。コソボサッカー協会には特に、コソボ以外の国旗(ここではすなわちアルバニア国旗)をサポーターに振らせることを禁止するよう、重ねて通達を出していた。コソボとアルバニアは別の国家である。トルコ人が多数を占める北キプロスがFIFAに承認されたとしても、トルコの国旗を振ることは許されないだろう。
ブニャーキ代表監督はサポーターグループに向けて「スタジアムではあくまでもコソボ国旗での応援をお願いしたい。双頭の鷲のアルバニア国旗は持ち込まないでほしい」という呼びかけを繰り返した。ところが、これに対して公認サポーターグループである「ダルダネット」を中心に猛烈な反発が起こった。筆者は取材中に、ダルダネットのリーダーが公開トレーニングの際に練習場にやってきて、ブニャーキに「あんたはいったい何人なんだ? アルバニア人じゃないのか?」と食ってかかるシーンに遭遇した。ブニャーキは「FIFAの国際的なルールなのだ。従ってくれ」と説得しようとするが、「裏切り者」という罵倒を浴びせられた。
ことほどさように、コソボサッカー協会は必死に民族融和への道を探っているのが、現状である。これに対して、大アルバニア主義のジェスチャーをする行為がいかに政治的な意味を持つか、シャチリとジャカが知らないと考えるほうが、残念ながら不自然である。あのポーズは、彼らのルーツであるコソボの「独立」ではなく、国境を越えて領土拡大することを、つまりは「侵略」を肯定していることになる。それを、サッカーの試合でスイス代表選手が「コソボ」というワードを使って対立していた民族の前で行うことの愚かさ。前述の朝日新聞記事に書かれたような、差別を受ける移民のアイデンティティーの発露ではないのだ。あの大アルバニアポーズを見たコソボのマイノリティーである非アルバニア人、セルビア人やロマたちがどれほど恐怖を感じたのか、想像するに難くない。
日本の報道の偏り
しかし、日本ではこういった経緯や背景を全く理解しない記事が相次いだ。「東京新聞」(7月3日)の投稿欄には、国際NGO代表の男性による、あのジェスチャーは「『カズダンス』に似た表現」で政治的ではないという主張が掲載された。しかし、ジャカとシャチリはセルビア戦以外ではこのポーズをとっていない。鷲のポーズはセルビア戦において最も自重すべき行為である。男性はNGO職員として、現在のコソボ内の少数民族が置かれた人権状況を少しでも知っているのだろうか。逆にセルビアの選手が、ゴールのあとに民族の象徴である3本指のサインをアルバニア系選手に示したとしたら、それも「カズダンス」と言うのだろうか。そもそもカズダンスに民族的、政治的な意図などない。カズダンスに対する侮辱である。
コソボのアルバニア人が「自分はコソボ人ではなくアルバニア人だと」と自認するのはもちろん自由である。「コソボとアルバニアが合併してアルバニアの単一民族国家を作るべきだ」と主張するのも、支持されるかどうかは別として、言論としての自由だろう。問題はW杯というサッカーの大会で、セルビア代表の前であのジェスチャーをしたことなのだ。民族的な挑発行為はセクハラ、パワハラと同様で、被害を受けた側がどう捉えるかが肝要だ。男性は「歴史や民族を超えて、ワールドカップで平和的熱戦が繰り広げられることをますます期待したい」と投稿をまとめているが、ならばこそ、鷲のジェスチャーは看過できないはずである。この投稿をすぐにリツイートしたコソボ大使館に対する忖度だろうか。本来、政治に対して公正中立を保ち、弱者の側に立つべきであろうNGOに所属する者として、このミスリードは軽率な投稿だと言わざるを得ない。
報道はなおも続いた。国末憲人氏(Globe編集長)による「朝日新聞Globe+」(6月27日)の「ロシアW杯『双頭の鷲』の背景は、こんなに深い」に至っては、まず、基本的な歴史認識がおかしい。「1990年代、ユーゴ全土は内戦状態に陥り、数々の虐殺が繰り返されました」とおどろおどろしく書いてあるが、ユーゴ全土ではない。セルビア、モンテネグロ、マケドニアでは血は流れておらず、スロベニアは10日で紛争が終結している。またボスニアは内戦ではなく侵略戦争としている。
そして、「激化を懸念した北大西洋条約機構(NATO)のセルビア各地への空爆による介入などを経て」と、アメリカが主導した1999年のNATOの空爆をコソボ独立のために正当化したような言い回し。この空爆がいかに不当であったかは、当時、西側諸国の大使館が早々に撤退する中、ベオグラードの日本大使館が毅然として残り、外務省本省にその不当性を打電し続けていたことからも理解できる。当時の大使館員によれば、あまりに不公正な軍事行動に、日ごろは米国追従の日本外交がさすがに独自性を貫いたのである。
NATO空爆によってセルビア治安部隊がコソボから撤退して、すでに19年が経過している。少しでもコソボを取材していれば、紛争後の長期間にわたって、コソボで被支配の立場に置かれてきたのはむしろ非アルバニア人の側であることが理解できるはずだ。記事には「セルビアはかつて、コソボに限らずボスニアやクロアチアなど旧ユーゴ各地で『民族浄化』と呼ばれる残虐行為を重ねたとして、国際社会の糾弾を受けました」と書かれているが、紛争中に民族浄化をしたのはセルビアだけではなかったことが抜け落ちている。一例を挙げれば、セルビア人もまた、クロアチアによる民族浄化に遭っている。
同記事は「両選手はサッカーでセルビアと戦いました」「セルビアへの抗議の身ぶりぐらい許されるべきだと考える人もいるかもしれません」と理解をしながら、一方で「セルビア側が警戒するのもうなずけます」と並べる。通説を切り取って、「どっちもどっち論」に落とし込んでおり、問題の本質をうやむやにしている。記事後半ではバランスを取るように「コソボ紛争も、セルビアを悪者扱いしてすべて片付くものではありません」と記しているが、鷲のポーズが、まさにその「セルビア悪玉論」の導入にされることに気がついていない。