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連載

世界一大きな監獄の少女(ガザ)

第1回

白川優子(看護師)

 私を囲んでいた女性たちが一瞬にして固まった。
 絶えない笑い声とおしゃべりが凍りつき、私の身体や頭を痛いくらいにゴシゴシと洗っていた手から力が抜けていった。

「ガザの外ってどうなっているの?」
 それは禁句だったのかも知れない。
 いや、本当はみんなが心の底から口にしたい言葉だったのかも知れなかった。

 周囲の女性たちは、動揺を悟られないようにするためだろうか、すぐにまた私の身体を洗い始めた。笑みは保っていたが、笑い声は消えていた。彼女たちの手からは悲しさと、諦めと、今まで口にしないできた忍耐と、自分たちの尊厳を保とうとする努力が伝わってくるかのようだった。
 女の子はきょとんとしていた。私もどうしたら良いか全くわからなかった。何も答えることができなかった。
 私を囲んでいた女性の1人が、女の子に言った。
「こっちにおいで」
 そして抱きしめ、おでこにキスをしていた。

血と涙は今も流れ続けている

 世界で1番人口密度が高い地域、ガザ。失業率も世界最悪である。
 外に出ることができず、かといってガザの中でも仕事がなく、行き場のない人々。特に青年たちは、やり場のない憤りをガザとイスラエルの境界域、彼らを閉じ込めている塀の外にぶつけに出向く。解放を、自由を求めて叫ぶ彼らは、境界域の向こう側で構えているイスラエル兵士に撃たれる。
 私たち「国境なき医師団」は、銃撃を受けた青年たちの銃創の治療を行っていた。このような青年患者がどんどん増え続け、クリニックが1カ所では足りなくなり、2カ所めもオープンさせたがすぐにいっぱいになった。私が到着したときには3カ所めのクリニックをオープンさせるための候補地を探しているところだった。
 クリニックの待合室は、傷病者という形で少しの間、居場所を確保した青年たちでいつでも満員だった。傷が治ることは、本来なら望ましいことだ。しかし、治療が終わって、もうこのクリニックに来る理由がなくなった後、彼らはどこに行けるというのだろう。身体の傷が治った瞬間から、青年たちの苦しみが再びはじまる。

 他人に決められた監獄の中で閉じ込められながら、生きていく。
 心の涙を流しながら、血を流しながらも力強く生きていかなくてはならない。
 これが15年から16年にかけ、4カ月にわたって私が見たガザの人々だった。

「ガザの外ってどうなっているの?」と聞かれても、それを説明することのできないガザの大人たち。あの時、ハマムで少女を抱きしめてキスをしていた女性は、あの子に何と言ってあげられたのだろう。

ガザにも美しい夜明けは訪れる

 

◆ガザの子どもたちと◆

 街中で知り合った子どもたちが、アラビア語での数の数え方を教えてくれた。子どもたちはみんな、人懐こく、笑顔がまぶしい。20まで数え終わると歓声が沸いた。

 

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著者情報

看護師

白川優子

しらかわ ゆうこ

1973年、埼玉県出身。小学1年生で「国境なき医師団」にあこがれる。高校卒業後、坂戸鶴ヶ島医師会立看護専門学校を卒業して看護師となる。日本で外科・産婦人科を中心に看護師として計7年間勤務。2003年にオーストラリアに渡り、06年にオーストラリアン・カソリック大学看護学部を卒業。その後、現地の病院で手術室などを中心に4年にわたり勤務。2010年、37歳で念願の「国境なき医師団」に参加。外科チームの手術室看護師として、シリア、イエメン、南スーダン、パレスチナ(ガザ地区)、ネパールなど、紛争地や被災地を中心に活動。2018年7月時点で9カ国、17回の派遣経験を持つ。著書に『紛争地の看護師』(2018年、小学館)がある。

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