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連載

感染症――未知の脅威といかに向き合うのか

第7回

吉田徹(同志社大学教授)

 歴史学者ウォルター・シャイデルは近著『暴力と不平等の人類史』(東洋経済新報社、2019年)で、長い人類史の中で、戦争、革命、帝国・国家の破綻(はたん)に加え、疫病がその後の社会を平等化する作用を持ったとしています。ペストのような疫病は社会階層に関係なく人々の命を脅威に晒してより平等な制度を生むきっかけを作り、さらに労働の担い手を減らして賃金を上げる効果を持ったためです。ポストコロナウイルスの世界をどのように各国や他人と協力しながら作り上げることができるか、今から考えておくことが必要です。 

『コンテイジョン』では、物理的に接触する握手が人々の協力の象徴として示されています。人々が互いに疑心暗鬼に陥らず、物理的に協力することができた時、ポストコロナの社会が初めて生まれることになるでしょう。

科学は役に立たない?――『アンドロメダ…』

 タイム誌が選んだ先のパンデミック映画傑作選の一つにも挙げられていたのが『アンドロメダ…』(ロバート・ワイズ監督、1971年)です。SFと感染症ものを掛け合わせた作品ですが、原作者は『ジュラシック・パーク』シリーズを著したマイケル・クライトン。これを『ウエスト・サイド物語』のロバート・ワイズ監督が映像化しています。

 映画は、ニューメキシコ州の小さな町に人工衛星が墜落し、乳児とアルコール中毒者の2人を除く住民全ての血が粉末状になって死亡するという不可解な事件が起こるところから始まります。

映画『アンドロメダ…』より

 この謎に挑むのが、ノーベル賞受賞者でもある科学者ストーン博士が率いる研究チームです。彼らは、厳重に密閉された秘密の地下研究所で、人を死に追いやった細菌を特定しようとします。近未来的な設備で、未知の宇宙の微生物がその犯人であることが解明され、これが「アンドロメダ菌株」と名付けられます。しかし、実際には微生物だった菌の生態と生存者がいた理由が判明した直後、菌が流出、研究所が汚染されます。研究所にはこうした事態を想定して、ウイルスを破壊するための核爆発装置が備えられており、カウントダウンが始まりますが、「アンドロメダ」は核爆発でさらに拡大する性質を持つため、ストーン博士のチームが何とかしてこれを止めようとする、というのがあらすじです。

 スリリングで複雑なプロットを持つ上に、70年代のSF映画らしい、様々な機械やコンピューターのレトロなデザインとギミックが魅力の作品ですが、作品の根底に流れるのは科学の限界です(『ジュラシック・パーク』のように、原作者のクライトンには同じテーマのものがあります)。科学者たちは名声や研究資金集めだけに熱心で、実際は細菌拡大に対して無能であることが随所に示されています。今のトランプ政権を彷彿とさせる「大統領は科学者を信用してない」というセリフもあり、核爆弾投下を巡って結果的に政治判断が科学的判断よりも正しかったことも示唆されています。

「アンドロメダ菌株」が殲滅(せんめつ)された後の議会の公聴会で「我々はどう対処すれば?」と問う議員に対して、ストーン博士は「問題はそこです。何をすれば良いのか」と答えます。新型コロナがどのようなものなのか、まだ正確にはわかっておらず、これが対策をより困難なものにしています。これまでの科学的知識でもって、未知の存在に対処することには限界があります。

 私たちはこれからも様々なウイルスと対峙(たいじ)しなければならないでしょう。ウイルスではありませんが、最近でも日本の研究チームが、深海の栄養分が乏しい玄武岩に大量の微生物が生息していることを発見し、火星に生命が存在する可能性を示唆しました。未知の病原菌や生物は、まだこの世に多く存在することでしょう。

 ベストセラーとなったジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』(草思社文庫、2012年)が説くように、ウイルスは社会の進化や発展と比例して人間にとってより大きな脅威となってきました。人間の活動の範囲が広がり、社会が複雑になればなるほどにウイルスは拡散されやすく、退治しにくくなるからです。この事実は、ウイルスと私たちがこれから無縁ではありえないことを意味しています。

 専門家は、感染症を撲滅するのは無理であり、それゆえ共生の道を探るしかない、と端的に言い切っています(山本太郎『感染症と文明』岩波新書、2011年)。未知の脅威とどのようにすれば共生が可能となるのか。それは、今あるこの社会をより強靭(きょうじん)にすることです。例えば、コロナウイルス感染が止まらないイタリアやスペイン、アメリカは過去数年で、保健衛生に関わる人員や予算を大幅に削減しました。日本も保健所の数などをここ20年ほどで大きく減らしてきました。つまり、人間の健康や命を普段から守ることのできない社会は、ウイルスに対しても脆弱(ぜいじゃく)な社会であり、共生どころか消滅してしまう可能性があります。人間同士が協力し、それぞれを大切にするという当たり前のことができるかどうか――感染症を題材にした映画が問いかけているのは、そのことであるようにも思えます。

著者情報

同志社大学教授

吉田徹

よしだ とおる

1975年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。専門は比較政治学、ヨーロッパ政治。著書に『ミッテラン社会党の転換』(2008年、法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(2009年、光文社新書)、『ポピュリズムを考える』(2011年、NHK出版)、『感情の政治学』(2014年、講談社)、『「野党」論』(2016年、ちくま新書)、『アフター・リベラル』(2020年、講談社現代新書)などがある。

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