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連載

冷戦――イデオロギーの束縛

第9回

吉田徹(同志社大学教授)

今回紹介する3作品のDVD。左から、『博士の異常な愛情』(発売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメイント)『ホワイト・クロウ』(発売元:キノフィルムズ)『僕たちは希望という名の列車に乗った』(発売元:ニューセレクト株式会社)。

「米中新冷戦」という言葉がよく聞かれるようになりました。20世紀に入って世界政治のヘゲモニーを握り続けてきたアメリカ。そして、90年代に入って開放路線のもと「世界の工場」となり、経済的覇権のみならず、地域における軍事的覇権も目指すようになった中国。両国の衝突は、とりわけトランプ政権のもとで顕著なものとなっています。

 国際政治学には、覇権安定論という学説があります。これは政治的、経済的、軍事的に秀でた一国が存在した方が世界政治は安定する、という考え方です。この学説に大きな影響を与えた社会学者イマニュエル・ウォーラーステインは、覇権がサイクルを描くと指摘しました。盛者必衰のごとく、覇権国は変遷をする、という歴史の捉え方です。17世紀末にオランダのヘゲモニーが衰退する中、英蘭戦争(1652-74年)が起こり、イギリスとフランスを中心とした7年戦争を経て、イギリスのヘゲモニーが確立します。ウォーラーステインは、経済の拡大に伴う安定的なヘゲモニーが生まれる時期をA局面、経済の衰退に伴うヘゲモニー争いが起こる時期をB局面と呼び、約100年ごとに局面の転換が起きると指摘します。こうした見方をとると、第一次世界大戦以降のイギリスの没落によってアメリカのヘゲモニーが確立した20世紀初頭からほぼ1世紀がたち、アメリカのヘゲモニーに挑戦する中国という国が現れるのは、必然なのかもしれません。

 もっとも「米中新冷戦」という言葉はミスリーディングに聞こえます。いまのアメリカと中国の衝突は、米ソによる冷戦と異なって、イデオロギーをめぐるものというより、経済的利権をめぐるものだからです。禁輸措置やアメリカによるファーウェイ排除やTikTokのサービス譲渡強要など、両国の対立の種となっているのは経済領域です。他方で、香港の国家安全法やウイグル自治区での人権蹂躙など国際社会での問題について、アメリカはトランプ大統領などが口先では非難するものの、冷戦時代には顕著だった介入の素振りすら見せません。戦後の国際政治を規定したアメリカとソ連という二つの超大国による対立は、「自由民主主義対社会主義」という、まずは政治体制をめぐるイデオロギー対立であり、資本主義経済か社会主義経済かという経済対立は、二義的なものでした。

 しかも、いまのアメリカと中国が全面戦争に突入する可能性は高くありません。それに対して、米ソによる「旧冷戦」では、核攻撃を含め、両者の間の戦争が予期されていました。それだけでなく「冷戦」という言葉とは裏腹に、ベトナム戦争やアフガン戦争のように、米ソの代理戦争という形を伴う「熱戦」も伴いました。

 それならば、21世紀の冷戦と20世紀の冷戦を分け隔てている、イデオロギーをめぐる対立とはどのようなものだったのか。このことを視点の異なる3本の映画を通じて確認してみましょう。

『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』――「恐怖の均衡」の実態

 冷戦時代を、もっともコミカルに、しかし真実味をもって表現した映画の代表作は、奇才スタンリー・キューブリック監督『博士の異常な愛情』(1964年)でしょう。

 1950年代、米ソ双方が水爆実験に成功し、冷戦は新たな状況を迎えました。1960年にアメリカは約1万8000発、ソ連は約1600発の核弾頭を有しました。こうして核戦争の勃発は即、人類の消滅を意味しました。60年代には大陸間弾道ミサイル(ICBM)が配備され、アメリカの小学校では核戦争が起きた時どのように対処したらよいかが、カリキュラムの一部にまで組み込まれたほどです。1962年には、ソ連がアメリカの喉元のキューバに核配備を計画し、これにアメリカが海上封鎖で対抗したことで核戦争が現実味を帯びた事件(「キューバ危機」)も起きます。当時の国防長官だったロバート・マクナマラは、実際に核戦争が起きる直前だったと、ドキュメンタリー映画『フォッグ・オブ・ウォー』(2003年)で証言しています。

『博士の異常な愛情』は、こうした時代を背景に全面核戦争の危機を回避しようとするアメリカの政治家と軍部の混乱を描きます。米ソという二つの超大国が核兵器を持ったことで、「恐怖による均衡」、すなわち核抑止が「冷戦」を「冷戦」たらしめました。冷戦史が専門の歴史学者ジョン・L・ギャディスは、「核抑止は、第二次世界大戦後の国際システムを支えてきた最も重要な行動メカニズムであった」と指摘しています(*1)

 この作品は、この均衡が命令系統と技術的な問題から崩壊する様が描かれています(なお、この均衡崩壊のメカニズムは、『未知への飛行』〈1964年〉、『レッド・オクトーバーを追え!』〈1990年〉、『クリムゾン・タイド』〈1995年〉など、多くの映画のモチーフになっていきます)。すなわち、核抑止が効かなくなった時に何が起きるのかの思考実験でもあります。  

「『博士の異常な愛情』で描かれていることはほぼ全て現実」(*2)と称されるほどのリアリティを備えつつ、人類滅亡を前に、政治家も軍人も私利私欲しか頭にない状況が事態をさらに深刻なものにしていくさまは、究極のブラック・コメディにもなっています。

映画『博士の異常な愛情』より

 劇中で象徴的な人物として登場するのが、核戦略に通じているという設定のピーター・セラーズ演じるストレンジラブ博士です(ちなみにセラーズは一人3役で出演しています)。監督キューブリックは、様々な実在の人物をモチーフにこの役を作ったとされていますが、車椅子に乗って義手をつけて強いドイツ訛りの英語を話す黒装束のこの人物には、実在のモデルがいるとされています。それが高名な国際政治学者であり、大統領補佐官(1969-75年)、国務長官(1973-77年)を務めたヘンリー・キッシンジャーです。

 ニクソン政権による米中和解を演出し、その後ベトナム戦争の和平協定によってノーベル平和賞を受賞したことで知られているキッシンジャーは、ドイツ出身でナチの迫害を逃れて1938年に家族でアメリカに亡命しました。ストレンジラブ博士がドイツ語訛りなのも、キッシンジャー・モデル説を裏付けます。キッシンジャーの思想と半生は、歴史家ニーアル・ファーガソンの『キッシンジャー 1923-1968 理想主義者』(日経BP社、2019年)に詳しくありますが、ここでも「核兵器の段階的使用を支持する同書(*3)の冷徹な計算尽くの主張を読んでいたら、スタンリー・キューブリック監督作品『博士の異常な愛情』の主人公ストレンジラブ博士はキッシンジャーがモデルだとかんたんに主張できたはずである」としています。

 監督キューブリックは人々の核への恐怖が最も高まっていた時期に、その恐怖をユーモラスに描きました。そのことが、この作品にブラック・コメディ以上の、素晴らしい批評性を宿らせています。今の時代に同じような作品、例えば新型コロナウイルスで全人類が消滅する、というような映画が公開されたら不謹慎だとして、非難されるに違いありません。

『僕たちは希望という名の列車に乗った』――「壁」以前のベルリン

 冷戦は単なるアメリカとソ連を中心とした国々の対立という以上に、この冷戦構造のもとで暮らしていた人々の生活の思想や自由を強く制限するものでもありました。

 東西冷戦の対決の最前線は、東ドイツに飛び地のようにして存在し、アメリカ、イギリス、フランスの占領地区からなる西側地区とソ連が占領する東側地区に分かれたベルリンでした。1948年にはソ連が、ベルリンと西側諸国との自由移動を禁止(「ベルリン封鎖」)します。これに対して、アメリカが食糧や生活必需品などを空輸することで抵抗し、米ソの直接的な対立が始まりました。今でも、ベルリンのテーゲル空港には、アメリカの空輸に協力したパンナム航空に感謝するプレートが貼られています。『寒い国から帰ったスパイ』(マーティン・リット監督、1965年)をはじめ、多くのスパイ映画がベルリンを舞台にしたのも、ゆえなしのことではありません。

『僕たちは希望という名の列車に乗った』(ラース・クラウメ監督、2018年)は、この東ベルリン郊外に暮らす高校生たちを主人公にした作品です。時は1956年、ハンガリー動乱の報を偶然に聞いた高校生2人が、その犠牲者たちの追悼を教室で行ったことで、退学処分の憂き目にあうまでの日々を追った、実話に基づく作品です。テオとクルトという、対照的であるがゆえに友情を育む2人の主人公と、彼らを取り巻く同級生たちが個性豊かに描かれる群像劇であり、ソ連の衛星国として戦後をスタートすることになった東ドイツの困難な状況を描く映画でもあります。

著者情報

同志社大学教授

吉田徹

よしだ とおる

1975年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。専門は比較政治学、ヨーロッパ政治。著書に『ミッテラン社会党の転換』(2008年、法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(2009年、光文社新書)、『ポピュリズムを考える』(2011年、NHK出版)、『感情の政治学』(2014年、講談社)、『「野党」論』(2016年、ちくま新書)、『アフター・リベラル』(2020年、講談社現代新書)などがある。

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