ナショナリズム――戦争を生むのか、戦争で生まれるのか
吉田徹(同志社大学教授)
ナショナリズムが戦争を誘発することも確かですが、他方で戦争が特定のネーションをつくり上げることも確かです。そうしたナショナリズムに翻弄される兄弟の姿を描くのは、名匠ケン・ローチ監督の『麦の穂をゆらす風』(2006年)です。なお、アイルランド独立戦争を描いた、対照的な『マイケル・コリンズ』(ニール・ジョーダン監督、1996年)の名もあげておきます。これらの作品はそれぞれパルムドールとヴェネチア国際映画祭金獅子賞に輝いています。
アイルランドがイギリスから公式に独立するのは1922年のことです。イギリスは、世界帝国となる前から、現在のグレートブリテン島を北上して各地を征服し、12世紀の入植に始まり、1801年にアイルランドを併合したことで、「大ブリテンおよびアイルランド連合王国」が誕生します。歴史的にアイルランド問題が解決をみなかった背景には、アイルランドが主としてカトリックの地であり、国教会のイギリス人がその権利を認めたがらなかったことが挙げられます。
アイルランドが独立の道を歩み始めるのは、第一次世界大戦中、1916年の「イースター蜂起」を経て、大戦後の1919年には一方的な独立宣言をしてからのことです。アメリカのウィルソン大統領が民族自決を掲げたことから、ヨーロッパ大陸で多くの新興国家が生まれたことも作用しました。イギリスはその独立を認めなかったため、武装蜂起をしたアイルランド共和国軍(IRA)との武力衝突が始まります。『麦の穂をゆらす風』は、女性や子どもがイギリス軍の犠牲となった「血の日曜日」が起きるなどして、両国の間でもっとも激しい戦闘のあった1920年代初頭を舞台としています。
医者として将来を嘱望されていた主人公ダミアンは、友人がイギリス軍に無残に殺されたことをきっかけに、IRA入隊を決意します。「俺たちはボーア人さ、アフリカの植民地並みだ」と、アイルランドの人々はイギリス支配脱却の意思を強くします。ちなみに、当時のアイルランド問題の担当は、後に首相となるチャーチル植民地相でした。
ダミアンには、同じくIRAで活躍する尊敬する兄テディがいますが、彼は一旦イギリス軍の囚われの身になります。「君らは不法に国を占拠している」「国から出ていけ」――テディはこうして拷問にかけられますが、拷問をしたイギリス軍将校も「ソンム(第一次世界大戦の戦場)で戦ったんだ」と述べて、自分もイギリス・ナショナリズムの犠牲者であることを匂わせます。実際、イギリスは、第一次世界大戦後に職のない復員兵を大量にアイルランド戦線などに投入しました。
ダミアンは独立闘争を進めるなかで、密告をした仲間を処刑せざるを得ないという、惨い経験をします。しかし、事態は彼もまた同じ目に遭う状況へと発展していきます。イギリスがアイルランド南部の独立を「アイルランド自由国」として認める一方、北部(アルスター)をイギリス領に留める案(イギリス゠アイルランド条約)を提示したことで、IRA内が条約批准派と反対派に分裂したためです。あくまでも完全な独立を求めるダミアンと、妥協を是とするテディとの間にこうして埋めがたい溝が生まれます。

映画『麦の穂を揺らす風』より
こうして南北にアイルランドが分割されたことで、北アイルランドでは90年代までIRAの武力闘争(イギリスから見ればテロ)が続くことになり、イギリスのEU離脱では北アイルランドとの国境が問題になるなど、100年前に生まれたこの問題は今も尾を引いています。
ダミアンを捜索しに、自由国軍はかつて彼の殺された友人の実家にも踏み込み「政府の命令」と、イギリス軍とまったく同じ言葉を吐きます。内部の敵を排除しようとするイギリスのナショナリズムと新たなアイルランドのナショナリズムに違いはありません。
「誰と戦うかは簡単にわかる。何のために戦うかをよく考えろ。僕は今何のために戦うかがわかる」――アイルランド全土を解放するという大義のために命を捨てる覚悟をしたダミアンの心境です。ナショナリズムは、敵から攻撃されることによっても鼓舞されます。歴史をみても、フランス革命防衛戦争(ナポレオン戦争)や普仏戦争、そして現在のウクライナ戦争を含め、敵国と戦うことによって、もともと薄く存在していたネーションとしての意識が強化され、大きな力を発揮することになります。ナショナリズムが戦争を生むというだけではなく、戦争によってナショナリズムが発展していくという循環があることにも気づかされる作品です。
国を愛することの意味――『7月4日に生まれて』
果たしてナショナリズムは、必ず好戦的なものなのでしょうか。そうではなく、国を正しい方向へと糾そうとする戦いもナショナリズムなのだ、ということを教えてくれるのは、史実に基づいたオリバー・ストーン監督の『7月4日に生まれて』(1989年)です。この作品は『タクシードライバー』(1976年)や『ディア・ハンター』(1978年)などと同様、ベトナム帰還兵の困難を主題にするものですが、戦争を経てナショナリズム観が変転することを描く作品でもあります。
トム・クルーズが務める主人公ロンの誕生日は7月4日、アメリカの独立記念日です。1946年生まれの彼は、まだ第二次世界大戦の記憶が生々しい環境で育ちます。高校でレスリング部の選手として活躍するロンですが、期待に反して大会で負けてしまったため、ベトナム戦争中ということもあり、海兵隊への入隊を決意します。「親父たちは第二次世界大戦、俺たちも歴史の一部になるんだ」。敬虔の念が深いカトリック家庭に育ち、レスリング大会での敗北でもって親からの期待にも応えられなかった彼なりの承認を求めての決意でした。
ところが早速に動員されたベトナムの戦地は過酷なものでした。ある日、哨戒中に彼の率いる部隊はベトコンと間違えて無辜の住民を撃ち殺してしまい、さらにはその混乱の中でロン自身が仲間のアメリカ兵を誤射してしまうことになります。報告を受けた上官は、この事実を握り潰します。彼自身も、続く戦闘で半身不随となるほどの重傷を負います。
負傷兵として母国アメリカに戻っても、ロンは期待していたように、英雄扱いされることもありませんでした。戦争下の予算カットから劣悪な病院の状態はもちろんのこと、時代は1968年、すでに5年近くも続く戦争に少なくないアメリカ国民が反対の声を上げ、若者を中心に反戦運動が広がっていたためです。反戦運動は、シカゴの民主党大会に数千人のデモ参加者が押し寄せ、警官隊と衝突するという「暴動」と相前後して、全国に広がりを見せていくことになります。ロンはもちろん、反戦活動には批判的です。
治療を終えて故郷に錦を飾ろうと帰ってきても、周りはすっかり姿の変わってしまった彼に戸惑うだけで、温かく迎えてくれるわけではありません。帰還兵として参加したパレードでも、第二次世界大戦の退役軍人の時と異なって、兵士を揶揄するような反戦デモに出くわします。ここでロンは、もはやアメリカはベトナム戦争に実質的に負けたということを察します。住民を前にしたスピーチで、彼が「戦争に勝つ」という言葉に二の句が継げず沈黙してしまったのも、それが嘘になると自分でわかっていたからでしょう。

映画『7月4日に生まれて』より