第13回 日本人の「規準」はどこにあるのか?——福田恆存と保守思想
浜崎洋介(文芸批評家)
Ⅲ 福田恆存の「規準」——日本人の「美感」をめぐって
もちろん、ここで福田恆存の思想の全てを詳細に論じ切ることはできません。が、その初期から後期にかけての思考を辿ることで、福田恆存にとっての保守思想——日本人における「規準」をめぐる思考——の一端を示すことはできるかもしれません(詳しくは、拙著『福田恆存 思想の〈かたち〉』新曜社、あるいは、福田恆存のアンソロジー集『保守とは何か』文春学藝ライブラリー、などを参照していただければと思います)。
まず、初めに注目すべきなのは、戦後直後に起こった「政治と文学」論争における福田恆存の態度です。近代個人主義(資本主義)の超克のために、文学は政治イデオロギーに従属すべきだとした雑誌『新日本文学』(共産主義者—蔵原惟人・中野重治)と、戦前のプロレタリア文学運動の壊滅(失敗)の教訓に学んで、文学は政治イデオロギーから自立すべきだという雑誌『近代文学』(近代主義者—荒正人、本多秋五)が対立するなかにあって、福田恆存は、その両者とは全く違う言葉を、次のように書きつけていました。
「『なんぢらのうちたれか、百匹の羊をもたんに、もしその一匹を失はば、九十九匹を野におき、失せたるものを見いだすまではたづねざらんや』(ルカ伝第十五章)〔中略〕このことばこそ政治と文学との差異をおそらく人類最初に感取した精神のそれであると、ぼくはさうおもひこんでしまつたのである。かれは政治の意図が『九十九人の正しきもの』のうへにあることを知つてゐたのにさうゐない。かれはそこに政治の力を信じるとともにその限界をも見てゐた。なぜならかれの眼は執拗に「ひとりの罪人」のうへに注がれてゐたからにほかならぬ。九十九匹を救へても、残りの一匹においてその無力を暴露するならば、政治とはいつたいなにものであるか。〔中略〕ぼくもまた『九十九匹を野におき、失せたるもの』にかかづらはざるをえない人間のひとりである。もし文学も—いや、文学にしてなほこの失せたる一匹を無視するとしたならば、その一匹はいつたいなにによつて救はれようか。」「一匹と九十九匹と—ひとつの反時代的考察」1947年初出、『保守とは何か』文春学藝ライブラリー
この言葉は、一読、政治イデオロギーより個人の自由を優先する「近代文学」派の主張に近い印象を与えます。が、かれら近代個人主義者と福田恆存が決定的に違うのは、政治には還元できない「一匹」を、福田が無力な「ひとりの罪人」のなかに見ていた点です。
なるほど、たしかに「九十九匹」を量的に処理する「政治」は、科学と同様、「知性や行動」で物質的社会的解決を図る営みであり、そうである以上、「知性や行動」それ自体を方向付けている「思想や個性」、あるいは取り返しのつかないこの人生を生きる「失せたる一匹」の問題を扱うことはできません。しかし、だからといって福田は、「一匹」が「一匹」だけで自立できるとは考えてはいませんでした。その反対に、20世紀には「いかなる点においても社会とつながらず、いかなる点においても社会的価値と通じてゐない個人」において、ついに、その「自我の空虚さ」が見出されると言うのです。
では、この「九十九匹」からこぼれ落ちてしまった「一匹」は、一体何によって、自分を救い、支えることができるのか? ここでは、仮に「文学によって」と答えられていますが、では、その「文学」は、一体何によって支えられているのか? ここに戦後空間——左翼(新日本文学)か、リベラル(近代文学)かの二択しかない閉ざされた言語空間——における福田恆存独特の思想のかたちが見えてくることになります。
その後、福田恆存は、この一匹を支えるものについて、戦前から影響を受けていたイギリス人作家D·H·ロレンスの思想を手掛かりに思考を重ねることになりますが【註2】 、その最大の成果が、ロックフェラー財団の奨学生として一年間の海外遊学を終えて帰国した後に書いた主著『人間・この劇的なるもの』(1956年)でした。この本は、昭和29年(1954年)に巻き起こった「平和論争」に際して、「保守反動」の汚名を着せられた福田恆存が、改めて彼我の差を問い質すために、つまり、政治によって個人を救うことができると考える進歩派とは異なる、福田自身の「人間観」を明らかにするために書かれた本でした。が、その言葉は期せずして、「一匹」は、一体何によって自分を支えているのかという問いに対する、福田恆存自身の答えにもなっていました。
福田が大きな影響を受けたD·H·ロレンス(写真:Universal Images Group/アフロ)
『人間・この劇的なるもの』の主題は多岐に亘りますが、その「人間観」を一言に要約すれば、人は「保守」的にしか生きられないということになります。
知識は無限であり、それも刻々と増すものである以上、人は常に不十分な知識を不十分なままにして、反省と批判を中絶しつつ生きるしかありません。つまり、人は、自己の不完全性を受容しながら、その見透すことのできない人生(運命)をつねにすでに飛躍的に生きなければならないのだということです。
では、その飛躍を支えているものとは何なのか?
政治イデオロギーにでも頼るのでない限り、それは後ろから押してくる力(一種の歴史的持続感=全体感)、つまり、過去からもたらされた典型的な「型」を生きているという暗黙の信頼感以外にはないでしょう。福田は、その「型」の自覚的な引き受けのなかに、エゴを超えた「生き方」が、つまり、「既存の現実に随ひ、過つて顧みぬといふ倫理的な潔癖と信頼感」が甦ると言います。
「人格が完全な自律体であるのは、全体との関聯をみずから調整しうるということにすぎない。それは部分でありながら、全体を意識し、全体を反映し、みずから意思して全体の部分になりうるということなのだ。真の意味における自由とは、全体のなかにあって、適切な位置を占める能力のことである。」『人間・この劇的なるもの』
「〔シェイクピア劇の〕登場人物の自由な生命力は、全体からの離脱と反逆とを通じて、かえって全体の存在をたしかめ、それを導き入れるようにしか動かない。なるほど、ハムレットは〔敵である〕クローディアス政体の全体性を認めはしないが、それによって滅んでいくとき、それとは別の次元に、自分を滅ぼす全体性の存在を容認しようとしている。私がまえに、死にたいする信頼といったのはそれだが、私たちは、自分を滅ぼすものを信頼することによってしか生きられない。信頼ということばに値する信頼は、それしかないのである。」前掲書
「〔芸術作品の根源にある〕儀式は元来、個人を没却する場でなければならぬ。人間が個人であることをやめて、生命のもっとも根源的なものに帰っていくための通路であったはずだ。それは逃避でもなければ、レクリエイションでもない。〔中略〕それは、もっと本質的には、生命の根源である自然のリズムをふむための折り目であり、自己のうちで全体と調和しかねている部分を放逐し、死からまぬかれ、生の充実感にひたるための方式であり型であった。」前掲書
言ってしまえば、福田恆存において「一匹」を支えるものは、自然のなかで直観される必然感、全体感であり、あるいは持続する生命の調和感だということになります。
もちろん、それは抽象的なものではありません。それは、自然のなかにおいて、家庭において、友人関係において、様々な共同体において、お互いの「あいだ」(距離)を調整していくための「美感」であり、また、互いに馬を合わせていくための平衡感覚であり、さらに言えば、個々人が身につけるべき「教養」でもあります。
その点、他者と共に自然な共同体を成り立たせるためには、どうしても、この全体感——全体の調和を感じとる力——が必要なのです。それは、生成する自然のなかに一つの「型」を見いだす力であり、また、その「型」を受け継ぐ力であり、共同体の「型」と、自分とのあいだに、さらにもう一つの折り合い「型」(生き方)を見出していく力でもあります。だから福田は、一見「全体からの離脱と反逆」を試みているように見えるシェイクスピア劇の登場人物たちを一概には否定しないのでしょう。勝手気儘な気分屋が、しばしば「型なし」(無限)の疑心暗鬼へと堕ちていくのに対して、「型やぶり」な人間は、破るべき「型」を踏まえるがゆえに、最後は、自分自身を「全体」に預けなければならないことを知っているのです。つまり、彼らは、「自己のうちで全体と調和しかねている部分を放逐し、死からまぬかれ、生の充実感にひたるための方式」を熟知しているのです。
なるほど、共同体の外に揺るがぬ規準(超越神)を持たない日本人の場合、この「調和」への意志が暴走すれば、しばしば息苦しい同調圧力(空気)や、臭いものには蓋の事なかれ主義、あるいは、孤立を引き受けることのできない人格的な弱さ(どんな思想や他人とも無節操に交わり、和合しようとする安易さ)を引き寄せてしまうこともあるでしょう。が、それは、福田恆存に言わせれば、単に「全体」への意志が足りないのです。
たとえば、同調圧力(空気)の不快感は、半径五メートルの部分的な「調和」だけに眼を奪われて、全体の「調和」を考えることができない不条理感の別名です。事なかれ主義の卑屈さや、なりゆきに流される人格的な弱さにしても同じです。それらの不協和や不条理が、全体的な「調和」を考えることのできないその場凌ぎの態度によるものなのだとしたら、責められるべきは、日本人の調和感ではなく、むしろ、その場を打算的に取繕ってしまう日本人の甘さ、そして、その甘さを甘さとして批判することのできない日本人の弱さだと言った方が正確でしょう。足りないのは、自己の性格(その強みと弱み)に対する冷静な自覚であり、それを時・処・位によって使い分けることのできるアート(技術)であり、何より、その技術を身につけてきた自分自身に対する自信でしょう。
その意味で言えば、人間において——そして、特に日本人において——最後に頼れるものは、やはり、全体的な「美感」しかないのではないでしょうか。いや、超越神を持たぬ日本人の場合、それしか規準はないのです。『人間・この劇的なるもの』とほぼ同時期に書かれた「日本および日本人」のなかで、福田恆存は次にように書いていました。
「ただ彼我の差〔西欧と日本との差〕をはつきり認めることを、諸君に求めてゐるだけです。同時に、ああすればいい、かうすればいい、といつた式の、ここ何十年来、ことに戦後に流行をきはめた、一切の指導的言説を信じるなと申しあげたいのです。さういふ景気のいい理想主義的な合言葉からはなにも生れはしません。そのまへに、まづ自己の現実を見ること、それからさきは、ひとりひとりの道があるだけです。いや、ひとりひとりの道しかないといふことに気づくことが、なによりも大事だとおもふのです。」
「私は日本人の昔ながらの短所を温存して生きぬけとも、西洋人の長所をものにしろともいひません。〔中略〕ただ、そのばあひ、どういふ道を歩むにせよ、自分の姿勢の美しさ、正しさといふことを大事にして、ものをいひ、ことをおこなふこと、そのかぎりにおいて、私たちは日本人としての美観に頼るしかないと信じてをります。」「日本及び日本人」『文藝』1954年11月~1955年8月連載初出、『日本を思ふ』文春文庫
この引用に解説は不要でしょう。が、本稿の文脈に引き寄せて一言だけ補足しておけば、「日本人としての美観」が、全体の調和を欠いたもの(一種の歪み=不正)に対する本能的な抵抗感を呼び起こすのだとすれば、私たちに残された最後の「規準」は、やはり「自分の姿勢の美しさ、正しさということ」に対する直観以外にはないということになるでしょう。私たち日本人が「保守すべきもの」は、その自然と歴史のなかで育まれてきた人と人との付き合い方、その調和を感じ取る「美感」しかないのだということです。