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連載

保守思想入門

第13回 日本人の「規準」はどこにあるのか?——福田恆存と保守思想

浜崎洋介(文芸批評家)

Ⅳ 醒めて踊れ——主と客の交わり方について

 そして実際、歴史を通じて日本人は、この「美感」に頼って生きてきたのではなかったでしょうか。「神仏習合」(本地垂迹説、吉田神道、伊勢神道)や、「神儒一致」(山埼闇斎、熊沢藩山、山鹿素行、水戸学)、あるいは、武士道とキリスト教の接ぎ木(内村鑑三、新渡戸稲造)を見ても分かると思いますが、日本人はある種の思想的寛容さ(無節操)を歴史的に示してきました。が、その一方で、それらの外来思想の受容の仕方に眼を向ければ、その規準が、やはり私たちの「美感」にあったことも見えてきます。「みずから」(自力)の限界で、「おのずから」(他力)に身を開き、その力に従って、再び「みずから」の一歩を整えること。全ての日本思想において、多かれ少なかれ、この「おのずから」と「みずから」の相即=調和という主題を垣間見ることができるのです。文化において雑食的で、思想的・論理的に潔癖ではないように見える日本人は、しかし、その「美感」(自然な調和)においては、一貫して潔癖であり続けてきたのでした。
 そして、この日本らしさは、理念を嫌って、経験を重んじる保守思想とも、深いところで通じ合っています。連載第1回「『保守思想』とは何か—一つの『生の哲学』として」のなかで私は、「新しい真理とは〔中略〕、最小の動揺と最大の連続性とを与えるようにして旧い意見を新しい事実にめあわせる」というウィリアム・ジェイムズの言葉(『プラグマティズム』、桝田啓三郎訳)を引いておきましたが、日本人の「美感」は、まさにこの「最小の動揺と最大の連続性」を規準としていると言ってもいいでしょう。
 実際、ウィリアム・ジェイムズの多元的存在論——「多なるもの」(雑食性)を「一なるもの」(美感)のなかに緩やかに統合=統一してゆく志向性ほど、日本人にとって馴染み深いものもないはずです——ちなみに、西田幾多郎が語った「純粋経験」(統合)の概念も、ジェイムズの論文「純粋経験の世界」からインスピレーションを得ています——。
 たとえば、この日本人独特の「美感」の現れ方について、韓国の文芸評論家=李御寧イーオリョンは、その著書『「縮み」志向の日本人』のなかで、次のように述べていました。

「もし、他の国ではあまり見られない「の」の連用に、日本特有の〈意識の文法〉を求めていけば、すべての世界を縮めて考え、縮めて表現し、縮めて作ろうとした日本文化のひとつの特徴を掘り下げることができるかもしれません。
 啄木は〔「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」という歌において〕東海と小島と磯と白砂をバラバラにはずして考えてはいない。世界の空間をひとつのつながりとして把握し、それを一点に込めていこうとする志向をあらわしているのです。もし環境と自己を断絶したものとして捉えれば、この詩は絶対に三十一音の短いことばで表現することはできなかったでしょう。〔中略〕一貫性を持ってすべての空間を包んでいくからこそ、込めていくからこそ、それは単一のイメージとしてつながるのです。」『「縮み」志向の日本人』講談社学術文庫

 『「縮み」志向の日本人』という本自体、まさに雑多な日本的現象を、「縮み」という一つのワードに縮めて(纏めて)論じたユニークな本ですが、ここで注目したいのは、たとえば石川啄木の歌が示しているように、日本人の「縮み」志向自体が、世界と自分とを断絶したものとして捉える感受性ではなく、それらを一つの「純粋経験」(分割できない有機的な全体感)のなかで味わおうとする感受性を示しているという点です。
 啄木の歌以外にも、たとえば、ひな人形、文庫本、短歌、俳句、短編小説(世界文学は『三国志』や『戦争と平和』などの大長編が主流です)、浮世絵、扇子、石庭(小庭)、盆栽、折詰弁当(駅弁)、茶室、四畳半、折畳傘、電卓、トランジスタなどに、李御寧は次々と日本人の「縮み」志向を発見していきます。が、考えてみれば、それらは全て、手に負えない漠とした自然(大きすぎる自然)を縮約し、それを手に負えるもの、手に馴染むものへと落とし込み、それと交わり一体化(有機化)しようとする傾向を示しているでしょう。要するに、日本人の想像力の働き方には常に、「自分が外の世界に向かって、超越の神に向かって出ていくというより、それを自分の内に招き、引き寄せようとする強い傾向がみられ」るのです。「超越神」も「超越的理念」も必要としなかった日本人は、しかし、いま、ここの肌身に感じられる「美」には「神」を見出してきたのでした。
 しかし、その「神」は、モノの細部だけに宿っているわけではありません。見透しのつかない人生を、「武士道と云うは、死ぬ事と見付たり」(山本常朝『葉隠』)の一言で、いま、ここへと引き寄せ、縮約し、その覚悟によって己の「運命」(なりゆき)を引き受けようとする武士道(九鬼周造の「いき」の倫理学は、その近代版です)。あるいは、民衆を上から押さえつけ、一方的に支配(うしはく)するのではなく、その民心を「鏡」に映し出し、集約し、それらと交わることによって共同体に調和をもたらそうとする「しらす」の政治学(井上毅「大日本帝国憲法草案」や、伊藤博文の『憲法義解』岩波文庫、あるいはそれらの政治学を纏めた坂本多加雄『天皇論―象徴天皇制度と日本の来歴』文春学藝ライブラリーなどを参照)。それらの日本倫理学(武士道)や日本政治学の教えは全て、主と客とが交わることの喜びを語っていると同時に、主と客が分かれる前の「惟神(かんながら)の道」に「神」を見出してきたのでした。
 とはいえ、それは決して大袈裟な話ではありません。それは、むしろ、私たちの人と人との付き合い方を支えてきた日常的で無意識的な「教養」なのです。それは「近代的」な教育を受けた意識の高い個人のなかには見出しにくいかもしれませんが、逆に、「封建的」な生活を営む老婆の無意識のなかには簡単に見出せるような、「こまやかな心の働きと育ちの良さ」なのです。再び、福田恆存の言葉を引いておきましょう。

「最近、私は東海道の豊橋から信州の辰野にぬける飯田線に乗りましたが、たまたま飯田を過ぎたころ、どの駅だか忘れましたが、一見、姑と嫁と思われる二人づれが乗りこんできました。二人は私の隣に腰をおろし、しばらく世間話を交しておりましたが、その姑らしい六十歳あまりの老女が、いきなり私を顧みて、『窓を開けたいと思うが、迷惑ではないか』と問いかけてまいりました。私は驚いた。私は大磯に住んでいて、東京に出るのに湘南電車を用いますが、それに乗り合せた紳士淑女から、こういう鄭重な言葉を聴いたことは、まず記憶にありません。その老女は身なりの賤しい人でした。おそらく小学校くらいしか出ていないでしょう。あるいはそれも怪しい。それに『封建的』であるはずの『田舎者』かつ『老人』であります。その人の口から、私たちが見ならえといわれている西洋人の近代的なエチケットがとびだしてきたのです。」「教養について」『私の幸福論』ちくま文庫

 このエピソードで福田が語りたかったのは、主と客が交わるために必要な距離感のことだと考えていいでしょう。主客一致などというと、すぐに人は自他の距離をなくしてしまうことだと勘違いしがちですが、「多なるもの」を「一なるもの」に統合しようとすればこそ、他者との距離感が必要なのです。距離を適切に把握するから、その距離を埋めていくための礼儀作法が見定められるのであり、その関係に調和をもたらす道が見出されるのです。眼の前の人との距離感が百メートルなのか、五十メートルなのか、十メートルなのか、一メートルなのか……、それによって主と客の交わり方、その調和の導き方が変わるのなら、私たちは、主客の交わりにおける喜びを知っておくと同時に、主と客とのあいだにある適切な距離についても予め知っておく必要があるでしょう。
 そして、だからこそ福田恆存は、「醒めて踊れ」(「醒めて踊れー近代化とは何か」1976年)と語っていたのではなかったでしょうか。相手との距離、相手と共に自分が作り出した場との距離、その場を把握する言葉との距離、そして、距離を絶え間なく変化させていく自分自身との距離、それらを調整しながら(醒めながら)、同時に、その多様な関係を統合すること(踊ること)。それが私たちの「幸福」を用意する道なら、私たちに必要なのは、やはり余裕であり、その余裕が生み出すユーモア(humor:体液・資質・性格)だと言わなければならないでしょう。つまり、自分自身のユーモア(性格)を眺める距離によって、「全体」のなかで適切な位置を占める行為を「演戯」をすること。「ちょうど画家が素描において、一本の正確な線を求めるために、何本も不正確な線を引かねばならぬように」、私たちもまた「調和」を求めて、醒めつつ踊らなければならないのです。
 この「全体」(自然・歴史・言葉)のなかで「部分」を調整し続けるという倫理、そこに保守の「生き方」、あるいは、少なくとも福田恆存の「生き方」は示されていました。

 さて、長々と「保守思想」について語ってきましたが、しかし、私が語ってきたことは、到って常識的なことばかりだったように思われます。ただ、その「常識」の価値が見えにくくなっている昨今、改めて、その基盤に目を向けておくことも意味のないことではないだろう……、そう思って筆を執ったのが、この保守思想入門の連載でした。
 実際、この連載を通読して頂ければ分かると思いますが、マイケル・オークショット、エドマンド・バーク、G·K·チェスタトン、T·S·エリオット、オルテガ、ベルクソン、ハイデガー、ウィトゲンシュタイン、西田幾多郎、九鬼周造、小林秀雄、山本七平、福田恆存などの保守思想家たちが意を注いできたのは、人々の「常識」の基盤を、彼らなりのやり方で詳細に語り直すという仕事でした。その点、イデオロギーで結び付いているわけではない彼らの言葉が、しかし、一つの纏まりをもって見えるのだとしたら、それこそ私たちが生きている常識と、その伝統のお陰だと言わなければならないでしょう。
 そして、「保守思想」と呼ばれてきたものの営みが、単なる旧套墨守や政治的な反動ではなく、時間を解体し、関係を解体していく近代に対する抵抗、そこにはびこるニヒリズムへの批判、他者と共に生きる私たちの「人生」を守る試みであることが少しでも分かっていただけたのなら、この連載を続けてきたことの甲斐もあったというものです。
 ここからさきは、それこそ、「ひとりひとりの道があるだけ」です。

著者情報

文芸批評家

浜崎洋介

はまさき ようすけ

1978年埼玉生まれ。雑誌『表現者クライテリオン』編集委員。京都大学大学院特定准教授。2022年『小林秀雄の「人生」論』(NHK出版新書)で、第31回山本七平賞奨励賞受賞。そのほかの著書に『福田恆存 思想の〈かたち〉イロニー・演技・言葉』(新曜社)、『反戦後論』(文藝春秋)、『三島由紀夫 なぜ、死んでみせねばならなかったのか』(NHK出版)、『ぼんやりとした不安の近代日本』『小林秀雄、吉本隆明、福田恆存――日本人の「断絶」を乗り越える』『日本人の「作法」 その高貴さと卑小さについて』(いずれもビジネス社)がある。

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