imidas - 情報・知識&オピニオン

連載

第11回 この先、地球をどうしよう!?(後編)

川口好美(文芸批評家)

 さいごに内村さんを離れて、〝現在〟に目を向けましょう。
「人新世(じんしんせい・ひとしんせい)」ということばを聞いたことがありますか? 人間がまだ存在しなかった太古の時代のことも、化石や地層を調べることで、なんとなくわかります。その上で地質年代というものが定められます。地球が誕生したのが「冥王代」、恐竜が絶滅したのは「白亜紀」というふうに、おおまかな歴史が描かれるのです。
 2000年頃、パウル・クルッツェンという科学者が、現代のわたしたちは「人新世」という地質年代のまっただ中にいるのではないか、という意見を発表しました。これは、土器の文様によって縄文時代と名づけたり、幕府が江戸にあったから江戸時代と呼んだりするのとは、レベルが違います。人類の活動が、地球という惑星に、消えない痕跡を刻み付けている。「人新世」ということばには、そのようなとてつもなく大きな意味が込められているのです。
 その痕跡って、なんだと思いますか。たくさんありますが、例を挙げれば、生物種の大量絶滅、大気中の二酸化炭素濃度の上昇、放射能による環境汚染、温暖化による海水面の上昇、それによる地形の変化、ブロイラーチキン(一般的な鶏肉)の骨……などです。ふだん、なにげなく目にしている鶏肉の骨が痕跡として残るなんて、びっくりですよね。人間が食べるために生産されるブロイラーの数は、地球上のその他の鳥類全部を足した数よりも多いそうです。人類はそれほど大量のブロイラーを消費し、その骨を捨てているのです。
 どの痕跡も、「環境破壊」としてくくられるネガティブなものですよね。人類はかなり早い時期から、農耕や牧畜によって、自然環境を変えてきました。しかし、これほどの大きな影響を及ぼすようになったのは、近代化の後からでした。「産業革命」によって、再生不可能なエネルギー(化石燃料や核燃料)を使った大量生産・大量消費の暮らしをはじめたことが、一番のポイントだったのです。そこに、戦争や植民地の問題もかかわっていたことを見てきました。近代化は他にも、苛酷な労働環境、差別、貧富の格差など、現在まで続く様々な問題が生まれるきっかけになりました。
 その場面に立ち会っていた内村さんの時代の人々と、それから100年以上の時間が流れた世界にいるわたしたちとでは、見ている風景が少し違います。近代化の流れが行き詰まって、もはや限界に達していることを、わたしたちは肌感覚で理解しているのではないでしょうか。言いかえれば、わたしたちは近代が終わりつつあることを、リアルに感じ取っているのです。だからこそ、〝それなら、どんなふうに終わるべきなのだろう〟ということを、考えるようになっています。
 それだけではありません。今から何億年か経った頃には、太陽の変化によって、植物も動物も地球上からいなくなることが、科学的にわかっています。つまり、人間が自然環境を破壊しても破壊しなくても、わたしたち人間が知っている世界は、いつか絶対に終わる。そんなことまで、わたしたちは理解しているのです。
 それでも人間は、未来のために努力すべきでしょうか。未来の誰かやなにかのための行動に、ほんとうに意味があるのでしょうか。自分が好きなものを買い、好きなものを食べ、好きなことをする。頑張って生きるのもいいけれど、もしイヤなら、いつ死んでもいい。こんな感じでじゅうぶんだ。わたしは時々、そんなふうに考えることがあります。みなさんはどう思いますか。
 それぞれがそれぞれの人生の中で、自分なりの答えを出すしかないのかもしれません。だとしても、あるところまで考えると、〝わたしはなんのために存在するのか〟とか、〝そもそもこの世界はなぜ存在するのか〟といった抽象的なギモンが、やっぱり浮かびあがってきます。どれだけ科学が発達しても、人間が〝神〟や〝宗教〟や〝信仰〟という問題から離れられない理由が、そこにあるのだと思います。
 この連載も、残りの回数が少なくなりました。次回のテーマは〝復活〟です。内村さんが世界の終わりについてなにを考えたのか、追いかけましょう。

著者情報

文芸批評家

川口好美

かわぐち よしみ

1987年大阪生まれ。2016年、「不幸と共存──シモーヌ・ヴェイユ試論」(『群像』2016年12月号、第60回群像新人評論賞優秀作)でデビュー。2021年から、静岡県川根本町の小集落・沢間で「本とおもちゃ てんでんこ」を家族で営む。著書に『不幸と共存 魂的文芸批評』(法政大学出版局)がある。

関連記事

新着記事

imidasの更新情報をお届けします。