imidas - 情報・知識&オピニオン

特集

日本の大衆にとって〝知〟とは何だったのか?―タイパ・コスパ時代の「教養」と「修養」前編

大澤真幸(社会学者)

大澤絢子(社会学者)

(構成・文/イミダス編集部)

真幸 前に千葉雅也さんの『勉強の哲学』(2017年)を読んだときにびっくりしたんだよね。とてもいい本だと思うし、便利な本なんだけど、千葉さんとの世代の違いを感じた部分があるのです。あの本は、勉強する対象が無限にある中で、いったいどこから勉強したらよいのか、初学者は困惑しているという前提があって、そういう人たちに対して、要は、自分が好きなところから始めればいいんだという趣旨のことが書かれている。
 ラカンの理論などを使ってとても洗練されたかたちで論じられているのですが、すごくわかりやすく要約してしまえば、そういう趣旨のことが書かれているのです。僕なんかは、そんなことを教えられなくても、自然と好きなところから人は始めるのだから、書かなくてもいいことじゃないかと思ったのですが、千葉さんに聞いたらそこが読者に一番強く訴えた部分でもあるらしいです。多くの若い読者は「あっ好きなことから勉強したらいいんだ!」と言われて、とても救われた。
 僕は、勉強を始める前に、勉強すべきことがたくさんありすぎて困惑したり、落ち込んだり、という経験はないのですよ。それに、勉強すれば、勉強しなくてはならないことが少しずつ減っていくわけではなくて逆に、勉強すればするほど勉強すべきことはもっとたくさんあることがわかるし、本を読めば読むほど、読まなければいけない本はより増えていくものです。そして、勉強すべきことが勉強するほど増えていくことで、落ち込むかというとまったく逆で、それが愉快で楽しくてしかたがなかった。この歳になってもそうです。
 でも、どうも、これは、現在の若者、現在の大学生の感覚とはずんぶん違うらしい。たとえば、いまの若者は大学生ですら奨学金を稼ぐためにバイトに必死で、時間を節約しなきゃいけない。とにかく時間が足りないんですよね。本当は学生時代は一番時間があるときなんですけどね。

絢子 それに似た話で、こんまりさんの片づけ法があります。彼女も、どうしようもなくモノがあふれてどうしていいかわからないとき、何を捨てればいいのかを考えるのではなく、自分が手に取った際に「ときめく」モノを残しなさいと言う。何を残すか、何が好きかは自分が選び取り、判断する。これは一見、当たり前のことですが、「あなたの心が動かされることから始めましょう」と、誰かに言ってもらいたいのかもしれません。

真幸 そうか千葉さんの勉強法は〝こんまり式〟でもあったのか(笑)。

絢子 私は開架式の図書館の中を歩き回るのが好きで、自分がふだん接する分野とはあまり関わりのない分野の棚で気になる本や、考えていることのヒントに出会うことも少なくありません。とは言え、自分であちこち歩きながらときめく何かを見つけるといったようなことは、時間がないとできないことでもありますね。
 それでも、「教養」や「修養」は、新しい世界と出会わせてくれるものであり、人生で何かあったときには自分の助けや判断材料にもなると思いたいです。「自助努力」を強調し過ぎる社会を批判することは必要ですが、結局人は自分の人生を自分で生きていかなければなりません。努力は報われないかもしれない。そんな知識が何の役に立つの? と言われるかもしれない。けれど、〝知〟は自分が生きるうえで助けになるかもしれない。そうしたささやかな期待を込めながら学び、身につけていくしかないのではないでしょうか。

真幸 本のなかに線が引いてあって、誰かに面白いポイントを教えてもらうというのはやっぱり違うと思う。本は、ほかの人が気づかなかったところを読み解けたとき面白いじゃないですか。読書は、書いた作者ですら気づいてないところを読めたときがスリリングなんです。
「教養」の対象となる重要な古典は長い時間、繰り返し読み返される。たとえば、マルクスが何を書いていたのか、マルクスが意図しているものを越えて色んな人が読むことができるから『資本論』は古典なんですよね。書かれた本から一方的に教わるというより、自分と本がコミュニケーションしながら発見するのが、人文的な〝知〟を学ぶ醍醐味なんですよね。

著者情報

社会学者

大澤真幸

おおさわまさち

1958年長野県松本市生まれ。
東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。社会学博士。千葉大学文学部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を歴任。『ナショナリズムの由来』(講談社)で毎日出版文化賞を受賞。『自由という牢獄』(岩波書店)で河合隼雄学芸賞を受賞。他のそのほかの著書に『世界史の哲学』シリーズ(講談社)、『不可能性の時代』(岩波新書)、『自由の条件』(講談社文芸文庫)、『サブカルの想像力は資本主義を超えるか』(角川書店)、『三島由紀夫 ふたつの謎』(集英社新書)、『社会学史』(講談社現代新書)、『経済の起源』(岩波書店)など。現在、月刊個人思想誌『大澤真幸THINKING「O」』を刊行中。                                    

社会学者

大澤絢子

おおさわあやこ

1986年、茨城県生まれ。お茶の水女子大学文教育学部卒業、東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻博士課程修了、博士(学術)。龍谷大学世界仏教文化研究センター、大谷大学真宗総合研究所博士研究員などを経て現在、日本学術振興会特別研究員(PD)・東北大学大学院国際文化研究科特別研究員。専門は宗教学、社会学、仏教文化史。著書に『親鸞「六つの顔」はなぜ生まれたのか』(筑摩書房)『「修養」の日本近代 自分磨きの150年をたどる』(NHKブックス)。共著に『知っておきたい 日本の宗教』(ミネルヴァ書房)、『近代の仏教思想と日本主義』(法藏館)がある。

関連記事