俺たち「極地ブラザーズ」! 【対談】荻田泰永(北極冒険家)×村上祐資(極地建築家)
村上 メンバーは、デザイナーやエンジニアなど、宇宙とは直接関係のない人ばかりです。宇宙飛行士としての訓練を受けていない人が宇宙に行くことも、近い未来には頻繁に起こりえます。そういう人たちが、集団で、また個人で、プロフェッショナルな職務を遂行するために、何が障壁となって、何が紐帯となるだろう、という実験にもなりました。ミスや人間関係の緊張もありましたが、最終的には2週間、中断することなく終えることができました。
こういった実験を重ねたことで、いま、極地生活に大切なものが次第に見えてきたところです。たとえば、単調な生活でオン・オフを切り替えるために、「着替え」が意外と有効なこと。メンタルな部分に、服や壁紙、小物の「色」がどれほど作用するか。「食事」を「餌」ではなくて、コミュニケーションの手段にするにはどうしたらいいか。
今後はさらにエビデンスを積み上げていきたいと考えています。
「北極圏を目指す冒険ウォーク2019」
荻田 私は19年3月からまた北極に行く予定を立てています。今までは基本的に単独行が多かったのですが、大学生や社会人、フリーターなど、10~20代の若者たちを連れて、北極圏約600キロを1カ月かけて歩くという旅です。
カナダ領バフィン島を歩くのですが、スタートは人口1500人ぐらいのパングニタングという村。中間地点にキキクタルジュアクという人口500人の村があって、ゴールはイヌイットの人たち1000人弱が住んでいるクライドリバーという村です。
なぜこんな旅をしようと思ったか? 私が最初に北極に行ったのは2000年、22歳のときでした。大場満郎さんという冒険家が、若者たちを連れてカナダの北極圏を歩こうという企画を立てたと知って、これに参加したことが今の自分の原点なんです。
私は1999年に大学をやめてしまって、やることもなく、エネルギーと根拠のない自信を余らせていました。そんなとき、たまたまテレビのトーク番組で大場さんを見たんです。大場さんもやはり北極や南極をソリを引いて歩く冒険家なので、活動について詳しく話をしていました。「凍傷で足の指を10本とも失った」なんてことも。
それまで大場さんの存在も知らなかったし、将来は冒険家になりたいなんて思ったこともなかったのに、この人すごいな、と、だんだん目が離せなくなっちゃった。
そうしたら、番組の最後に、「来年は素人の若者たちを連れて、一緒に北極を何百キロもソリ引いて歩こうと思ってるんですよ」と言ったんです。その後、大場さんの講演にも行って、ますます会ってみたくなった。それで大場さんに手紙を書いて、どこに出せばいいかわからなかったから講演を主催した新聞社に出したら、本人に渡してくれて、直筆、それも毛筆で返事がきた。
村上 手紙にはどんなことが?
荻田 毎月みんなでミーティングを開いてるので、よかったら話だけでも聞きに来たらどうですか、と書いてあった。それなら、と参加したのが始まり。初海外旅行で、初北極で、アウトドア経験はゼロ。ソリ引いてスキーで歩くのも、雪の中にテント張って寝るのも初めて。でも、北極圏700キロを35日間かけて歩き通した。
この翌年から、次は独りで行こうと思うようになって、23歳から北極の村に通い始めて、今に至る。自分にもそういう契機があったので、何かしたいと思っている若い人に、きっかけをあげたいとずっと思ってきたんです。
村上 参加者は何人くらい集まっているんですか?
荻田 12人です。みんな、私が南極から帰ってきた後、ラジオやテレビ、インタビューでこの構想を話したのを聞いて、問い合わせてきた人たちです。講演に参加した芸術系の女子大学生もいますし、たまたまかかっていたラジオで知ったという社会人1年生もいます。大場さんと歩いたときもそうでしたが、不思議と、著名な大学の探検部ですとか、山岳部ですっていう人は一人もいないですね。
村上 キーパーソンになりそうな人はいますか?
荻田 毎月1回会っているだけなので、まだわかりません。現地に行く前、2月中旬に10日間ぐらい北海道に行って、雪の中でテント張って寝泊まりしたり、スキーはいて歩いたりというトレーニングをやる予定です。そういう中で、メンバーそれぞれの性格も見えてくるのではないでしょうか。
「関心」と「無関心」
村上 私はクルーとの初顔合わせの場でだいたい、この人は後々こんなことを言いそうだ、とか、こんな不満を溜め込みそうだ、こんな事態を引き起こしそうだ、というのがわかるんですよ。そして実際、わりと予想通りになる。
なぜかというと、これまでいろいろなクルーと過ごしてきた経験から、その人が何に「関心」があって、何に「無関心」なのかが読めるようになってきたからなんです。
宇宙に行きたい人たちも北極に行きたい人たちも、強い思いは絶対にあるでしょうが、この強い「関心」だけを見ていても、人となりは大してわからない。ただし、関心が強ければ強いほど、その脇には大きな「無関心」がある。僕はこの無関心こそ、その人となりを示すのではないかと考えています。
「関心」がある分野では、事故やミスは起きにくい。常にこれに気をつけなくちゃ、と思っていたら、そこで事故が起きることは少ないものです。むしろ「無関心」がミスを起こします。危険がなさそうなところで油断して遭難する。あるいはずっと注意していたのに、ふと慣れてきてしまって忘れたときに事故が起きる。
さまざまな国のクルーとチームを組んでいた時は、彼らの関心と無関心がわかりやすかったので、予測もしやすかった。だけど日本人の若者に接してみると、難しいなと思うんです。彼らは内に秘めたものを最初に出さないので。ユタ州での実験クルー7人の中には、19歳の日本の男の子もいたんですけど、やっぱり読み取りにくかった。
3月の北極行では、そういう日本の若い人に囲まれて、深刻にならない程度に荻田さんが右往左往する事態になれば、荻田さんにとって刺激的な旅になるのではないかと期待しています。

18年3月の模擬火星実験中。「基地」の中で、クルーたちと食事をともにする。
荻田 村上さんの場合はチームプレーが多いから、人の内面に敏感ですよね。村上さんはチームの中にいると、古い言い方かもしれないけど、「お母さん」的な立場に立つ人です。私はどちらかというと、強引なタイプの「お父さん」というか、空気や人の心情をあまり読まずにグイグイ、「太郎、ほら行くぞ」となりがち。そういうときに「お母さん」は、「まあまあ、太郎が嫌そうにしているでしょ、後にすれば」、とか言って間に入って調停してくれる。
村上 そういえば、宇宙ステーションに半年滞在したクルーの口から、「宇宙には『お母さん』がいない」という言葉を聞いたことがあります。これは僕の「これから」にもかかわるんですが、性別とは関係なく「お母さん」的な役割を果たす人、調停役が、今後の宇宙には必要なのだろうと思いますね。
「SHIRASE EXP.」
村上 2018年、フィールドアシスタントというNPO法人を立ち上げました。そこで掲げるテーマの一つは「極地から学ぶ、宇宙から考える」。宇宙を考えるのではありません。宇宙に行ったときに、宇宙から地球を振り返って、地球の暮らしの価値を考える。
そのために目下、模擬火星実験ができる場を日本に作ろうとしています。ただ、日本には、広大で人に絶対会わずに済む場所がなかなかない。宇宙服を着て外に出たら、すぐに写メとられちゃうから実験にならない(笑)。
さてどうしようと考えていて、はたと気づいたのが、南極観測船「しらせ」です。08年に引退した先代「しらせ」は、現在は元南極観測船「SHIRASE 5002」という名前に変わり、ウェザーニューズの作ったWNI気象文化創造センターという財団が管理していて、千葉県船橋市に係留されています。この船を借りて、地球から火星に向かう宇宙船に見立て、4人のクルーが入って数週間生活するという、実験プロジェクト「SHIRASE EXP.」を19年2月から始めます。

船橋東ふ頭に係留されている元南極観測船「SHIRASE 5002」。
村上 まずは、クラウドファンディングで資金を募りつつ、模擬宇宙船として使えるかどうかを検証し、人員の選考などを経て21~22年に4回ミッションを行う予定です。
現代の僕らの生活では、日々の情報が多くなりすぎて、つながりが増えすぎて、すべてが便利になったかわりにいろんなものが見えにくくなっている。
だからこそ、物や情報が厳しく制限された中でシンプルに生きることに、なにがしかの答えがあるんじゃないか。僕らが大事と思っているものが、実はそうでもないかもしれない、あるいは逆に、僕らが当たり前だと思っていることがどれほど貴重かがわかるかもしれない。
また、固定されていて濃密な人間関係を円滑に保ち、並行してミッションを完遂するために、クルーに求められる資質は何か。今回の生活実験にどうしても耐えられなくなる一線とは何だろうか。そんなことが見えてくるかもしれないと考えています。

著者情報
北極冒険家
荻田泰永
おぎた やすなが
1977年、神奈川県生まれ。カナダ北極圏やグリーンランド、北極海を中心に主に単独徒歩による冒険行を実施。2000年より17年までの18年間に15回の北極行を経験し、北極圏各地をおよそ10,000キロメートル移動してきた。世界有数の北極冒険キャリアを持ち、国内外のメディアからも注目される、日本唯一の「北極冒険家」。18年1月には、初めての南極で、無補給・単独・徒歩による南極点到達を成功させた。著書に『北極男』(講談社)。
極地建築家
村上祐資
むらかみ ゆうすけ
1978年、福岡県生まれ。南極やヒマラヤなど、極地とよばれる厳しい環境での人間らしい暮らし方を探すために、様々な極地の生活を踏査。2008年には南極観測隊に越冬隊員として参加し、昭和基地に15カ月滞在。アメリカのNPO団体「The Mars Society」が実施する長期の模擬火星実験「Mars160」では副隊長として、アメリカ・ユタ州のMDRS基地および北極圏デヴォン島のFMARS基地で計160日間の実験生活を完遂(17年)。18年のMDRS Crew191 TEAM ASIAでは隊長を務める。これまでに積み重ねてきた極地での生活経験は1000日を超える。特定非営利活動法人フィールドアシスタント代表。