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オリンピック転落の歴史を振り返る ――「平和の祭典」が腐敗とビジネスに飲み込まれるまで

谷口源太郎(スポーツジャーナリスト)

 実は、そのための試みや指針も、すでに歴史の中に存在している。
 1972年、文部大臣の諮問機関である保健体育審議会が「体育・スポーツの普及振興に関する基本方策について」という答申を出している。そこでは「選手を中心とする高度なスポーツの振興」から転換し、「すべての国民が、いわゆる生涯体育を実践できるような諸条件を整備するための基本方策を樹立し…これによって体育・スポーツを振興し、人間尊重を基盤とした健全な社会を建設すること」が掲げられていた。
 これは、オリンピックを頂点とする勝利至上主義のスポーツ行政に代わって、これまで置き去りにされてきた民衆スポーツの振興に光を当てる画期的な宣言だった。翌年から、この答申に従った施設整備などの予算編成も始まった。
 ところが、10年後の82年に就任した中曽根康弘首相は競技スポーツにおける成果を重視する方向性を打ち出し、国家主義と新自由主義を背景にした財政縮小、大幅な民間活力導入策など、勝利至上主義へと舞い戻る方針を打ち出した。「72年答申」は根底から打ち壊されたのである。
 しかし、同時期のヨーロッパでは、「すべての個人はスポーツをする権利を持つ」と明記した75年の「ヨーロッパ・スポーツフォアオール」憲章や、「体育・スポーツの実践はすべての人にとって基本的権利である」とする78年のユネスコ「体育・スポーツ国際憲章」などが採択され、92年にはヨーロッパ・スポーツ閣僚会議で「個人は誰しもスポーツに参加することができる」「誰もが安全かつ健康な環境のもとで、スポーツおよび身体レクリエーション活動に参加する機会を保証する」と謳った「新ヨーロッパ・スポーツ憲章」が採択されている。
 必要なのは、金メダルの数を競う勝利至上主義ではない。いつでも、誰でも、どこでもスポーツに参加し、その楽しさや喜びを享受し、共有できる環境づくりなのである。オリンピックの破綻が明らかとなった今、もう一度、「72年答申」へと立ち返り、ヨーロッパの思想と実践に学びながら、「民衆のスポーツ」へと大きな方向転換をすべきだろう。

著者情報

スポーツジャーナリスト

谷口源太郎

たにぐち げんたろう

1938年鳥取市に生まれる。早稲田大学中退。講談社、文芸春秋の週刊誌記者を経て、85年からフリーランスのスポーツジャーナリスト。新聞、雑誌、ラジオ・テレビを通じて、スポーツを社会的視点から捉えた批評を手掛ける。著書に『日の丸とオリンピック』(文芸春秋、1997年)、『スポーツ立国の虚像 スポーツを殺すもの』(花伝社、2009年)、『オリンピックの終わりの始まり』(コモンズ、2019年)など多数。

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