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〈スペシャル対談 伊藤昌亮×雨宮処凛〉生きづらさを抱えた現代人が「リベラル」を嫌う理由 〜ひろゆき人気に見る冷笑系ブームと弱者争いがもたらしたもの(前編)

雨宮処凛(作家、活動家)

伊藤昌亮(社会学者)

(構成・文/仲藤里美)

伊藤 かつての「2ちゃんねる文化」には「情報強者」という言葉がありました。「情報強者」であることが、社会的弱者であることからの巻き返しみたいなイメージになっているんですよね。「社会的には弱者でも、情報においては強者だ」と、変なプライドを持っている人も多いんじゃないでしょうか。

雨宮 実際に、そうした情報──ライフハックが、彼らにとっては本当に命綱になってますしね。

伊藤 その意味では、しばしば「冷笑系」と横並びに語られるけれど、ちょっと違うタイプなんじゃないかなと思うのが、24年の東京都知事選で2位になった石丸伸二氏ですね。彼は、ひろゆき氏などとは違って、ライフハックは意外に口にしないんです。元銀行員ですから金融についてはスペシャリストのはずですが、投資を勧めることもしない。代わりに「勉強しなさい」とか「仕事を頑張りましょう」とか、ものすごく正攻法のことを言うんです。

雨宮 地道に努力しろ、と。なんだか、逆に新しく聞こえますね。

伊藤 そう。だからそれが受けたんじゃないでしょうか。今、「正攻法で頑張れ」って言ってくれる人ってなかなかいないでしょう。特に、非正規のように流動的な雇用で生きている人には、自己成長を促してくれる上司もいないわけですから。

雨宮 なるほど。「まともに努力しても報われない」社会が何十年も続いてきた果てに、「いや、努力したらちゃんと報われるんだよ」と言ってもらえるわけですから、特に若者からしたら「神」に見えるかもしれません。

伊藤 だから、実は石丸氏は「冷笑系」ではないんだと思います。TikTokの動画を見ていても、意外と熱血系ですよね。

雨宮 「冷笑系」ばかり見てきてむなしくなった人たちが石丸氏に熱狂したところもあるのかもしれないですね。

伊藤 それもあるんじゃないでしょうか。ただ、社会保障によって自分たちが救われるということに対する信頼がまったくなくて「自己責任」を重視する考え方は、石丸氏も「冷笑系」といわれる人たちも共通していますよね。そのうえで、正攻法で頑張るのか裏道で稼ぐのか、というだけの違いなのかもしれません。

左:雨宮処凛氏、右:伊藤昌亮氏

アメリカの「反リベラル」との違い

雨宮 「冷笑系」や石丸氏を支持している人たちの中心的な年代層はどの辺なんでしょうか。

伊藤 都知事選での「石丸現象」を見ると、最も支持率が高かったのは10代、20代でした。でも、その年代はそもそも投票率自体が低くて母数が小さいので、実際には30〜50代くらいの支持者がかなりいたんじゃないかと思います。いわゆる「ロスジェネ世代」以下ということですよね。

 ひろゆき氏は子どもから人気だとよくいわれますが、それとは別に、やはり30代以上の支持者がかなり多いようです。もちろん若者の支持者もいるけれど、「若者現象」ではないと思います。

雨宮 むしろ「中年現象」というべきでしょうか。

伊藤 でも、今の中年は気持ち的には「若者」なのかもしれません。かつて、若者はいろんなことが流動的で落ち着かないけれど、中年になれば誰でもある程度は落ち着く、といわれていました。でもそれは、正規雇用で働いて、結婚して子どもができて……という多くの人に共通する流れがあったからです。今はその流れそのものとまったく無縁で、いつまで経っても「若者」という人も多いんですよね。

雨宮 「流動的で落ち着かない」ポジションからいつまでも逃れられない。私の周りでも、非正規雇用で結婚もしていなくて、気分的にはずっと若者、みたいな人はたくさんいますよ。

伊藤 社会全体で「中年の若者化」が起こっている気がしますね。

雨宮 ちなみに、「冷笑系」のオピニオンリーダーが支持を集めるというのは、日本だけの現象ですか。他の国でも同じようなことは起こっているのでしょうか。

伊藤 「反リベラル」という点では、たとえばアメリカのイーロン・マスクや、彼と一緒に「PayPal」を立ち上げた実業家であるピーター・ティールなどが似たタイプといえるかもしれません。2人とも、熱心なトランプ支持者として知られています。ティールは哲学を学んでいた大学時代、「反リベラル」の急先鋒でもありました。

 ただ、日本の「冷笑系」と異なるのは、その主張がふんわりした「反リベラル」ではなく、強烈な思想性に支えられていることだと思います。

 マスクやティールだけではなく、アメリカの反リベラルの一つの原点には、リバタリアニズム(自由原理主義)があります。自由を邪魔するようなものに対しては徹底的に拒絶する。そしてそれと同時に、社会の中で自分自身がどんどん力を付けて強くなって、社会そのものを変えていくんだという強い信念があるんですね。

雨宮 「社会を変える」ですか。

伊藤 リベラルは現在ある社会を前提にして、どう再分配によって人々の暮らしをよくするかを考える。でも、自分たちは今ある社会をもっと大きくすることで、貧困などの数ある問題を解決していく。そもそも今ある社会を前提にするのがリベラルの誤りなんだ、というのが彼らの主張なんです。そして実際に、彼らは実業の世界で社会を変えてきたという面もあるわけですよ。

雨宮 日本の「冷笑系」にはそういう人、いないかもしれないですね。

伊藤 そう、実業としてそれほど大きなことをやっているわけではないのに、「上から目線」で冷笑しちゃうみたいな感じでしょう。強烈な野心で社会を引っぱっていこうとする立場とは対極のところにいる。そこがアメリカの反リベラルとの違いだと思います。

(後編)に続く

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

社会学者

伊藤昌亮

いとう  まさあき

1961年生まれ。成蹊大学文学部現代社会学科教授。専門はメディア研究。東京外国語大学外国語学部ドイツ語学科を卒業後、大手企業勤務を経て研究者に転身。2010年、東京大学大学院学際情報学府博士課程を修了。2015年から現職。著書に『炎上社会を考える 自粛警察からキャンセルカルチャーまで』(中公新書)、『ネット右派の歴史社会学 アンダーグラウンド平成史1990-2000年代』(青弓者)、『デモのメディア論 社会運動社会のゆくえ(筑摩選書)』などがある。

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