コソボーーニュース制作を通じた民族融和の7年
木村元彦(ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト)
「第1フェーズはまさに協調しての番組制作、そして第2フェーズはさらにそこから押し進めて、(1)コソボ南部と北部における支局の開設、(2)公共放送として不可欠な局内における番組の内部基準やそれを実施していくための機能の充実。(3)効率的なアーカイブを機能させる。という3点を目標に設定してきました。手前みそなんですが、アルバニア人とセルビア人が協力して番組を作る第1フェーズは非常にうまくいきました。なぜうまくいったのかというと、要するにRTKの幹部や記者が公共放送をめざすだけあって根本的にはジャーナリストの気概を持っている人たちだったのです。事実の前に民族は関係ない。そしてコソボは人口の9割以上をアルバニア人が占めていますが、当事者たちが、この国は多数派のアルバニア人だけのものじゃなくてセルビア人も含めた他の少数民族も尊重しなくてはいけないという考えを根底に持っていたのです」
――そもそもコソボ建国の理念がそれでしたからね。「多民族国家である」とコソボ憲法も謳っていたし、6つの民族を星に託したコソボ国旗のデザインがそこから来ているわけですから。

コソボ国旗
「これですよね(コソボの国旗の6つの星)。そういうことについて非常に理解がある人たちだったので、ジャーナリスティックな姿勢の面で非常に共感する部分があって、うまくいっていたのです」
――ユーゴスラビアの崩壊から、あらゆる民族のナショナリズムが高揚しました。コソボは多数派のアルバニア人の民族主義が勃興しましたが、ジャーナリズムの観点からの融和がうまくいっていたのですね。
「しかし、途中で大きな困難が待ち受けていました。それは2019年10月6日に誕生したクルティ政権です。このコソボ総選挙でクルティの政党であるヴェトヴェンドーシ、『自己決定運動』が勝利して第一党になりました」
政権によるメディア介入
――アルビン・クルティの「自己決定運動」。コソボを多民族国家と規定したコソボ憲法は欧米の押し付けであって自分たちが決定するという主張から、この党名になった極右政党ですね。セルビア人との民族融和どころか、アルバニア「本国」との合併をマニュフェスト(選挙公約)に掲げていて、国境線の変更を含む「大アルバニア主義」まで党是としています。クルティ政権の登場によってどんな問題が起こったのでしょうか。
「最大の問題は、そのクルティ政権の成立後、第1フェーズで我々と協力していたRTKの幹部が色々な理由をつけて軒並み業務を外されてしまったことですね」
――それは政治による放送局への介入ですね。詳しく聞かせて下さい。
「RTKには議会の承認を公的に受けた経営委員会というのがあって、そこがRTK幹部の人事をやるということになっています。経営委員会のメンバーの選定はコソボ議会で放送を担当する委員会が行うのですが、クルティ政権ができたときに『自己決定運動』が経営委員を任命するコミッションの過半数を握ってしまったんです。その組織が、今の経営委員会はダメだから新しい者を任命すると宣言して総入れ替えしてしまった。自分たちの言うことを聞くメンバーに総入れ替えしたということが行われたのです。それ以降、政権に親和的な考えのある人物がRTKに送り込まれたりして、客観性が担保されなくなってきたわけです。我々と協力関係にあり一緒にプロジェクトを進めてきたRTKの幹部職員も、この人たちと長年RTKの中で対立してきた別のグループの人たちに取ってかわられてしまいました。こうした動きがあったので、せっかく構築した信頼関係が分断されてしまったわけで、一時は、『In Focus』も含めてこのプロジェクトをやる意志があるのか、確認しながら進めざるを得ませんでした。さらにクルティ政権は、アルバニア本国から人材を呼び寄せてコソボ国籍を取らせてRTKに入れるというアプローチまでしてきました」

アルビン・クルティ首相
――新しいメンバーはアルバニア民族主義を放送局に持ち込んできた。「自己決定運動」のメディアコントロールですね。経営委員会のやり方は安倍政権下のNHKにも似ている。
「このメンバーの総入れ替えがあったとき、前の経営委員会はそれは違法だと訴訟を起こしたんですよ。当然ですよね。当時のアメリカの大使やEUからも、公共放送に政権が介入するのはおかしいじゃないかと国際的な非難があがったんです。クルティ政権はそんな批判も意に介さず無視していたんですが、2023年8月1日に憲法裁判所が、2021年のこの経営委員会への人事介入は憲法違反だという判決を出しました」
* * *
アルバニアとコソボの合併という、欧米は絶対に認めないであろう荒唐無稽な民族主義を標榜し、このメディア攻撃の大元にいるアルビン・クルティとはどういう人物なのか。ここで少し字数を割きたい。資料によればKLA(コソボ解放軍)元司令官のアデム・デマチに兄事し、コソボ独立に奔走したことが、記されている。武力による独立を目指した武闘派とも目される一方、セルビア治安部隊との戦闘が始まると、たちまちデマチのもとを去ったことから、実際の戦闘にはかかわっていないという見方もある。
いずれにせよ、KLAとの親和性から、山岳ゲリラの武人というイメージを持っていた。しかし、駐コソボ日本大使館に取材をかけると、クルティとの交流の深い山中啓介臨時代理大使から予想もしない人となりが返ってきた。
曰く、極めて文化的な素養の高い人物であるということ。特に映画に関する見識が高く、同じ格差社会を描いた韓国映画の『パラサイト』と、日本映画の『万引き家族』の上映会を官邸で行い、両作品を見比べてその違いを見事に腑分けして見せたという。安倍晋三首相の国葬で来日した際にアテンドした栗本圭二等書記官によれば、SPもつけずに軽やかな足取りで東京を満喫し、対話の中では遠藤周作の『沈黙』について深い考察を展開したという。
してみると、大アルバニア主義を提唱するのは圧倒的多数派を占めるアルバニア人有権者向けのポーズなのか。いずにしても一筋縄ではいかない首相による介入を受けて「ともにニュース番組を制作することで民族融和を実現させる」プロジェクトは困難を強いられた。
民族間の衝突事件
「私たちは正直、第1フェーズのときの遺産を食いつぶすようなかたちで、何とか第2フェーズを乗り切りました。結局バルカンという所は、すべてがいまだに政治と党派制に左右されるんです」
――第2フェーズの最中であった2023年9月24日にまた民族間の武力衝突事件が起こりました。コソボ北部(バニスカ)のセルビア人地域で、セルビア系武装グループが現地で警戒業務を行っていたコソボ警察のアルバニア人警察官を射殺しました。警察も反撃して武装グループの3人が死亡するという事態になった。またしても起きた民族憎悪を煽るこの殺傷事件について「In Focus」はどのように伝えたのでしょうか。
「アルバニア系(RTK1) とセルビア系(RTK2)の共同制作番組『In Focus』は、途切れることなく放送が続いてきましたが、この9月の放送は衝突事件の影響を直接受けることになりました。このときのテーマは、『コソボとセルビアの関係正常化交渉の行方』というタイトルで、最も重要な外交課題を取り上げる予定だったのです。関係者のインタビューなども取材済みでしたが、24日に衝突が起きたことで状況は一変しました。
こうした衝突事件が起きると、両民族の偏向の強い視聴者からRTKの伝え方やコメントについて攻撃的な反応が寄せられることが多いのです。我々とRTKの担当者とで協議を行い、RTK側からは、平常時なら当然やるべき番組だが、こうした状況下では、『番組のプレゼンターであるアルバニア系、セルビア系の局員に対する非難や中傷が心配だ』との強い懸念が寄せられました。結局その意向を汲んで9月については、『In Focus』の放送はやむなく中止する決定を行いました」
――残念でしたね。ある意味で絶好の取材ケースですが、そこで憎悪が煽られて分断が進んだら本末転倒なので、判断の難しいものであったと思います。
支局を作る
――第2フェーズの成果について教えてもらえますか。
「まず支局開設については、南部の拠点都市プリズレンに2022年の6月に北部のセルビア系住民の多いミトロビッツァには2023年3月に、それぞれ支局が開かれました」