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連載

コソボーーニュース制作を通じた民族融和の7年

第33回

木村元彦(ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト)

 ――ミトロビッツァはセルビア人の大きなエンクレーブ(民族集住地域)があります。そこで「In Focus」のような試みが展開できると良いですね。プリズレンはアルバニア系、セルビア系、トルコ系、ロマ系、ゴラン系と多民族の地域ですね。プリズレンの支局ができたことで、他民族性という地域の特性を生かした放送番組が期待できますね。

「そうですね。特にミトロビッツァについて話させて下さい。我々としてはミトロビッツァに支局を開いてエンクレーブに暮らす少数派のセルビア人についての情報をあまねくコソボに流す。それによって民族融和の雰囲気を醸成していくということもプロジェクトの一環です。

 ミトロビッツァ支局員の構成は9人で、アルバニア系の支局長のもとで一緒に仕事をしています。セルビア系の記者が2人いて、そのうちの1人は、特に中心的な存在である女性記者です。実は23年6月、このミトロビッツァで市長選挙が行われ、民族間でもめました」

 ――セルビア人側がボイコットして市庁舎を取り囲んだ事件ですね。数が少ないのだから、多数決の選挙は結果が見えている。それよりもマイノリティの人権を担保しろという主張でした。

「そうです。現場にアルバニア人の支局長であるカメラマンが取材に行ったのです。ところが、そこに覆面をした男が、おそらくセルビア人だと思われますが、撮影中の支局長に襲い掛かってカメラを奪って逃げました。支局長はカメラを守ろうともみ合いになり、腕を骨折してしまいました。我々も直後に駆けつけたのですが、スタッフが10人以下の小さな支局なので、今後セルビア人とアルバニア人の職員の人間関係が悪くなるんじゃないかと心配しました。ところが、それはまったくの杞憂でした。セルビア人女性ジャーナリストや腕を折った支局長とも話をしましたけど、冗談じゃない、こんな無法が許されてはいけないぞっていうことで、支局内では協力してこの状況について報道していこうという雰囲気が出てきました。両者の協力体制が深まったのです。これも支局を作って協同した大きな成果です」

長﨑氏(中央)と、ミトロビッツァ支局員。
右から2番目は腕を骨折したアルバニア人支局長(提供:長﨑泰裕氏)

 ――なるほど。2つ目の番組の質の向上、内部基準についてはどうですか。コソボには日本でいうBPO(放送倫理・番組向上機構)がないのですが。

「それについては、日本人の専門家とRTKの間で議論を重ねてきました。その結果、『RTKとして、ネット空間などに広がるフェイクニュースを発見し、ニュースに転用されることを防ぐための特別なチームを作ることと、災害時に警報等が国民に円滑に伝えられるよう、RTKと政府諸機関との協力を強化すること』という方針がまとまりました」

 ――ファクトチェックは特に民族憎悪が渦巻くコソボでは重要なことですね。フェイクニュースで言えば、コソボは2004年3月に『セルビア人にアルバニア人の子供が殺された』という流言飛語から巻き起こった「3月暴動」がありました。デマによってセルビア人が標的にされて殺され、家屋が燃やされて大量の難民が出た。それを考えれば、これは重要な改革ですね。

「はい。3番目のアーカイブについては、RTK側が日本側の専門家に対して独自のアーカイブ・システムを構築したいという意向を表明してきました。それでこちらとしては、NHKでのアーカイブ運営の経験を参考にして、放送済み素材や取材済み資料の保存についてのやり方をまとめてRTKの現状に即したシステムを構築するように提言しました。
 EU本部は、今年1月からコソボのパスポートを持つ市民にEU域内なら自由に移動できるシェンゲン・ビザを供与することになりました。これはコソボの国民にとって悲願でした。放送の質の改善が進み、民族融和の雰囲気が高まり、コソボに民主主義が根付くことを私も祈っています」

 ―― 一方で、「自己決定運動」のクルティ政権はRTK以外の放送局にも圧力をかけていると聞きました。

「『クラン・コソバ』という民放局があるのですが、この局はクルティ批判をたびたび行うので、圧力がかけられました。コソボの場合は電波停止ではなくて、営業免許停止です。2023年8月1日付のロイターがこの措置を伝えましたが、クラン・コソバ側は放送を続けています」

* * *

 日本でも、放送局に対して電波停止を命じる可能性に言及した高市早苗総務相(当時)の発言が物議をかもしたが、クルティ首相はさらに踏み込んだと言える。
 それでもクラン・コソバは2024年現在も怯むことなく放送を続けている。

 コソボの公共放送に対する支援活動を追うことで、その国内情勢が見えてきた。ナショナリズムを超える公正な報道の礎になろうとした異なる民族のジャーナリストたちと、政権に就くや否や、真っ先にメディアに圧力をかけて牛耳ろうとする権力者。その報道弾圧の構図は、フィリピン、ロシア、中国、ミャンマー、EU加盟国のハンガリー等々、幾多の国で垣間見られるが、ことコソボに関しては、隣国アルバニアを巻き込んだ紛争の火種が再燃しないかが憂慮される。

著者情報

ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト

木村元彦

きむら ゆきひこ

1962年、愛知県生まれ。中央大学卒業。東欧やアジアを中心に、スポーツ文化や民族問題などの取材、執筆活動を続ける。著書に『誇り』(98年、東京新聞出版局)、『悪者見参』(2000年、集英社)、『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』(05年、集英社新書)、『蹴る群れ』(07年、講談社)、『社長・溝畑宏の天国と地獄』(10年、集英社)、『争うは本意ならねど』(11年、集英社インターナショナル)、『徳は孤ならず』(16年、集英社)、『橋を架ける者たち』(16年、集英社新書)、『無冠、されど至強』(17年、ころから)、『コソボ 苦闘する親米国家 ユーゴサッカー最後の代表チームと臓器密売の現場を追う』(23年、集英社インターナショナル)など多数。『オシムの言葉』(05年、集英社インターナショナル)で第16回ミズノ・スポーツライター賞を受賞。

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