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連載

LGBT――自らの運命を自由に決めるために

第2回

吉田徹(同志社大学教授)

 LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)という言葉が定着してから随分と経ちます。電通の「LGBT調査2018」によると、日本では約9%、つまり11人に1人が性的マイノリティーに属するとされています。もっとも、性的指向におけるマイノリティーはLGBTだけで包摂されるわけではありません。欧米では「LGBTQQICAPF2K+」(*1)という、LGBT以外の性的指向や属性を総称する言葉も出てきました。性的マイノリティーと言っても実際は多様であり、それらを一括りにすること自体、難しい状況になっているのかもしれません。
 近年、アイルランドやルクセンブルクでは、ゲイであることを公言する首相が誕生するなど、LGBTは完全に市民権を得たように見えます。日本でも、2003年に世田谷区議の上川あや(トランスジェンダー)、11年に中野区議の石坂わたる(ゲイ)がLGBT公職者として当選しています。日本でもそのうちLGBTの首相が誕生することがあるかもしれません。他方、世界の半分弱の国々で同性愛は未だ違法で、イランやスーダンでは死刑の対象にすらなっています。
 もっとも先進国でも、LGBTがそれまでの偏見や習慣を打破して、「普通」のことと見なされたり、同じ権利を得られるようになったりするまでには――女性や少数民族と同じように――長い時間をかけた闘いがありました。今回はゲイを中心としたLGBTをテーマとした3本の映画を紹介します。

今回取り上げた3作品のDVD。左から『ミルク』(発売元:ポニーキャニオン)、『BPM』(発売元:TCエンタテインメント)、『君の名前で僕を呼んで』(発売元:ハピネット)

『ミルク』――「僕はここにいるよ!」

『ミルク』(ガス・ヴァン・サント監督、2008年)は、1977年にサンフランシスコで史上初めてゲイであることをカミングアウトして市議会議員となったハーヴェイ・ミルクの半生を追った映画です。ミルクは米タイム誌の「20世紀で最も重要な100人」の一人に選ばれていますが、それは彼が自分が自分であることを肯定し、自身にとって不自由な世界を変えようとした勇気をたたえられてのことです(ミルクの政治家としての活動はドキュメンタリー映画『The Times of Harvey Milk』[1984年]に描かれています)。
 ミルクは自由を求め、恋人スコットとニューヨークから西海岸のサンフランシスコに越してきます。カメラが庶民の手に届くようになった時代、生活のために彼らが開いたのは、フィルム現像店でした。この商いを通じて、彼らは今で言う「LGBT市場」を開拓していきます。日本でも、先の調査によればLGBTマーケット、すなわちLGBTを対象としたサービスの市場の需要は約6兆円(2015年調査)あると試算されていますが、ミルクも、サンフランシスコ市街地にあるカストロ地区で、ゲイフレンドリーな店を指定したり、ゲイを排除する店の不買運動を呼びかけたりすることで、彼らの存在をアピールしていくようになります。言うなれば、消費者運動を介してゲイの権利を拡張していく戦略です。それまで労働者階級の地区だったカストロは、今では世界屈指のゲイコミュニティーを抱える街として有名ですが、これもどのような人々が社会に闘いを挑んでいったのかを象徴しています。
 この成功体験を経て、ミルクは政治家になる決意をします。彼はスコットにこう言います。「黒人コミュニティーみたいに政府に僕らの代表を持とう」。60年代から70年代にかけてのアメリカは――後にアメリカの社会学者ジェームズ・ハンターが「文化戦争(Culture Wars)」と呼びますが――公民権運動に始まり、フェミニズム、少数民族など、社会のマイノリティーとされてきた人々が自らの生と権利を求めて、社会運動を繰り広げた時代に当たります。日本語で「文化」と言うと芸術や教養をイメージするかもしれませんが、欧米では、広く「個人の生活や習慣を作る態度や環境」のことを指します。今でも、妊娠中絶やゲイの権利といったこうした文化に基づく「道徳的争点」は、アメリカ政治で大きな論点になっています。ミルクは「僕は運動の一部だ。運動が候補者なんだ」と言いますが、黒人の公民権運動が異なるマイノリティーに影響を与えていったことが分かります。
 出馬を決意した時、彼はこんなセリフも言い放ちます。「政治は芝居と同じ、勝つことより発言が大事。『ここにいるよ』と注目を浴びないと」。ミルクは市議会と州議会に挑戦するものの続けて敗退、4度目の挑戦で78年にようやく市議会議員に当選します。

映画『ミルク』より

 もっとも、先に見た様々なマイノリティーの解放運動は、大きなバックラッシュも招きます。マイノリティーの権利が主張されるとマジョリティーの反発を必ず招くことになります。この時、カリフォルニア州ではゲイの牧師を解任できる住民投票が行われ、その他の州でも教育上好ましくないとしてゲイの教育者を排除する運動が起こりました。
 アメリカは個人主義の国であると同時に、宗教の国でもあります。政治学者ロバート・D・パットナム『アメリカの恩寵』に詳しくありますが、アメリカ人の80%以上がいまだに何らかの宗教を信じており、88年の時点では、同性愛者の法的婚姻に賛同するのは12%しかいませんでした(*2)。そうした社会で、ゲイの権利が認められることは大きな困難が伴います。映画でも「ゲイは子どもを産めないだろ」という、どこかの国の政治家が口にしたような言葉が出てきます。
 こうしたバックラッシュにミルクはどう反応したか。彼は「プライバシーは敵だ。本当に政治的な力が欲しいならカミングアウトすべきだ」と潜在的なLGBTたちに呼び掛ける作戦を採ります。身近にゲイがいたら、その人は権利の剥奪(はくだつ)に反対するだろうから、という理屈です。敵対する集団同士でも、その集団に個人的な知り合いがいれば敵対心や恐怖心は薄れるようになる、という社会学理論は定説になっています。
 ただマイノリティー集団が出来上がることで、内部で生まれる問題もあります。社会学者の森山至貴は、ゲイコミュニティーが出来上がっていく中で、それがゲイ同士の結び付きや対外的な存在感を高めることにつながる一方、そうした結び付きに「ついていけなさ」を覚える人々が必然的に出てくることを論じています(*3)。マジョリティーに対してマイノリティーの権利を主張すると、そのマイノリティー集団の中で新たなマイノリティーが生まれるという悪循環ですが、これはアイルランドの独立を描いた『麦の穂をゆらす風』(ケン・ローチ監督、2006年)のように、様々なマイノリティーを描く映画や小説での一つの伏線になっています。ミルクの政治活動についていけない長年の恋人のスコットも、彼の元を離れていくことになります。そしてミルクは、悲劇的な最期を迎えることになります。

『BPM』――「沈黙=死」

『ミルク』が自身が政治家になることによって「トップダウン」で社会を変えようとした人物の映画だとしたら、『BPM』(2017年)は市民運動でもって社会を変えようとした「ボトムアップ」の映画です。監督は、自身もゲイの権利運動の経験を持つフランスのロバン・カンピヨ。作品はカンヌ映画祭の最高賞パルムドールを受賞しています。
 ゲイの権利と言っても、ここで主題となるのはエイズ患者の支援団体「Act up」とその活動家たちです。「Act up」はもともと1987年にニューヨークで生まれた団体です。今日ではゲイ特有の病気ではないとの理解も進みましたが、80年代にHIV(エイズ)が社会問題となり、当初ホモセクシュアルと結び付けられて理解されたため、ゲイへの偏見や差別が問題になりました。
日本でも血友病患者に非加熱製剤を使用して1000人以上を感染させた薬害エイズ事件が90年代半ばに社会問題となって大きな市民運動が生まれましたが、フランスでも同様の事件が80年代に起きて、政界を巻き込むスキャンダルとなっていたことが映画でも触れられています。ここでも強調されるように、「Act up」は正確にはゲイだけのものではなく、セックスワーカーや麻薬患者、輸血で感染した患者など、様々な感染当事者と支援者の組織で誰しもが会員になれますが、時代背景もあって、その中心はゲイが占めていました。
 実態を知るには映画を見るのが一番ですが、「Act up」は非常に過激な抗議運動を繰り広げることで有名になり、その新奇さから少なくない調査研究の対象にもなりました。彼らの常套(じょうとう)手法は「ザップ」と呼ばれる行動で、エイズ啓発のための集まりや団体、抗エイズ薬を作る製薬会社に無断で立ち入り、血を思わせる赤い液体でふくらませた水風船を投げ付け、ホイッスルを鳴らしてスローガンを叫んで責任者を質問攻めにする「ピケッティング」を行い、その後その場で全員が寝そべる「ダイイン」をするというものです(*4)。日常空間の中に人々の戸惑いや困惑を呼び起こす非日常の空間を作り出して、「ここにいるよ」と知らしめるのが「Act Up」が採った戦略でした。デモをすることすら議論の対象となる日本では考えにくいかもしれません。

映画『BPM』より

著者情報

同志社大学教授

吉田徹

よしだ とおる

1975年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。専門は比較政治学、ヨーロッパ政治。著書に『ミッテラン社会党の転換』(2008年、法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(2009年、光文社新書)、『ポピュリズムを考える』(2011年、NHK出版)、『感情の政治学』(2014年、講談社)、『「野党」論』(2016年、ちくま新書)、『アフター・リベラル』(2020年、講談社現代新書)などがある。

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