LGBT――自らの運命を自由に決めるために
吉田徹(同志社大学教授)
彼らのスローガンの一つは、「沈黙=死」です。映画では、彼らが高校の授業に乱入して「エイズから守るために」と、コンドームを生徒に配るシーンもあります。校長に「なぜ高校にコンドーム販売機を置かないんだ」と迫り、学校側の「性行為を助長させるから」との答えには、「16歳でセックスしない国なんてどこにあるんだ?」と反論します。日本でもピル解禁が性の乱れにつながるという議論がありましたが、社会の通俗的な道徳観念が、むしろ命を危険に晒すことになると彼らは抗議したのです。
「Act up」は一切の身体的な暴力を禁止していますが、予定調和的な空間を大声や敵対的な態度でかき乱して注目を浴びようとする、社会運動で言うところの「名指しし(Naming)、非難し(Blaming)、訴える(Claiming)」という抗議運動を実践しました(*5)。「ミルク」ではゲイコミュニティーの存在をデモで示していましたが、『BPM』ではデモという「頭数」ではなく、自らの(それも病原体に侵された)身体を使った「強度」によって社会を変えるという手法がフィーチャーされています。それも、自分が不条理な死に直面しているという怒りをぶちまけつつも、その怒りを戦略的に用いることが同時並行で行われる――これはミルクの言うところの「芝居」が、時代を超えて受け継がれているとも言えます。そう、政治とはパフォーマンスであり、パフォーマンスは政治でもあります。
ミルクは「人は希望だけでは生きていけない。しかし希望がなくては生きる価値がない」と言い残しますが、『BPM』がエイズ患者の死とそれへの抵抗という重いテーマを扱いつつも、どこか清々しく、乾いた感じの作風であるのは、彼らの「生きたい」という希望が、パフォーマンスへと昇華される機微が描かれているからでしょう。ミルクの言葉は、『BPM』の作中、死んだ仲間に対して「(彼は)政治的に生きた。愉快で陽気で強気で活動的だった」と言う、はなむけの言葉とも呼応します。政治は仲間にとっての未来を切り開く希望のことでもあります。
もっとも『BPM』でも、『ミルク』に見た「ついていけなさ」の問いが提起されています。これは、セーヌ河畔で「Act Up」の活動家がビラ貼りをしている際に、他のゲイカップルたちに「放っておいてくれ」と言われるシーンとして挿入されています。ショーアップに耐えられず、運動から離れていく活動家も描かれています。
『君の名前で僕を呼んで』――世俗の勝利
最後に紹介するのは、美しい北イタリアの風景と当時ヒットしたユーロポップが流れる『君の名前で僕を呼んで』(ルカ・グァダニーノ監督、2017年)です。ちなみに作品を途中まで監督し、プロデューサーとしてクレジットされている名匠ジェームズ・アイヴォリーは、早い時期にホモセクシュアルを取り上げた『モーリス』(1987年)を世に送り出した監督で、同じくプロデューサーの一人、ハワード・ローゼンマンは『ミルク』にカメオ出演しています。
物語はといえば、1983年の夏、アメリカ人考古学者パールマン教授の元にアメリカ人のイケメン大学院生、オリヴァーが助手としてやってくるところから始まります。教授の一人息子エリオは、クラシック音楽と文学を愛する物静かな17歳の青年。この二人のひと夏の恋物語です。英語、フランス語、イタリア語が入り乱れる、リベラルでコスモポリタンなハイソサエティーが舞台になっています。

映画『君の名前で僕を呼んで』より
ただ、この作品でのゲイの位置付けには、特徴があります。イタリアの歴史は、ローマ教皇に代表される強大な権力と、1861年に統一を果たして国家統合を進めたい世俗権力(政界)との間の対立の歴史でもありました。バチカンは新生イタリアを国家として認めず、選挙に参加することを禁じたため、国民のほとんどがカトリック教徒だったイタリアの19世紀末の国政選挙では、投票率は3%に満たなかったとされます。両者が初めて和解するのは、ファシスト・ムッソリーニ政権との「ラテラノ協定」が結ばれる1929年のことです。多くのイタリア人監督の作品の例に漏れず『君の名前で僕を呼んで』も政治的ですが、ここで言う政治とは宗教と世俗の対立、つまり教会と政治と言う二つの世界の対決です。
オリヴァーは胸元にダビデの星のペンダントをしていることから、信心深いユダヤ教徒であることも示唆されています。また、前後の脈略なく、彼は脇腹に大きな傷を負いますが、これは十字架に張り付けになったキリストの肖像画でよく見られる傷です。つまり、オリヴァーは信仰心や宗教を体現した人物でもあります。
街に出掛けて、第一次世界大戦(ファシスト政権誕生のきっかけになりました)の記念碑を前に、エリオがオリヴァーに自分がホモセクシュアル(彼は同世代の女性とも初経験をしているのでバイセクシュアルでもある)であることを仄めかすシーンでは、イタリア社会党のポスターと教会が背景に映し出されています。オリヴァーは「そんなことは話にすべきじゃない」と一蹴しますが、帰路での道中、二人はある家に飾ってあるムッソリーニの肖像画を見て、これを茶化します(イタリアのファシスト政権は戦後になってもドイツのナチスほどに嫌われた存在ではありませんでした)。その後、二人はキスを交わすに至ります。つまり「ラテラノ協定」に沿うかのように、ここでは、宗教=オリヴァーと世俗=エリオとの和解が演出されていることになります。
ただ、時代は大きく世俗の時代へと傾いていっていることが示唆されます。エリオの両親を訪ねてきたイタリア人夫婦が話題にするのは、カトリックの国教としての地位を剥奪した83年のクラクシ首相についてです。それが実現したのも戦後一貫して政権与党の座にあったキリスト教民主主義党の衰退があったためです。続いて話題は映画監督ルイス・ブニュエル(カトリーヌ・ドヌーヴ主演『昼顔』の監督として有名です)に移りますが、彼もまた反教権主義者として知られていた人物でした。
このシーンを境に、エリオの成長に焦点が当てられていきます。オリヴァーとエリオが初めて肌を重ねるシーンでは、無造作に「1981」と書かれた落書きが映し出されますが、この年は戦後初めて、政党キリスト教民主主義出身ではない首相(共和党のスパドリーニ首相)が誕生した年でもあります。パールマン教授が伊新聞「コリエーレ・デラ・セラ」を読むシーンがありますが、スパドリーニはこの新聞の編集長でもありました。
『ミルク』のところでも触れましたが、ホモセクシュアルが問題視される背景には、宗教上(キリスト教、ユダヤ教、イスラム教でも)の戒律があります。しかし、オリヴァーはその禁忌を破って、若いエリオと「姦通」をします。映画は、年上のオリヴァーが青年エリオにホモセクシュアリティーを教えるかのように見えます。しかし実際には、若いエリオが年長のオリヴァーを誘惑することで、宗教では許されていないものの、人間として自然な感情の発露――同性であっても人を愛すること――の優位を証明するという作りになっているのです。
父親のパールマン教授は、若い頃に自分がゲイとしての感情を持っていたものの、それをカミングアウトできなかったことを息子に打ち明け、彼の存在を肯定するという感動的な会話のシーンがラスト部分に挿入されています。父親の時代にできなかったことが、息子の世代になって、できるようになったのです。これはまた、ミルクや「Act Up」の存在があってこそでもあるでしょう。
アメリカに戻ったオリヴァーは、1年が経って、エリオに自分が結婚すること、すなわちカミングアウトせず、そのままヘテロセクシュアルとしての生活を送ることを告げます。それを聞いたエリオは、静かに涙を流します。
自らの手で自らの運命を自由に決めることも政治です。果たしてエリオは、LGBTの一人としての権利を求めてハーヴェイ・ミルクのように立候補するのか、それとも「Act Up」のような運動に参加するのか。そうした政治に「ついていけなさ」を感じて、葛藤を抱えつつ大人になっていくのか――その答えは、私たち一人ひとりが決めなければなりません。